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3時に始まったアライン一座の公演は盛況を見せた。
複合スキルとドリルの歌によって生み出された、饗宴の異次元空間。出す芸、演るネタ、執る企画。何をやってもバカ受けする。ドッカンドッカンの大騒ぎだ。
夕方ごろ、演者も観客もあわや力尽きようとするところで第一部公演が無事終了した。空が暗くなり始めるころ、親子連れ客や年若い女性客。明日も激務に追われる区画長や役人、来賓客も引き上げていく。
公演に参加していた、そのほとんどの者が笑顔であった。
しかし公演の最大の功労者であるはずの男は、例外であった。
現在、晩の8時。
主に成人男性や年寄りをターゲットにした第二部公演は、アルコール解禁と飲食業者の本格的参入によって大規模な酒場の様相を呈していた。舞台では第一部での賑やかなものからうって変わって、ムード溢れるゆったりした曲が演奏されている。
観客たちはそれに耳を傾け、酒を飲みながら談笑に花を咲かせていた。
会場の片隅のテーブル。ギンガはもう何度目かになるため息をつく。
社交性の低い彼にとってこういう社交場は拷問でしかないのだが、決してそれだけがため息の原因ではない。
屋台で買ってきた野菜炒めをモソモソと口に運ぶとお茶で流し込み、もう一度ため息をついた。
「お仕事おわりぃ! お疲れさまーって、あんた、なにシケた顔してんのよ?」
「おう、お疲れさま」
先ほどまで舞台で演奏していた音楽士役の1人、ハルミが帰って来た。
本来ならギンガたち3人は第一部終了とともに契約完遂・御役御免となり、家族連れなんかとともに帰宅するはずだった。
しかし、第一部公演で客のウケが良いことに張り切り過ぎた結果、すっかり疲弊してしまったアライン一座。その惨状を鑑みたアラインは、急きょ手配した応援が来るまでハルミとルイに続投を依頼してきたのだった。
「ルイは?」
「ほら、あそこ。 舞台の最前列」
そう答えたハルミのゆび指す方向を視線で追う。
音楽演奏の後、舞台では大手の酒場から応援として駆けつけた踊り子さんたちが妖艶な踊りを踊っているのだが、舞台最前列に紅白少女がかじりついていた。
「あの子も仕事上がりなんだけど、踊りを見たいんだって。 ああいうアダルトなやつは新鮮なんじゃない?」
ハルミはそう言いながら給仕係にビールを注文し、それが来る前に野菜炒めをつまみ始めた。
「で? あんたはなにたそがれてんの」
「いや、やっぱ上手くいかないもんだなあと思ってな」
どうやら話をそらされる気が無いらしいハルミの問いに、観念して答える。
全体から見れば大成功の公演だったが、ギンガから見ればなかなかに渋い結果だった。
最初はやっぱりあの勘違いから。
もう何度目かになるあの勘違いを、それでもまたやってしまった。
ようやく俺にチャンスが来たんじゃないのか!?
