銭形銀次 主題歌
晴れた日の昼下がり。
継続されるクエスト自粛のなか、他にやることも無いギンガは自主練のため、たびたび広場を訪れていた。歌いだしは昼過ぎ2時ごろで、夕方5時ごろには歌い終わって引き上げる。
教会前の広場に集まるお年寄りたちも徐々に増え、常連客も出来てきた。
順調な人気の秘密は、彼の後ろを満面の笑みでノコノコ付いてくる紅白少女の存在だろうか。
龍神天昇事件以降、下手な小細工や抑止は返って危険だと判断したハルミは、ギンガの自主練にルイが同行することを許した。ギルドカード更新で「ドラゴンライダー」というレアスキルを修得し、機嫌が良かったという裏事情は決して無関係ではないだろう。
それでも習い事を中途半端にしないように、午前中は引き続き錬金術の勉強をするという但し書きが付くのだが。
観客を前に、ギンガが歌い、ルイが舞う。
もちろん事前に選曲を済ませ、効果を試した安全な曲ばかりだ。
「お年寄りになんかあったら冒険者ギルドから退会ものよ」
そういうハルミの忠告を受け、吟遊詩人と踊り巫女の掛け合わせスキルの検証を重ねた。
その結果薄々は気付いていたが、歌の主人公が一般人であれば、大した効果は現れない傾向がわかった。例えば有名な時代劇『水戸御老公』のテーマを歌ったとしても、ルイはムチャクチャ強い武士程度の力を得るに過ぎない。間違っても巨大化したり、化け物変化したりはしないようだ。
こうして安全性試験を通過した歌と踊りを楽しみながら、お年寄りたちは呑気にお茶をすすり談笑に花を咲かせるのだった。
「そこで闘士カークスが『目に入らぬか』と取り出したのが、エドン王家の紋章!」
「いよ!」「待ってました!」
「悪徳商人も悪党どももこれには肝をつぶして顔面真っ青! ははーっと地面にひれ伏した」
「いいねえいいねえ、やっぱりこうじゃねえと」
「しかし往生際の悪いのが領主カタオカン。『かくなるうえは』と剣を握って御老公に切りかかった!」
「おい、今までにない展開じゃぞ!?」「馬鹿な? 紋章が効かんのか!?」
「御老公危うし! しかし剣士スケードに抜かりはない。 一閃のもとにカタオカンを退けた!」
「おお!さすがスケードさんじゃ! 堅物のカークスじゃあこうはいかん」「なんじゃと!?」
「こうして悪人たちは裁かれ、御老公一行は世直しの旅を続けるのでした。 つづく」
ギンガが歌の合間に挟んでいた物語の解説・エピソード紹介は、より詳細を求められるようになった。
そのクオリティを高めるため、記憶を辿って話のあらすじをまとめ、異世界風にアレンジするでより解りやすくなったらしい。以前よりもより人気が出た。
正直なところ人付き合いの苦手なギンガにとって、素であらすじを説明するのは未だ馴れない。
しかし講談師や落語家のマネを演じると思えば意外と吹っ切れるものである。見まねで拍子木を打ちながら語った今回のエピソード紹介も、お年寄りたちと、その最前列に陣取る少女には好評だったようだ。
今や鉄板コーナーの1つに思えた。
このままではいずれ紙芝居を用意する羽目になるかもしれない。
吟遊詩人の修行のはずが。苦笑を浮かべながら、次の曲目に移った。
男だったら 欲にまみれ生きる
地獄の底まで 取り立てる
誰が呼んだか 誰が呼んだか ミナミの銀次
夜のナニワは 欲望の街
今日もトイチの 今日もトイチのゼニが飛ぶ
時代劇『銭形銀次』の主題歌である。
時は江戸時代。大坂は浪華の街を舞台に、高利貸銀次郎の活躍を描いた物語だ。
不埒を働く悪漢に対し、銀次がここぞと貨幣を投げて成敗する迫力満点の殺陣。そして後日、元金と膨れ上がった利子を取り立て経済的に抹殺する流れは、今なお人気の高い名物パターンとなっている。
演歌調の歌で良く踊りを併せられるものだ。
相変わらずクルクルと舞うルイに、改めて感心しながら歌い終えた。
次は恒例の物語解説の時間。彼の独り舞台だ。
「『えいや』と銀次が投げた切り札の一分銀! その価値なんと銭貨の2000倍! 10日で1割の利息にさしもの盗賊もたじろいだ」
「お金を投げるなんて、気前のいい英雄ねえ」
物語の解説をよく理解していないらしい老婦人が感想を漏らす。
やはり世界が違うのか。時代劇のヒーローたちはこの世界の住人には目新しく映るようだ。
「ゼニ投げとは面白え。 踊り子の嬢ちゃん、これでやってみろよ」
食堂の店主が10ギルダン銅貨を1枚差し出す。
それが、話が妙な方向にそれ始めたきっかけであった。
今回もお年寄りたちの最前列で解説を聞いていたルイは、予定にないことに戸惑いながらギンガに視線を送る。孫に小遣いをやるような光景に周囲が微笑む中、ギンガは「ちゃんとお礼を言うんだぞ」と頷き返すのだった。
こうして突如始まった踊り巫女によるゼニ投げ曲芸ショー。
『銭形銀次』の歌をその身に宿したルイが、離れた的に銅貨を当てる曲芸に挑戦する。
普段なら庭先の雀に投げた豆すら明後日の方向に飛んでいくほどの不器用な少女だ。
しかし今回も、歌の力は偉大だった。
その親指から弾かれた10ギルダン銅貨は、響く金属音を置き去りに空中を走る。
一条の光となって突き進むと、見事10メートル先の木に命中。キイーンと金属音を弾ませて銅貨が跳ね返る。
予想以上の迫力に、刺激に飢えている老人たちから拍手喝さいが起こった。引き締まった身体の曲芸師ではなく、孫のような少女がやっているのも大ウケする要員の1つだろう。
「まあ可愛いこと。 次は私のでやってみてちょうだい」
品の良さそうな老婦人が笑顔で50ギルダン銅貨を差し出してきた。
ルイはそれを受け取ると同じように指で弾き、そして銅貨は見事今回も木に吸い込まれる。再び湧き上がる老人たち。
その様子を見たギンガは、この機会を傍観している場合ではないとすぐさま行動に移した。
それは果たして、客ウケを求める芸人魂によるものなのか、はたまた利益を求める商人魂によるものなのか。どちらにしても、彼の中につい最近生まれたばかりの、素人に毛の生えたような心意気である。
人、それを生兵法と言う。
「おーいルイ、これを狙ってくれ」
そう言って木の前に立ったギンガの頭には、真っ赤なリンゴが乗っていた。
紅茶の受けとして机に置かれていたものを貰ってきたものらしい。
ウィリアムテルで有名な場面だが、異世界の住人にとって目新しく映るのであれば・・・。
その狙いは的中したらしい。呑気に眺めていた観客たちが一斉に息を飲む。
対するルイも2度のゼニ投げがドンピシャで当たり、妙な自信を持ったせいか躊躇わなかった。
ピン! トン!!
