ムシラの歌②
城壁南門から出て徒歩で1時間。蝶舞の森はそこにあった。
森というよりは林のようにまばらに生えた木々と、その間を埋めるように生えた草花。そして花々を渡り歩くように色とりどりの蝶が舞うそこは、きらびやかながらも幻想的な場所であった。良く晴れた青空の下、クエストというよりはピクニックに近い雰囲気である。
「・・・すごい! きれい! すごい!」
大好きな蝶の群れを前に、ルイはいつになく興奮気味だ。無事洗濯が済んだ巫女装束をヒラヒラとはためかせながら、蝶の動きを模したかのようにステップを踏む。
「本当に綺麗ね。 はしゃぎ過ぎてはぐれないようにね。 あ、ギンガ。あの木の真ん中あたりに生えてるキノコ採ってきて」
「あいよ」
そんな会話をしながら呑気に森を進む3人。効率は悪いかもしれないが、こういうクエスト自体はそんなに悪くはない。そんな足取りだった。
しかしピクニック気分はそこまでだった。
「おいおい、こりゃ酷いな・・・」
「聞いてたレベルと違うわね・・・」
「・・・・気持ち悪い」
森の南端に差し掛かった3人は目を見張る。南端との境、小川を挟んだ対岸に広がるのは、いわば紫の大魔境だった。
森を進むにつれ、見かける蝶の数が減っていることに気付き、薄々嫌な予感を抱いていたのだが、その先にこんな魔界が待っているなどとは想像しえなかった。
地表を埋め尽くさんとびっしり繁殖した紫のキノコが依頼にあった例の毒キノコであろうことは、ハルミの植物鑑定スキルを使わなくてもわかる。そしてその毒キノコが吐き出しているらしい紫色の毒胞子が空気中に蔓延し、薄雲が掛かったように森の奥は見えない。何かのきっかけで爆発的に増えたのだろうか。依頼書に書かれた現状とはかけ離れた事態がそこにあった。
森の中央と南端の間を流れる小川と、その上を流れる風によってこちら側への繁殖は食い止められているようだが、森全体へ繁殖地域が広がるのは時間の問題かもしれない。
なんにしても彼らの手に負える問題ではないのは明らかだった。
「こりゃ個数を数えるとか無理だな。 急いで帰って報告したほうがいい」
「そうね、繁殖地域の調査も小川の先は全部って言うしかないわね」
そう言って早々に引き返そうとする2人の間を、1匹の黄色い蝶がヒラヒラと抜いていった。
森の南端付近では見かける数の少なくなったその蝶は、小川の周辺をしばらく飛んだあと、力無く地面に落ちはじめる。
「・・・チョウチョが・・・!」
ルイは思わず駆け寄り、地面へと落下する直前に両手のひらで受け止める。しかし蝶にもう一度羽ばたく力は残されていないようで、手の上でわずかに羽を動かすばかりだ。
「キノコの毒か・・・」
先ほどはキノコに浸食された森の禍々しさにのみ目が行ってしまっていたが、よくよく見渡すと小川の周辺には力尽きた蝶の死がいが点在している。
大量に吸い込めば人体にも影響のあるキノコの毒胞子だ。少女の手のひらよりも小さい蝶にとってその悪影響は計り知れないものだろう。もう動かなくなった蝶を悲しげに見つめるルイ。しかし今は感傷に浸っている場ではない。これ以上ここに残るとやがて毒胞子で自分たちにも影響が出てしまうだろう。
「とにかくここから離れよう」
「ギルドに報告して、森林組合に対策してもらわないと・・・」
「・・・でも、チョウチョが」
問答をしている間にも、1匹、また1匹と蝶は力尽きて地に落ちるか、小川に流されていく。
森林組合が対策を立てて乗り出すまでにどれだけの広さの森が侵食されるだろうか。何匹の蝶が死に絶えていくだろうか。
その小さな胸を痛めたルイは、瞳に涙を浮かべながらギンガを見上げるのだった。
「ハルミ、あのキノコってどうやって駆除するんだ?」