異世界に呼ばれた主人公が、元の世界のお笑いやギャグセンスを持ち込んで活躍する。ありだ。大いにありだ。
そう考えたギンガは、普段以上に無い知恵を絞って異世界に広めるべきお笑い案をひり出した。
しかしながら勘違いは勘違い。何度重ねたところでそれが正解になることなどない。
公演打ち合わせの際、意気揚々と発表した案の数々は無残に砕かれてしまった。
「ドリラーズって誰だよ? 伝説の芸人? 聞いたことねえぞ」
「大体、なんで俺らがよその芸人の歌を歌わなきゃならんのだ!」
当然のごとく発案に反発するアライン一座の団員たち。
この曲の効果が出れば成功は間違いないと反論し、ルイを躍らせその効果を実演してみせた。こんなところで異世界無双の夢を潰されてたまるか。ここが正念場だと信じて。
最後には、この曲が没になるならこの依頼は降りるとまで言い切って、何とか選曲を押し通した。
次いで出した案が「早口言葉」。
リズム曲に併せて、団員たちがテンポ良く早口言葉を披露するという企画だ。
しかし「俺たちみたいな無名の芸人が演って誰が喜ぶんだよ。自己満足だ」というもっともな反論が出てきた。
最終的には区画長や街の著名人、または式典での表彰者なんかを巻き込み舞台に引っ張り上げて、早口言葉に挑戦させるという企画で落ち着いた。結果、意外な滑舌の良さで好評を買った区画長、早口言葉を朗々と読み上げた鍛冶師の親方など、たくさんの笑いどころを生み出した。
懲りずさらに提案したのが「ハゲダンス」。
ハゲヅラを被った2人組が独特の音楽に併せてコミカルなダンスを踊り、軽い曲芸を披露するお笑い芸だ。
観客から根元に吸盤の付いた造花を投げてもらい、ハゲヅラでキャッチするという鉄板ネタなどもあるのだが、やはり口頭での説明となると面白さは今一つ理解されない。さらに道化師と曲芸師の芸に被ってしまう上に、頭髪の乏しいアライン座長からの賛同も得られず、これは反対多数で没となった。
ここに来てギンガはようやく、今回の依頼も今まで同様、何一つ思うようにいかないこの異世界の一部に過ぎないと認めることになる。
ちなみに没になってさっさと忘れたいはずのハゲダンスだが、「コミカルなダンス」に興味をそそられたある少女の熱望で、帰宅後に実演させられるというオチが付く。
「結局、俺が役に立ったのって最初の歌だけだったよな・・・」
「なに言ってんの。 あれのお陰でしょっぱな盛り上がったんじゃない。 あんたにしちゃ見事な選曲よ」
そう言いながらハルミは届いたビールジョッキを煽る。
彼女もまた、あの歌はケーキやタライが飛んできて笑いが起こる歌としか認識していない。
「そうなんだけどさ、本当はもっと自分で色々やりたかったんだよ。大活躍っつうか無双っつうか。」
ハルミの言葉になかなか頷けず、続けて愚痴を言う。
理想では、彼の演出は大成功を納め、各方面から好評を買うはずだった。
アライン一座からスカウトの声をかけられるかもしれないし、来賓や観客と予想だにしないつながりが生まれるかもしれない。国王や王女がお忍びで来ていて、なんやかんやで気に入られるというのがラノベでは一般的な展開であるはずだ。
そしてあわよくばこの世界で芸事の演出家やコンサル、少なくとも芸人として一旗揚げることまで想像していたのだ。
その理想との落差に、現実をおいそれと受け入れることが出来ないでいた。
「あんたさ、とりあえず見せ場も活躍もあったんでしょ? ヘコんでたら裏方さんに失礼だわ」
「・・・・・ああ」
「この公演もそう。アラインさんの一座もこの街もそう。 みんな自分の役割を果たして、それを分け合って成り立ってるのよ。 私たちパーティも。 それともなに? 自分でなんでもかんでも出来るようになったら私とルイちゃんは要らないっていうの!?」
徐々に怒気を孕み始めたハルミの言葉にハッとなって顔を上げる。
そこには怒りの表情ではなく、ニヤついた意地の悪い顔があった。
「若いわねえ。でも気持ちは解るわ。 私も昔は錬金術の天才だ、神童だってもてはやされてたもの」
