まんがにほん昔がたり
力が欲しい。
もう地面に這いつくばるような人生は嫌だ。
王都から約10キロほどの森林地帯。
餌を求めて夜の森を這いずり回るスネークスがいた。
王都近郊に出没する比較的弱い部類の蛇型モンスターだ。
その中でもさらに小さな個体であるこのスネークスは、もうずいぶんと餌にありつけていない。
思えば1週間前。やっと仕留めた野ウサギを身体の大きな個体に横取りされたのがケチの付きはじめだったか。それ以来、やることなすことことごとく裏目に出る。気が付けば餓死しかけている有様だ。
なんで俺がこんな目に遭わなければならない。
もっと大きな身体を持っていれば。
もっと鋭い牙が生えていれば。
もっと敵に立ち向かっていく勇気があれば。
もっと強いモンスターに生まれていれば。
もはや空腹で意識は朦朧としている。
求めているものが餌なのか力なのかすらはっきりしないまま森を彷徨い。
その魔力の塊に出会った。
同時刻。
板張りの床を這いずり回る少女がいた。
人間たちの中でも若年層に類する。
さらに同年代の中でも特に小柄な身体をしている。
「おい、ルイ。 そんなところで寝転がるなよ」
「そうよルイちゃん。 そんなとこで寝ると風邪ひくわよ」
「・・・・・」
ここは城下町中央街から外れたハルミの家。
居間のフローリングに寝そべるルイは、絶賛ふて腐れ中だった。
蝶舞の森調査の翌日。
恒例のごとく冒険者ギルドに足を運び手ごろな依頼を物色した3人だが、掲示板に張られた依頼表が妙に少ない。いつもなら大きな掲示板3面に所狭しと張られているのだが、今日は詰めれば1面で事足りるくらいにまばらになっていた。
「なんか今日は依頼少ないわね」
「『引越しの手伝い』に『草むしり』、『新装開店のビラ配り』。 街中の依頼ばっかだな」
その不思議な事態に、近くを通りかかったギルド職員エーリカさんを呼び止め尋ねる。
すると受付嬢から返ってきたのは、王宮より郊外での活動自粛命令が出ているという答えだった。
飛竜襲来から立て続けに起こる不可解な騒動の数々。
東門郊外に突如現れ、幻のように消えたという巨大猿。
西の雑木林に現れた、木よりも背の高い謎の巨人。
そして昨日、王都南方の森に蛾の大怪物が現れたという。
この連日の騒動でとうとう城下町の東西南北4か所の城門で監視強化や交通規制が敷かれてしまった。
とは言え王宮が手配できる衛兵や近衛兵には限度がある。さらに街中に魔人が出たという不確かな情報もあって、門の守りだけに重点を置くわけにもいかない。
王宮が導き出した対応は、各ギルドに対して郊外での活動を自粛するように呼びかけるというものだった。城門の通過人数を絞ることで監視や身体調査の労力を減らそうという言う訳である。
「という訳ですので、申し訳ありませんがご了承ください」
エーリカ嬢が深々と頭を下げる。
実は衛兵やギルド関係者に通達された詳しい情報に、一連の不可解な化け物たちには「紅白の服装」という共通の目撃証言があった。しかし人一倍察しの良い腕利き受付嬢をもってしても、視線の端に移っていた小柄な紅白少女がまさか張本人だとは気付かない。
顔を引きつらせる3人に一礼して、彼女は受付カウンターへと戻っていった。
昼過ぎ。
郊外でのクエストをあきらめたギンガは、吟遊詩人の経験値を稼ごうと馴染みの教会前広場に足を運んだ。
ハルミは店で買った薬草でポーションを作り、ルイはその手伝いを兼ねて錬金術を教わる予定である。
「何かの時のために手に職を付けておきなさい」というハルミの忠告を受け、広場への同行を渋々諦めたルイであった。
「お、歌のお兄ちゃん。 今日も歌うのかい。 じゃあこっちで演ってくれや」
広場の端でいざ歌おうかと腹を決めたところ、ベンチで日向ぼっこをしていた爺さんから声がかかる。
暇を持て余している爺さん婆さんたちからすると丁度いい余興なのか。否応なくベンチの前に引っ張り出されたギンガは、集まって来た10人ほどのお年寄り相手に歌を披露することとなった。
「え~、じゃあ次は悪人をボコボコに叩きのめして街の平和を守った伝説の衛兵”黒虎”の歌です」
歌とは元来、神や英雄の偉業を称え、人々に広めるためのものである。