「どうする気よ?」
「それを考えてみる。 毒キノコの特徴を教えてくれ」
「しょうがないわね。ちょっと待ってて」
ここ一番で妙な根性を見せたギンガを少し見直しながらも嘆息するハルミ。もしこれ以上危険なことになるようならルイだけでも担いで逃げるつもりでスキルを使う。以前ライヤから修得した中級植物鑑定スキルだ。
その名はメギノガダケ。
日当たりの悪い森林の木陰などに生息する中型の形成菌類だ。その胞子は毒素を含み、ひと月周期で散布されるので注意が必要となる。またキノコも胞子も日光と乾燥に弱く、日に当てると干からびて死滅する。
生息可能息が限られることから繁殖力はそれほど高くはないが、森林を汚染するため森林組合では発見次第の駆除を推奨する特定種とされている。
「ひと月周期で毒を撒くってことは、今ある胞子をどうにか取り除けば1か月は無事ってことか」
「でもどうするのよ。 毒物なんだから簡単に集められないわよ」
「汚物なら消毒が一番なんだが、流石に森に火をつけるわけにもいかないか」
「なんで消毒の話で森に火をつけるわけ?」
何気ないギンガのボケにハルミが突っ込むが、今はネタを説明している時間が惜しい。
こんな何気ない会話で自分自身を落ち着かせながらも、頭のレパートリー帳をフル回転させて使えそうな曲を検索していた。
「胞子は日光で死滅するが、生茂った森が日光を遮っている。 じゃあ木を切れば・・・」
頭の中に日本一有名な木こりの名を冠した曲名が浮かぶ。
しかしこの森の木を1本ずつ切り倒すわけにもいかない。そもそもあの毒胞子の中にルイを突っ込ませる訳にもいかないのである。近づけないなら、遠くから、どうやれば。
そこまで考えたギンガは、あまりにも簡単な結論にたどり着くのだった。
「そうか!」
すぐさま踵を返したギンガは、いまだ悲しそうに蝶の亡骸を見つめるルイへ言って聞かせる。
「ルイ、大風を起こして毒胞子を森の外へ吹き飛ばせばいいんだ」
「・・・・どうやって?」
「お前を巨大な蝶っぽい怪獣に変身させる。 巨大な翅で羽ばたいて風を起こすんだ」
「・・・・わかった」
怪獣という言葉の意味がよくわからなかった。
「蝶っぽい」のあたりも少しひっかかった。
それでもルイは肯いた。
巨大なものへの変身。
これまで彼女は2度それを経験している。
そしてその度にひどく落ち込むような結果となった。
それでもルイは迷わなかった。
目の前の青年の不思議な歌。
その過程において酷い目に遭うことはあるが、悲しい結果をもたらしたことなど今まで一度もなかった。そしてこれからあるとも思えない。だから。
蝶の亡骸を近くの木の根元にそっと置くと、真剣なまなざしで見返すのだった。
ムシラヤ ムシラ
ヨゥンワ コンノンチャウン コンノゥムーン
レウヒィ ユデュー ウデン タンダ トンワイワン
サンザァ クリョーウ ア ゲンルゥカー
歌いだしたその歌は、今までの中でも飛びぬけて変わった歌だった。
彼の歌らしくない、どちらかと言えば巫術師一族に伝わる伝承歌に似ていた。そして何より今までの歌と違い、どこの言語なのか、ルイには歌詞の意味が全く理解できないでいた。
戸惑いながら歌を傾ける。
やがてその心中にやがて伝わって来たのは救いを求める願いだった。
小さきものたちが、それこそ自分の手のひらで息絶えたあの蝶のような儚いものたちが救いを求める気持ちが、青年の歌からひしひしと伝わってくるのだ。
助けなきゃ。
決意に燃えたルイはその思いを乗せて舞を舞う。それは蝶が懸命に羽ばたくような舞であった。
やがて歌の効果が発動すると、ひらひらとステップを踏みながら近くの木へ近付いていく。
先ほど蝶の亡骸を根元に置いた、あの木だった。
べたり!!