まくし立ててのどが渇いたのか、ハルミはさらにビールをぐいっと煽り、言葉を続ける。
酔いが回ってきたせいか、いつも以上に饒舌になっているようだ。
「でもそれは自分の才能に任せて好き勝手にやっていいってことじゃなかった。 天才だろうが何だろうが求められる役割があって、それを果たさなきゃ評価してもらえない。 そして何でもできるからって他人の役割を勝手に奪っちゃいけない。 それをやると組織が崩れるわ」
「そうか・・・」
「世の中そんなもんよ。 自分ひとりじゃあれもこれもは出来ない。 なにもかも上手くいくわけじゃない。 無双だかなんだか知らないけど、そんなものがまかり通る薄っぺらい世界なんて御免だわ」
その最後の一言にギンガはふと、あるアニソンを思い出した。
そういやあのアニメも、万能には程遠い主人公たちの物語だった。
あなたと並んで 走る道
すぐ辿り着くと ちょっとつまらない
辛くて楽しい 旅だから
登り道くらいで 丁度いい
それはギャグアニメ「魔方陣グダグダ」の主題歌『Weed Climbing』の一節。
動画サイトの「アニソン名曲集」で興味を持ち、レンタルで鑑賞した少し古い作品だ。
ギャグ満載のファンタジー世界を舞台に、魔王討伐と言う使命を帯びながらもぐだぐだと呑気に旅する主人公たちの物語だった。
そのアニメを見ながら、そんな日常を羨ましく思っていたのも紛れもない事実。そのことを思い出したギンガは、とうとう現状を認めるのだった。
「わかった。 俺が悪かった。1人であれもこれもなんて欲張りはやめた」
「あらそう。 私は諦められないからスキル集めてるんだけどね」
「お前なあ、人が素直になってんのに」
「ほら飲みなさい。 お茶なんか飲んでるから渋い考えになるのよ。 お姉さんビールもう1つ!」
そういうと飲みかけのビールをギンガに押し付け、自分用のビールを追加するハルミ。
酒などまともに飲んだことがなかったギンガだが、こんな感じで進められては断れなかった。
未成年だとか間接キスだとか、そういうことを気にする素振りは間違いなく馬鹿にされるだろう。
それでなくとも説教されてみっともない身上だ。せめてこれ以上にマイナス点は回避したい。
世間の厳しさは認めたが、プライドまで捨てたつもりはない彼は、どうにでもなれとジョッキを煽るのだった。
「それにしてもさっきの歌、いい感じの曲だったけどルイちゃん知ったら怒るよ? 自分がいないとこで歌ったって」
「そう言ってもなあ、ふとフレーズが浮かんで口ずさんだだけだし、ルイも帰ってこないし・・・」
なんとかビールを飲み交わしながら30分程。
ハルミの何気ない問いかけにそう返しながら、舞台に目をやる。
とうとう我慢できなくなったらしく、舞台では踊り子さんに混じってルイが踊りを披露していた。
動きや仕草は完全にコピーしてしまったらしいのだが、悲しいかな動きだけでは色気の差はいかんともしがたいようだ。
かくして溌剌とした表情で踊る紅白少女。
苦笑している踊り子さんたちはともかく、お色気目当ての観客たちは実に居たたまれないのではないだろうか。
「なあハルミ、あれも人の役割奪ってるってのにならないか? お色気ショーが台無しだぞ」
「あら、あの子も一応踊り子よ? それで問題があるならサポートしてあげるのがパーティでしょう」
「わかったよ、やってやるよ。 踊り子のサポートすんのが吟遊詩人ってな」
「カッコいいわねえ、やっちゃえやっちゃえ」
そういってギンガは再び歌いだした。
2人とも、この時相当酔いが回っていたのだ。
プァ~~~ プァ~~~ パパパ~~ パパパ~~
プァ~プァ~~ プァ~~~ パパパ~~ パパパ~~
それは歌なのか。いや列記とした歌だ。
一般的にスキャットと呼ばれるそれは、声を楽器に見立てて演ずる歌唱法である。
そして奇しくもドリラーズが得意とした演奏法の1つであり、ラッパを模して演じるのは彼らの持ちネタの一曲『*****』。正確には放送禁止用語のタイトルなのだが、放送に乗せるために「タブー」という仮称で呼ばれている。
