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ドリルの大逆走

 王都には数多くのギルドや組合が存在する。

 ギンガたちが末席として所属する冒険者ギルドをはじめ、仕事で関わりを持った鍛冶師ギルドや森林組合などもそうである。

 仕事案件を一括管理する大規模な組織はギルド、職業ごとの互助組織に収まるような小規模なものは組合と呼ばれるようだが、あまり明確な規定は無いようだ。


 その中に芸人ギルドというものがある。

 数多くの人が住んでいる王都には娯楽に対する需要も少なからず存在している。

 大型商店での定期的な集客キャンペーンや、新規開店する店の広告イベント。王宮が国民への施しの一環として催す大規模なものもあれば、商店街が活性化のために計画する小規模なものもある。また老人会や孤児院を回る慰問活動も芸人ギルドに定期的に寄せられる依頼である。



 王都城下町中心街の外れ。

 ハルミの家に2人の訪問者が現れたのは昼過ぎのことであった。


「こんにちはー、すみませーん」という声と共に戸が叩かれる。

 ハルミが覗き窓から顔を出したところ、扉の前に20代くらいの男性が1人、門の前には40代くらいの男性がもう1人。

 2人の男性が玄関先に立っていた。


「失礼します。 王都芸人ギルド所属の芸人なんですが」


「どちらさまです?」とハルミが効く間もなく、手前の若い男性が笑顔で名乗る。

  顔の横に持ち上げているのは芸人ギルドが発行しているギルドカードらしい。

  別に疑うつもりもないハルミは、さして確認もしないまま「はあ」と応えた。

  普段から人が訪ねて来ることなどほとんどないこの家に、まして芸人が来たのは初めてのことだ。


 間もなく居間で昼食を取っていたギンガとルイが、玄関口に呼ばれる。

 なんでも2人に頼み事があるということで、芸人がやって来たとかなんとか。

 治安の良い王都とは言え、ハルミは訪問者2人を家に上げるつもりはないらしく、玄関横の作業机で話を聞くことになった。



「私がアライン一座の団長を務めますアライン。 こいつは団員のワッスと申します」


 中年のほうが頭を下げる。恰幅の良い中男性だ。

 どこか太々しさを感じさせるような濃い笑顔が強烈なインパクトを放つ。一座の団長のほかに、火吹き芸や地上での曲芸を担当しているとのこと。


「実は我が一座の興業に、お2人の力を貸して頂きたいと思いまして」


 アラインと交互に説明をするのが若い男性のほうで、名はワッス。

 引き締まった身体をしているが、表情はこれまた人懐こい笑顔を浮かべている。一座では道化師や空中曲芸をやっているそうだ。


 2人が交互に合いの手を入れながら進めた話は、要約するとこうである。


 城下町のある区画で、老朽化していた町内会の公民館が新たに建て直された。

 その完成を祝い、町内の住民を招待して完成式典という名の宴会をすることになったのだが、その出し物をアライン一座が任されたのだという。

 芸人ギルドでは弱小であるアライン一座にとってはなんとしても成功させたい興業なのだが、そこで問題が起こった。

 一座に所属する吟遊詩人が扁桃腺を晴らして歌えなくなり、さらに一番の踊り子が足をねん挫してしまったのだという。


 交代要員の居ない弱小一座は外に人材を求めた。

 しかし踊り子はともかく、食えないことで有名な吟遊詩人のフリーランスなど芸人ギルドには所属していない。他の芸人一座に応援を頼もうにも、足元を見られて吹っ掛けられるか、興業そのものを乗っ取ろうとする連中ばかりが寄って来る。

 ワラにもすがる気持ちで知り合いの冒険者に相談したワッスは、冒険者ギルドに所属する吟遊詩人がいるという情報を掴んだのだった。


「実は先日の教会前広場で、あなた方の演目を拝見しておりました。 あの木が消えるコイン投げの奇術を」


「あれか」


 脳裏にリンゴ対消滅事件が浮かび、背中に汗がにじみ出る。

 どうやらトラウマになっているらしい。


「あれは・・・事故ですので、多分同じことは出来ないかと・・・」


 今度こそ自分がこの世から対消滅するかもしれない。その恐怖心がとっさに拒否反応を起こす。


「いえいえ、あれでなくても結構です。ギンガさんの歌とルイさんの踊りが観客にウケていたというのが重要ですので」


 しかし帰って来たアラインの答えは、もっと穏やかなものだった。

 持ちまわった説明でわかりにくかったのだが、どうやら普段広場でやっていることをそのままやっても構わないらしい。要は観客のウケが取れるような演目であれば、なんでもいいという話のようだ。