突然ルイが、その木に力強くしがみ付いた。
「ちょっとルイちゃん、大丈夫!? ギンガ、何したのよ!?」
「ハルミ! 離れてろ! 始まるぞ!」
意表を突くその奇行に、唯一事情が呑み込めないでいるハルミが驚く。
踊りの途中で木にぶつかったと勘違いし、とっさにルイへ駆けよろうとするその動きを、事態を予測していたギンガが制止した。
その次の瞬間、羽化が始まった。
依然、木にしがみ付くルイ。その身体からはぼんやりとした光が点滅を繰り返し、徐々に光は強く、点滅の感覚は短くなっていく。
その直後、巫女装束の襟首あたりから白い皮膚を割って出てきた光の塊は、瞬く間に巨大化をはじめた。
やがてニョキリと生えた翅を羽ばたかせ、森の上空にふわりと飛び立ったその姿は。
それは10メートルを超える巨大な昆虫だった。
『ムシラ』
ギンガが愛してやまない東峰怪獣映画シリーズの一つにして、その作中に登場する巨大怪獣の名である。
怪獣と言っても破壊活動を好まず、弱きもの、そして掛け替えなきもの守ることにその威力を見せる変わり種のような存在。
しかしギンガにとってこの怪獣「ムシラ」が一番好きな怪獣だった。その美しさもさることながら、一度負けても後日絶対に仕返しをする、場合によっては数にモノを言わして復讐を成すその雄姿に、日ごろの溜飲を下げたことが何度あっただろうか。最後に勝てばいいのだというムシラのメッセージを一方的に受け取り、また強く共感したものだった。
とうとう30メートルにまで達した巨体。純白の体毛に覆われた頭部に、無数の宝石を組み込んだような巨大な眼が二つ。何より目を引くのは背中から生えた4枚の翅だ。純白の身体とは対照的な黒地に稲妻のような黄色が走るその模様は、美しさと力強さを湛えながら羽ばたきを繰り返している。
緋袴で覆われている腹部と、どうやら胴体の純白は体毛ではなく白衣らしいことをギンガは見なかったことにした。
「おーい、聞こえるか? ルイー!」
30メートルの巨大を唸らせて空を飛ぶ大怪獣ムシラに呼びかける。
その呼びかけに、しばらく我を忘れていたルイは生まれ変わったような高揚感の中、正気に戻った。
どういう仕組みか、周囲すべてを映すようになった視界に、原色艶やかなモフモフしたものが羽ばたいているのが見える。
・・・きれい・・・本当にチョウチョの翅だ・・・
どうやら青年が言っていた、蝶っぽい巨大な翅とはこれのことらしい。本当に自分は蝶になったのだろうか。高鳴る気持ちを抑えながら、こちらに何か呼びかけている青年に返事をするのだが。
「キュピーーーー! キュピーーーーーー!」
キュロロロロという副音声を含めた、奇怪な鳴き声が森に響く。
「ちょっとギンガ、あのでかい虫がルイちゃんなのよね?」
「ああ、そうだ」
「言葉が通じなくなってるじゃない。どうすんのよ?」
「そりゃあ、虫の大怪獣ムシラだからな。人間の言葉は通じない。会話はこうするんだ」
そう言いながらギンガは新たに歌を口ずさむ。
「マサ マサラ ムシラ(ルイ、聞こえるか?)」
「キュピーーーー!(・・・うん、聞こえる)」
「タマ タマ ムシラ(身体の様子はどうだ? やれそうか?)」
「キュピーーーー!(・・・大丈夫。・・・翅、とてもキレイ・・・がんばる)」
はたから見ると意味不明の歌を歌う青年と奇声を挙げる虫怪獣なのだが、これがムシラの会話である。歌によるそれは発信者の意図を正確に、そして言葉少なに伝える一種のテレパシー能力として劇中に描かれ、例えそれがどれだけ離れていようとも発信者の意図を伝えることが出来るのだ。
上空に浮かぶ全長30メートルの怪獣の羽ばたきで、轟々と風が吹き荒れ木々の枝葉が唸る森の中で、2人の会話が遮られることはなかった。
「ラバン グレン ラバナン(変な会話ね。 これでいいのかしら?)」
「ハナダン ゴル ハナダン ゴル(なんでおまえもしゃべれんだよ)」
吟遊詩人のスキルはハルミに対しては非常に弱い効果しか発揮しない。本来ならハルミはルイと会話ができるはずもないのだが。
しかし錬金術師としての必須スキル「中級昆虫知識」を筆頭に、「通訳」「言語学」「意思疎通」と複数のスキルを発動させた彼女は易々と会話に割り込んできた。話好きにも程があるというものだ。
「なら丁度いい。 俺は歌に専念するからルイへの指示を頼む」
「了解。 胞子を吹き飛ばせばいいんでしょ。 さあ行くわよルイちゃん」
「キュピーーーー!」
「じゃあ、まずは風上の胞子の一番濃いところ。7時の方向を吹飛ばせ!」
「キュピーーーー!」
指揮官よろしく拾ってきた棒切れを振り下ろしつつ、ハルミがルイへと指示を出す。