この曲に併せてメンバーの一人がストリッパーのマネを演じるというギャグに、ギンガはよく笑い転げたものだった。
突如聞こえてきた謎の歌に、舞台上のルイは身震いする。
この声からすると、あの青年が何かを歌っているのだと考えるしかなかった。
湧き上がる妙な感覚にうつむくルイだった、次に顔を上げたときには表情が一変していた。それまでの溌剌としたタンポポのような笑顔から、蠱惑的なシャクヤクの花のような微笑みになっていたのだ。
表情一つでここまで雰囲気が変わるものなのか。本来なら清楚さの具現であるはずの巫女装束も、その色気に拍車をかける。
アダルトな舞台にはやや邪魔ものだったはずの小娘の豹変。
その事態に驚きつつも、観客たちはズルズルと引きずり込まれる。
今までの振る舞いが庇護欲をそそるものであるのならば、今しがた観客の心中に生まれたこの感情はいったい何だ。認めるものは少ないだろうが、この挑発的な小娘を押し倒してやりたいとするまさに加虐の欲求なのか。
そのあまりの求心力に、周りの本職たる踊り子さんたちも自ずとバックダンサーに回ってしまう始末だ。
しかし最も驚いているのは、魅惑の表情を浮かべて踊るルイ本人であった。
踊りたいという気持ちは以前から。踊りを見てもらいたいという気持ちも同じく。
しかし突如この胸に沸いてきた、自分の身体を見てもらいたいという気持ちは初めての体験であった。
少しは女らしくなって来たかなと内心思っている、まだまだ未発達な身体。
露出衝動と羞恥心がグルグルと螺旋階段のように回りながら、その小さな身体を昇り詰めていった。
見せたい。
恥ずかしい。
いや恥ずかしいから、見せたいのか。
見せたいと思う気持ちが、恥ずかしいのか。
なかばパニックになった心は、救いを求める。
そそそそうだ、困ったときこそパーティに頼ればいいんだ。
憂いを湛えた小悪魔的な眼差しで、兄のように慕い始めた青年の姿を探す。
いた、駄目だ。
館内の隅で見つけた青年は、考えてみれば当たり前のことだが、この不可解な現象を引き起こしている張本人なのだ。まったく何のつもりだか想像もつかないが、虚ろな目で歌うその姿に救援要請を諦めた。
「いよ! 待ってました大統領!」
声援に目をやると、舞台最前列には姉のように慕っている女性がかじりついていた。
「その表情いいよ~、ルイちゃんエロい、エロいよ! 押し倒したい!」
こちらもどうやら酒に酔っぱらっているらしい。
他の観客が必死に自制している心持ちを、余計なことに声高に代弁している。
頼るべきパーティ2人の、この体たらく。
ルイは、とうとう流れに身を任せることにした。
彼岸花のように緋袴の裾を広げ、ふわりと舞台に腰を下ろす。
それに合わせて、少し明るさを落とした桃色の照明が彼女に集まった。
緋袴の裾から普段よりほんの少し露わになるふくらはぎ。そして普段は見えない白足袋の裏面が背徳感をより加速させる。いつもの座り方が「チョコン」だとすれば、今の座り方は「しゃなり」だろうか。ただ座るだけでもこの違いだ。
続けて白衣の上を細い指先がすっと走ると、袖口をついっと肌蹴させた。本来は真っ白なはずの柔肌が朱に染まっているのは、照明のせいか、あるいは。
そして存分に焦らしたあと、袖口を超えて露出する右肩にドキリとする。
会場の注目が最大限に集まったこのタイミングで、とどめの一言だ。
「・・・・ちょっと・・だけなら・・・いいよ?」
その公演中、もっとも巨大な歓声が、怒号のように轟いた。
しかし世の中上手くいかないものである。
ギンガの初舞台以来、8時間近くに渡り公民館に展開されているのは笑いの不思議世界。
決してお色気桃色空間ではなかったことが、大変悔やまれる。
ヒュウっとどこからともなく吹いてきた風に、汗ばむ肌を露わにしたルイの身体が冷える。
「・・・へくちっ」
黙示録によると、世界の終焉にはラッパが鳴り響くという。
かくして切り離された異常世界そのものとなっていた公民館は、多面体の箱を展開するように四方の壁を外に倒して崩壊。盛大な屋台崩しオチとして築1週間の歴史に幕を下ろすのだった。