3投目。
道具屋のお婆さんから貰った100ギルダン硬貨は見事リンゴに当たり、皮を削って地面を転がった。
キンッ! トスッ!!
4投目。
靴屋のご隠居から貰った500ギルダン銅貨がリンゴに深々と突き刺さり、リンゴの果肉が飛び散った。
ガン! ドス!!
5投目。
引退した大工の棟梁から貰った1000ギルダン大銅貨が、リンゴの上端を円形に削り取って背後の木にめり込んだ。
ど真ん中に当たらなかったのは、ルイの手元が狂ったからではない。
硬貨の価値に応じて威力が上がっていることに気付いたギンガが、思わず腰を引いたのである。
この辺でやめておかないと、次は危険かもしれない。
そう感じたギンガが終了を申し出ようとするのだが、ルイは既に順番待ちをしていた観客たちから次の硬貨を受け取ろうとしている最中であった。
どうもルイが硬貨を貰う際、相手の差し出した手を握ってから受け取っていること。
「・・・ありがとう」と言いながら浮かべる、少し恥ずかし気ながらも花の咲いたような可憐な笑顔。そして道具屋のお婆さんが始めたことに端を発する、硬貨受け渡し後の頭なでなでが予想以上の集客力を発揮しているらしい。
「風営法」という言葉が頭を過ぎる。
それをよそに希望者はさらに続出。気のせいか男性が多い傾向にある気がする。
ではその場合、誰の硬貨を受け取るかという話になるのだが、硬貨というものにはとても分かりやすい目安があるではないか。
こうして、より高い硬貨が出された場合、額の低いものは希望を引っ込めるというオークションのようなやり取りが発生し、恰幅の良い商家の大旦那と、元高レベル冒険者の爺さんによる一対一の頂上決戦へと発展することになる。
かくしてルイは、勝者である冒険者の爺さんの元から帰って来た。
その昔、ダンジョン深部で拾ったという10000ギルダン古銀貨をその手に握りしめて。
その白熱した空気にとうとうギンガは「終了します」の声が言い出せなかった。
木にめり込んだ1000ギルダン硬貨の10倍の威力に恐れおののきながらも、渋々と木の前に立つ。絞首刑台の13階段を登るような足取りだ。
こうなったら破れかぶれでしかない。
それにこれが成功したなら、10000ギルダンの大報酬である。
ギリギリと奥歯を噛み締めながら、そのときが来るのを待ち構えた。
最後の1投には、音が無かった。
しばらくして、すでにそれが放たれた後だと気付く。目にも止まらない刹那の出来事だ。
頭上を確かめるがリンゴは無く、振り返ると背後の木も消えていた。
ダンジョンで拾われたという件の古銀貨は、額面価値は10000ギルダンなのだが、実は通常の古銀貨ではなかった。
珍妙なことに表の絵柄が裏面に、裏の絵柄が表面に刻印された、いわばエラーコインという珍品中の珍品だったのだ。仮にその事実が判明し、市場に出回ったとすれば果たしてどれほどの価値が付くのか見当もつかない代物であった。
価格に応じて威力が上がる能力。
そして値の付かないほどの古銀貨。
そこに発生した天文学的なエネルギーは、銀貨を構成するAg元素陽子の相反転を引き起こす。
30グラムあまりの反物質となったそれは、音も光も飲み込みながら宙を駆け、その射線上の物体を対消滅によってこの世から葬り去ったのであった。
ゼニを粗末にするやつは、ゼニの報いを受けるんや。
これも曲芸の一部だと勘違いした観客の大盛況に包まれるなか、全身から冷や汗を流すギンガの脳裏に銭形銀次の決め台詞が再生されるのであった。
「どうです兄さん! 噂通りでしょ」
「ああ、話には聞いてたけど、結構ウケてるなあ」
教会の影から様子をうかがっていた2つの影は、そう言って音も無く姿を消すのだった。
後日。
定期的に訪れる冒険者ギルドで、ルイが「ゼニ投げ」スキルを修得していることが判明した。
彼女にとって初の戦闘用スキル習得である。
相変わらず「どうやって手に入れたのかと」とうるさいハルミをよそに、またしても冷や汗が噴き出るギンガと戦闘を好まないルイは、そろって渋い顔を浮かべるのであった。