 さすがは成すすべが無く、ワラにすがってやって来ただけはある。実に大雑把な丸投げ依頼だった。

 ぜひ考えてくれないかと何度も頭を下げて、芸人2人は帰っていった。



「さて、どうするのよ?」


  中断していた昼食を終えたところで、ハルミの問いを皮切りにパーティ3人による会議がおこなわれた。


「それなんだけどな、まずルイはどうしたいか聞かせてくれ」


「・・・わたし?」


 まさか最初に意見を求められるとは思わなかったのか、目をパチクリと瞬かせる。


「ああ、大勢の前で踊ることになるんだが、ルイが嫌ならこの話は無しだ」


 そうきっぱりと断言するギンガ。

 他人の依頼や都合で、ルイの望まないことを強要する気などさらさら無かった。

 少なくともパーティは身内であり、身内の都合であればやむを得ないという注釈が付くのだが。


 そう言われたルイはぼんやりと想像する。

 真新しい公民館のピカピカの舞台の上で、クルクルと舞う自分の姿。

 館内に響くのはもちろん青年の歌。鳴り響く音楽と手拍子。

 会場には笑顔を向けてくれる観客たち。


「・・・やりたい。・・・・でも、独りは嫌。・・・みんなでやりたい」


 自然と頭がのぼせて来るのを振り払って、彼女は決意を口にした。


「じゃあ決まりだな。この依頼を受けよう」


 ルイの答えを聞いて即決する。ギンガの答えは.など、とうに決まっていたのだ。

 芸を披露して観客にウケるという喜び。ある意味、吟遊詩人として至極まっとうな快感を一度味わってしまったからには、ルイでなくともやめられなかった。


「わかったわ。でも1つだけ。 この話は冒険者ギルドを仲介する依頼として受けること。 いいわね?」


 話の成り行きを聞いたハルミが忠告する。

 契約の遂行や報酬のやり取りに不要な問題を起こさせないため。そしてそれでも問題が起きて芸人ギルドに所属するアラインたちと対立した場合、こちらの後ろ盾となってもらうためである。


「まあ、あなたたち2人の晴れ舞台なんだから応援するわ。 頑張りなさいよ!」


「なに言ってんだ。 ルイは”みんなで”と言っただろう」


「えっ?」


 今回は部外者だと勝手に思い込んでいたハルミが、間の抜けたような顔で聞き返すのだった。


 翌日、アラインに依頼を受ける返事を返すとともに、冒険者ギルドでの依頼登録に立ち会ってもらう。冷ややかな眼差しが一部の冒険者に支持されているクールビューティーなギルド職員ディアナ嬢の受付で、依頼と受注は何事も無くおこなわれた。




 数日後、とうとう完成式典の日がやって来た。

 区画長の長ったらしい挨拶で開始された式典はその後、町内に関係する各種表彰式やどこそこ組合の新組合長就任発表など、どうせこの際だからと折り込まれたイベントが続いた。

 幸か不幸か、ギンガたちは3時開始の公演開始に向けて準備があるため参加することは無かった。


 そうして3時が近付いてきた。

 舞台となる新築の公民館は、いざというときの避難場所という役割もあるらしい。

 過去に召喚された建築士が引いたという図面。それをもとに作られた王都での一般的な公民館は、いわばスケールダウンした学校の体育館の様相を呈していた。

 事前の下見の時にも、そのあまりにもそのままな姿に懐かしさを感じたギンガだが、舞台開幕直前の舞台袖では望郷に浸っている余裕は無かった。隣ではいつもの巫女装束と、花をかたどった髪飾りを身に着けたルイが、今か今かと開幕を待ち構えている。相変わらずわかりにくい表情だが、ふんす!ふんす!と上下する両肩が彼女の意気込みを現しているようだ。

 やはり小さいころから人前で踊って来ただけはある。

 舞台度胸では素人に毛が生えたようなギンガが及ぶべくも無かった。


 最初の流れとして幕が上がるとともに、まず踊り子のルイと、アライン一座の女性曲芸師ミナナ嬢の2人が舞台に踊り出た。綺麗どころのツートップが先駆けとして音楽に併せて舞い、徐々にアライン一座が勢ぞろいして座長の挨拶につながるという段取りだ。

 その端っこに参加することになったギンガも、当然普段の布の服ではなくワッスから借りてきたタキシードを着ていた。

 特におかしなところは無いはずなのだが、試着の際、ゲラゲラコロコロと笑う女性陣2人の反応に少し傷ついた。


「ねえギンガ。 やっぱりこの扱いっておかしくない? わたしも十分綺麗どころだと思うんだけど。 ねえ聴いてる?」


 ゲラゲラと笑ってたほうの女性が、未だ緊張するギンガに声をかけて来た。

 声の主はもちろん、道連れにされるかたちで音楽師として今回の公演に巻き込まれたハルミだ。


 ズダン! バイン! シャラン!