この異世界でもその理は同じようだ。歌い終わりに度々「今のは何という英雄の歌なんだ?」「一体どんな偉業を成したのだ?」と爺さまたちに聞かれたギンガは、歌の前に何の主題歌でどんな物語なのかを簡単に説明するようになった。時には有名なエピソードを掻い摘んで話したりもした。
その甲斐あってか、お年寄りたちの反応は上々。夕方ごろ、前回よりも少し多くおひねりを貰って帰宅することとなった。
「やっぱ『水戸御老公』のウケが良かった。 骨董屋のご隠居なんか、もう一回歌えとか言い出してさ」
3人で卓を囲う夕食。
それなりに歌が好評だったギンガは普段より饒舌に語った。
パーティメンバー以外の人に認められた数少ない経験だから無理もない。
「いいわね。 元手無しでこの稼ぎは結構なものよ。 もう少し工夫できないかしら」
対するハルミも、自分の食い扶持分を稼ぎ出してきたことに対する評価は高い。
どうにか一儲けの機会にならないかと、彼の手柄話に興味津々である。
しかし残る1人の反応が薄い。
普段から無表情のため、なかなか人には伝わらないが、このとき巫女少女はむくれていた。
「・・・・、わたしも今日、・・・がんばった」
食事が終わり居間へと向かおうとするギンガに、つつっと近付いたルイが言う。
錬金術はおろか料理すらろくに作れない彼女だったが、人に頼ってばかりではいけないのはわかる。
馴れないスリコギを握って薬草をすり潰すのは大変だったが、それなりにハルミの役に立てたのではないかと自負していた。
「お、そうか。 ポーション作ってたんだな。 頑張ったな。 そうだ、これやるよ」
そういって置いてあったポーチから飴玉を取り出し、ルイの手に置く。
ある婆さんがおひねりとともに手渡ししてきた飴玉だ。彼女はギンガの中では「飴の婆ちゃん」として認識されている。
「・・ありがとう!」
パッと顔を輝かせたルイはさっそく飴玉を口に運んだ。
口に広がる甘い味、優しいミルクの味だ。
コロコロと飴を鳴らしながら、ルイはしばらくは上機嫌だった。
しかしその後、風呂に入っている最中、モノに釣られたことに気付いた。
飴玉が欲しくてギンガに報告にいったのではなかったはずだ。
浴槽に浸かりながら、小柄な頭の中を必死に整理する。
自分は今日1日頑張った。しかしあの青年は今日、歌を歌ってくれていない。
青年の歌が如何に素晴らしいかは自分が最も知っている。
その自分を差し置いて、その自分ですら聴いたことのない歌を聴いた人たちがいる。
あまつさえもう1回歌えなどと、図々しく、いや盗人猛々しく言ったとかなんとか。
普段から感情を、意思を表に出すことのない少女である。
その小さな胸の中で負の感情がぐるぐると堂々巡りを繰り返し、その度に強く濃くなっていく。
こうなってはもはや1曲歌ってもらうしか収まりがつかない。
その決意は風呂上りの少女を駆り立てるのであった。
一方、森の中。
空腹紛れによくわからない黒い光の玉を呑み込んだスネークスに、変化はすぐに訪れた。
餓死寸前だった身体には力がみなぎり、瞬く間に3倍ほどの大きさに肥大。その身体を支えるかのように太い手足がニョキリと生え、背中には蝙蝠のような羽根が現れた。元は土気色だった全てのうろこが漆黒に染まり、目は深紅に輝く。口から放たれる火炎の吐息が轟々と唸る。
水を飲みに訪れた湖畔で目にしたそれは、紛れも無き竜であった。
今までの鬱屈した思いと、湧き上がる破壊の衝動が身を焦がす。
黒竜へと変貌したスネークスは空へと飛びあがり、飢えた眼差しで周囲を見渡した。
もっと力を付ければ、何でもできる気がするこの万能感。
それには餌が必要だ。
餌の沢山ある場所。
王都へ。
「・・・・・歌、聞きたい」
風呂から上がるなり寝間着に着替えたルイが、不退転の形相でギンガに詰め寄る。
まだ乾ききっていない艶やかな黒髪。そしてそこから上がる湯気。
擬音を付けるのならば、はたして「プンプン」か、「ホカホカ」か。
「しかしなあ」とギンガが難色を示す。
いまだ使い勝手の解らない吟遊詩人と踊り巫女の掛け合わせスキルである。
効果の薄い一般人の爺さん婆さんに聴かせるのとはわけが違う。夜更けの城下に化け物を呼び出すわけにはいかないのだ。
その渋る様子に対し、ルイはとうとうゴロンとフローリングに寝そべって反抗の意を示すのだった。