突風豪放、ゴウンと唸るを上げて放たれた風紀の砲弾は上空から森の一角へと着弾。空気中に漂う大量の毒胞子を森の外へと押し出した。そこは毒キノコが最も密集している付近。森に漂う毒胞子の半分以上がこの一角からあふれたものであった。
「ここを抑えれば楽になるわ。続いて扇射ち射角120! まとめて薙ぎ払え!」
「キュピーーーー!」
先ほどの一点砲撃から変わって広域に放たれた風は、先ほどの爆発力はない反面着実にすべての毒胞子を森の外へと運び始めた。
1手目で最大の発生源をつぶし、続く2手目で全域を同時に対処する。錬金術の途中で室内に発生した毒ガスへの彼女なりの対処法だった。その経験に基づいた彼女の指示は綺麗に決まり、森の南端一角の毒胞子は瞬く間に除去された。
何事も経験、毒ガスも沸かしてみるもんだなあとハルミは内心達観するのだった。
「どうなることかと思ったが、なんとかなったな」
「まあ毒キノコ駆除が本番だけど、それはライヤがやるでしょ。 ルイちゃん!そろそろ帰るわよー!」
「キュピーーーー!」
ハルミに呼びかけられて高度を下げてきたルイだったが、どうやらテンションはいまだ最高潮のようだ。上空でひらひらと舞いながらテレパシーで2人に呼びかける。
「空飛んでる! 翅キレイ! すごい! すごい!」
「ああ、そうだな。 綺麗だ。 よかったなルイ」
ギンガの賛辞に満足したのか、今度はハルミの頭上にふわふわと移動する大怪獣。
「ハル姉! 翅キレイ! もふもふかわいい! もふもふ!」
「そ、そうね、綺麗だと思うわよ?」
「ハル姉! もふもふ気持ちいいよ! 背中乗る? 乗る?」
「あーーーー、いや。私・・・・・、蛾は苦手で」
その日一番の暴風が、蝶舞の森に吹き荒れた。
自分の身体から逃げ回るという器用な暴走をしたルイ。
その圧倒的な暴風により生茂っていた木という木の葉が吹き飛び毟られていく。すでに森の南端一角は目を覆いたくなるような丸坊主の状態だ。
あの女はトラブルメーカーに違いない。
近くの木にしがみ付き暴風に耐えながら、ギンガはその確信を持つに至った。
嵐の時間は5分程度。それはルイが体力と気力を使い果たすまでの時間であった。その身体は羽化の時とは逆回しのように小さくなりはじめ、やがて光の塊となって地表に降り立つ。光が飛び散った後には、完全にへばったルイが、いつもの巫女装束姿でへたり込んでいた。
なんでこうも不必要な騒ぎが起こるのかと頭を抱えながら、ギンガは回収に向かうのだった。
なお、ルイの抜け殻は暴風で粉々に崩れてしまっていたが、抜け殻を覆う巫女装束は形をとどめたまま木に引っかかっていた。ルイの身体が羽化するに併せて分かれたらしいもう一着の巫女装束だ。ハルミが鑑定したが前回と変わらない『一族の白衣緋袴』であった。
一張羅の替えが出来たと喜ぶルイを尻目に、ハルミは着せ替えの機会が減ったことを嘆く。
ルイが現在着ているほうの巫女装束が『一族の白衣緋袴-繭-』に進化し、防御力が跳ね上がっていることに彼女が気付くのは少し先のことであった。
翌日。
ギルドハウスのホールで見つめ合う2人の姿があった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
ファンタジー世界の建物の中で黙って見つめ合う忍者と巫女。ギンガは言い知れぬ違和感に固唾をのむ。
毒キノコ大発生の報を受けて、翌朝急いで毒キノコ駆除に向かったライヤたち森林組合は、そこで奇妙な光景を見た。
森の南一角はなぜか木々の葉が禿げ落ちており、しかしながら例の毒キノコはほとんど見当たらないのだ。また森の外に干からびた毒キノコが無数散乱しているのも発見された。そしてあの日、蝶舞の森上空を飛ぶ巨大な蛾のモンスターを見たという証言が数件寄せられた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
帰還後、ことの真意を確かめようと無言のプレッシャーを掛ける忍者に対し、ハルミは巫女少女を矢面に立たせた。『無口でも絵になる人の雰囲気』を見極めるため、ルイは目をフルフルと痙攣させながら相対する。その仕草にすっかり戦意を抜かれたのか、ライヤは「・・・あまり無茶はするな」と言い残して煙とともに消えてしまった。結局のところ、不可解な点は多く残したものの、森の焼却処分を免れただけでもよかった、というのが彼の最終的な落としどころであった。
この毒キノコ大発生とそれを防いだ謎のモンスターの噂はすぐさま城下町に広まり、人々は蝶舞の森を守護する蛾の神様の偉業に違いないと口々に讃えた。それを聞くたびにルイはまた落ち込むのだった。
その落ち込みぶりを見たハルミ。
新たなレアスキル「魔獣使い」を取得したことは知られてはいけないと心に誓った。