 彼女が近付くたびに、派手な金属音が鳴り響いた。

 本人が言う通り、確かに美形で通用する目鼻立ちの通った顔に妖艶な化粧を施している。スタイルの良い身体にまとったきらびやかな衣装は、もとより綺麗な金髪と相まってこの集団でも屈指の美しさを醸し出しているのは間違いないだろう。

 しかしそこに追加されたオプションパーツの数々が、その全てを見事台無しにしていた。


 腰の前に突き出た3連ドラム。その左右にはスカートアーマーのようにぶら下がった2種類の鉄琴。

 腰の後ろから伸びたアームによって支えられ、ショルダーアーマーのように右肩の上に位置するサスペンダシンバル。

 極めつけはハルミの胴体に巻き付き右肩から威圧的なベル管を正面に向けているスーザフォーン。

 多芸に過ぎる彼女が演奏出来るという楽器を、周囲が冗談のつもりで可能な限り搭載してみた結果であった。これまた悪乗りした本人が、その全てを器用に使いこなしてしまったことが完全に裏目に出てしまった。


 そんな雑談をしているうちに、2人が舞台に上がる順番が回って来た。

 かくして核バズーカでもぶっぱなしそうな重装ロボットを彷彿とする出で立ちで舞台に上がる羽目になったハルミに送られてきたのは、全身鎧の重騎士を見るような少年たちの憧れの眼差しであった。


「我々アライン一座、精いっぱい頑張りますので、本日はどうぞよろしくお願い致します」


 アライン座長の挨拶の後、一同がさっと舞台袖にはける。

 そしていよいよ最初の演目。舞台を盛り上げる、吟遊詩人による歌と踊り子による舞である。


 舞台の隅で、ギンガが今一度の固唾をのむ。

 まだ少し緊張しているが、大丈夫だと自分に言い聞かせて。

 なぜならば無数のレパートリーの中で、この曲よりもワクワクする曲など、他にないのだから。

 ハルミの演奏に乗せ、自信を後押しするかのように歌いだした。



 ド ド ドリルの大逆走! ブレード回せば大崩落

 笑って下さい 心から 腹筋破壊じゃすみません



 お笑いの歴史に燦然と輝く伝説的コミックバンド「ザ・ドリラーズ」。

 彼ら5人が日本中を回って公開収録をおこなった生放送コント番組『ドリルの大逆走』の主題歌である。

 時代的には70~80年代とずいぶん昔のことなのだが、その説明不用のコントは時代を超え国境を越え、今なお高い人気を誇るこの番組。

 専門チャンネルの再放送で夢中になったギンガからしても、番組開始を知らせるこの曲は胸躍るものがあった。



 ド ド ドリルの大逆走! 楽しい笑いが目白押し

 今日はとことん騒ぎましょ 人間 笑いじゃ死にません



 舞台上ではアライン座長を中心に、ワッス、ミナナ嬢など一座のメンバー5人が横一列に並び、振付を交えて歌う。

 一見やる気の無いようなその振付はギンガが徹底して指導したものであり、決してきびきび動いてはいけないと指示を出していた。

 その背後では総勢16人に分身したルイが、両手にポンポンを持ってチアガールのようなダンスを舞う。これももちろん彼が演技指導したものだ。

 当たり前ながら、完全にぴったりと息の合ったその動きに会場から歓声と拍手が起こり、また5人のだらけた動きとの対比が笑いを誘う。

 一応あの分身は、鏡を使った奇術の一種だと後でごまかす算段だ。



 ド ド ドリルの大逆走! 爺ちゃん婆ちゃんご両親

 坊ちゃん嬢ちゃんポチにタマ みなさん 笑って生きましょう

 どうせ 笑って生きましょう



 客席で給仕係をしていた喫茶店勤務のお姉さんが、なぜか足を滑らせる。運んでいたケーキが宙に飛び、導かれるようにワッスの顔を覆い尽くす。

 続けて、たまたま照明小屋に置き忘れられたタライが落下して、ゴワ~~ンと良い音を響かせてミナナ嬢の頭を直撃した。

 とどめにアライン座長の蝶ネクタイがなぜか突然爆発して、残り少ない頭髪が無残にもチリチリになってしまった。

 間髪入れず、まるで計ったかのようなタイミングで観客のおば様方の「ギャハハハハ」という大爆笑が会場に響く。

 あの笑い声は精神操作のたぐいではないのだろうかという、空恐ろしくなる考えを頭の隅においやってギンガは歌い続けた。


 彼はこの歌の効果を何度か検証した結果、笑いとベタギャグを強制的に引き起こすという程度に認識しているのだが、事実は大きく異なる。


 それは言うなれば運命の破断。存在意義の改変。


 15年以上の永きに渡り、視聴率激戦区の土曜夜8時を席巻した伝説の番組である。

 公開収録と言う、演者・会場・観客が混然一体となって笑いを織り成した奇跡の番組である。

 16人のルイによって共振・増幅されたその主題歌の効果たるや。

 演者は演者として、観客は観客として、小道具は小道具として。

 公民館に存在するありとあらゆるものがこの時、「そうあるように」と因果律を改変されていた。


 つまりこういうことである。

 爆笑したおば様方は、「爆笑するために存在するおば様方」であるので、当然ながらドンピシャのタイミングで爆笑する。

 ケーキは「演者の顔にぶつけられるために存在するケーキ」なので、物理も重力も飛び越えて演者に命中する。

 頭上から落ちて来るタライも然り。爆発する蝶ネクタイも然り。

 公民館の内部の現象は、全てが全て予定調和として起こり処理されているにすぎないのだ。


 そんなこととは露とも知らず。

 引き起こした張本人たちすら引きずり込んで。

 狂宴の序曲は、響き渡るのだった。

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