ちなみに一族の姫として厳しく躾けられてきた彼女は、今までこんなことをしたことが無い。族長である父に言われるまま従うのが普通であった。
この夜、確かにルイの中で収まりがつかなくなったのは事実である。
しかしその行為の陰に、わがままを言える相手の居る喜びを噛み締めていることを、当の本人は気付かなかった。
「ギンガ、なんかいい曲はないの?」
年端も無い少女が床に寝そべるのを見かねたハルミが尋ねる。
「じゃあ、この前歌ったけど効果の出なかった『アワビさん』なんかどうだ?」
「・・・・・・・・・あれ以外で」
もちろんあの歌も素晴らしいものだった。
しかしあの悠久の力を宿す凄まじい曲だ。聞けばまた腰砕けになることは間違いない。
先日のことを思い出しながら、泣く泣く首を振った。
「たとえばさ、子守歌とかないの? スキルが発動してもルイちゃんが寝ちゃうとか」
「そうか、なるほどな」
如何にスキルを発動させないか、または無害なスキルに抑えるか。
そのことに苦慮していた最中に、ハルミの提案が光った。
スキルの発動によって発動者が無害化されるという、新たな視点での解決法だ。
なにかと試行錯誤することの多い錬金術師ならではの思い付きと言えるだろう。
さて、子守歌か。
それをキーワードにしばらく、頭の中でレパートリーを辿る。
超人バロロマンの敵怪人が歌っていた催眠子守歌を思考から追いやった先に、ギンガはある曲に行き着いた。
「いいかルイ。 これは俺の故郷の昔話や言い伝えを集めた作品集の歌だ」
「・・・うん」
うなずくルイは、寝入ることを想定して寝台に腰かけている。
巫女装束ではなく寝間着姿だ。
「変な効果は無いと思うが、踊るのは我慢してくれよ」
「・・・わかった」
再び神妙にうなずくその顔を確認して、ギンガは歌い始めた。
ぼうやはよいこだ ねんねしな
まぶたとじれば みえてくる
ははのせなかで きかされた
とおいせかいの ものがたり
日本中の昔話や伝承、故事を集めて映像化した作品群『まんがにほん昔がたり』の主題歌である。
その内容は誰もが知る有名な話から、極限られた地方にのみ伝わるマイナー話まで津々浦々を網羅しており、長年に渡り多くの人々から支持を受けた。
また作品群という性質上、作風も自由奔放で、喜劇から悲劇まで千差万別。時に視聴者を唖然とさせる話の展開や結末は、未だなおマニアからも高い評価を受けている。
ポテリ・・・
しばらく聞き入っていたルイの身体がベットに傾く。
どうやらスキルが発動して寝入ってしまったようだ。
何事も無く終わったことに一息ついて、ギンガは寝台を後にする。
「ごくろうさま」
立ち替わってハルミが横たわるルイに布団をかけようと近付いた。
しかし、全1500話に及ばんとする圧倒的な話数を誇る『まんがにほん昔がたり』。
ましてそのひとつひとつが、悠久の時を語り継がれてきた珠玉の物語である。
そこに込められた人々の思い。その総量でこのアニメに並ぶ作品は無いだろう。
巫女装束をまとわず、踊らず。
それでもその歌の内包する力は収まることを知らず、発動者が寝たことで逆にタガが外れてしまうこととなった。
黒竜が猛然と闇夜を駆ける。
王都までもう少しというところで、彼はそれを見た。
「ちょ!ちょ!ちょ!ルイちゃ! ぎええええ!!」
王都からまっすぐ天へと昇る、緑の龍。竜ではなく龍だ
その背に誰か人を乗せて登り続ける身体は、未だ全容を現さない。
長い。
3メートルほどの自分の、果たして何倍の全長なのだろうか。
井の中の蛇は、大海を知った。
なんとも儚い夢を見た。
こうして黒龍は森へと帰っていった。
しばらくして光の玉の効果が切れたのか、元の姿に戻った彼はその後必死の努力を重ねることになる。元々長寿とされる蛇型モンスターが、やがて偉大なる森の主として語り継がれるのはずっと先のことであった。
空を飛ぶ夢を見た。
妖精のように小さいハルミが、自分の肩に座って微笑んでいる。
青年が優しい歌を歌いながら、温かく見守ってくれている。
星座の海を征く素晴らしい夢を見た。
夢の余韻に浸りながらも目覚めたルイは、寝台にハルミがいないことに気が付く。
何故か居間のフローリングでグッタリと寝ていたハルミとギンガを揺すりながら、こう言うのだった。
「・・・ハル姉。 ・・・こんなとこで寝ると風邪ひく」




