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おれは炎のマッスルマン②

「いいかルイ。 今回の歌は力持ちになるだけの歌だ」


「・・・・それだけ?」


「ん・・・、多分大丈夫だ。 プロレスも必殺技も今回は関係ないしな」


「・・・・わかった」


 どうしても鉱石を持って帰りたいハルミの提案。

 それはギンガの歌でルイの身体を強化して鉱石を運ばせるという作戦であった。

 恐る恐るルイに話したところ、自己主張の乏しい少女から1つの要望が返って来る。

 せめてどのような効果が出るのかを、前もって教えて欲しいというささやかな願いだった。


 そこでギンガは頭の中で歌のレパートリーをひっくり返して選曲に入った。

 鉱石の入った重い網かごを背負って帰るだけなのだから、単に力が強くなる歌を選びたい。しかしいざ探してみると「力が強いだけ」の題材が見当たらないものだ。怪力で思い浮かべるのはアメリカの超人たちだが、残念なことに歌を知らない。

 そこまで考えたところで、超人というキーワードにたどり着いた。



 ズガガガン(GO MUSCLE!) ズバババン(GO HUSTLE!) 3・2・1 FIRE!

(JAMP!)悪の限りの(KICK!)無法超人 さあ逆転はこれからだ

(CHOP!)天が呼ぶぜ(CUT!)嵐が吹くぜ おれは炎のマッスルマン

 ズガガガン(GO MUSCLE!) ズバババン(GO HUSTLE!) 3・2・1 FIRE!


 元の世界ではずいぶん昔に放送されたアニメ「マッスルマン」の主題歌だ。

 放送後、しばらく時を経てリバイバルブームが起こりギンガも幼少期にテレビで見ることになった。

 当初は怪力だけが取り柄の臆病なダメ超人マッスルマン。

 彼が幾多の強敵との戦い、幾多の親友との友情を経て、成長を重ねていくストーリーだと記憶している。


「・・・・・あ、この前の歌に、・・・似てる?」


 飛竜がやって来た夜に聞いた、あの熱い歌。

 それによく似た雰囲気の力強い歌。力が強くなるだけと説明され少し安心していたルイは、歌に併せて気兼ねなくクルクルと舞うのだった。


 グ・・・・、グググググ!!


 妙な浮遊感。

 身体に力が湧き上がってくるのを感じながらルイが目を開く。視点が高い。

 見下ろすギンガとハルミは、唖然としながらこちらを見上げていた。

 恐る恐る自分の首から下を確認すると、そこには筋肉隆々の肉体が付いていた。多くの冒険者がたむろすギルドの酒場でも、こんなたくましい身体は見たことのない。


 傍から見ていた2人はその異様な光景に、本人以上に焦っていた。

 筋肉だるまのマッチョマンの、首から上だけが可憐な少女という悪夢の具現にも近しい光景。ましてその逞しい肉体がまとっているのはひらひらの巫女装束である。

 失った言葉を取り戻そうと足掻いたギンガが、ようやくそれを発する。


「な、なあ。 聞きたいんだが、ルイの着てる巫女装束ってなんか特別なのか?」


「え? ああ、あれ。 多分ユニーク装備じゃないかしら」


「そうか。 なんか特注品なんだろうなあ」


 ルイの一族に伝わる踊り巫女専用の装束『一族の白衣緋袴』。

 初級鑑定スキルしか持っていないハルミに詳細は解らなかったのだが、もちろん高位のユニーク装備だ。

 神降ろしの伝承歌をはじめ、歌の効果を増幅して装着者へ吸収させる能力があり、ギンガの歌がルイにのみ極端に効果を発揮する大きな要因のひとつである。またこの装備は神降ろしの途中で邪なる霊や気が装着者に入り込まないよう、邪を祓う強力な退魔能力と浄化能力を兼ね備えていた。

 その素材は、踊り子の動きを阻害しないよう柔軟性の高いマジックスライムの菌糸で織られており、降ろした神の影響を受けて形状を自在に伸縮させる特性を備えている。

 大猿のときはもちろん、コンバットアーマー装着時にはそれを阻害しないようレオタード型に収縮していたのだが、着ていたルイすら気付いていなかった。


 その特注巫女装束の袖と緋袴を揺らしながら、2メートルを超える肉体がそびえ立っている。

 自分が大猿になって暴れまわったと聞かされた晩、ルイはかなり落ち込んでしまった。寂しくなって出てくるまで1時間ほどクローゼットに引きこもったほどだ。そんなルイのことである。自分の身体が暑苦しいマッスルボディに変わったことでどれほどショックを受けているだろうか。場合によってはメンタルケアの必要があるかもしれないと、ギンガは恐る恐る様子を伺う。

 しかしどうやら身体の変化にショックを受けた様子はなく、ムキムキの身体を試すかのようにあちこち動かしては物珍し気に眺めている。頬が少し朱に染まっているのは目の錯覚ではないだろう。

 メンタルケアの必要は無さそうだが、趣味嗜好を正しく導いてやらねば。

 ギンガは密かにそう決意するのだった。


「ねえ、私も聞きたいことがあるんだけどさ。 ルイちゃんのおでこの紋章ってなに?」


「ああ、あれか」


「・・・え、なに?・・・・ わたしのおでこ?」


 小柄な顔のわずかな変化を、目ざといハルミは見逃さなかった。

 ルイの額に現れたのは「肉」という謎の紋章。手鏡でそれを見たルイは思考の処理が追いつかないのか呆然としている。

 女の子の顔によくわからない模様が刻まれる。そのことの重大さを察したギンガは、彼女がショックを受ける前に行動に移した。

 普段機転が利くとはお世辞にも言えないこの男にしてみれば超絶ファインプレーと言える。


「ルイ! よかったな。 それはとてもありがたい紋章なんだ!」


「・・・・・・」


「それはだな・・・、そう! 生命の美しさと尊さを現したものなんだ!」


「・・・うつくしさ・・・」


「俺の故郷じゃみんな知ってるほど有名な紋章だ。 めちゃくちゃかっこいいぞ!」


「・・・かっこいい・・・、・・・・えへへ・・・」


 悪い印象をもたれる前に言いくるめることが成功したらしい。

 ギンガの言葉を聞いたルイは少し恥ずかしそうにしながらも手鏡をのぞき込んでいる。それが牛肉や豚肉などの食料、または筋肉や贅肉などまでを広く意味する漢字であることを、そっと心の奥にしまい込んだ。いたずらで額に落書きされる文字の最有力候補であることも、もちろん話すつもりはない。


「じゃあさっそく鉱石を集めましょうか」


「・・・・わかった」


 ハルミの言葉に手鏡から顔を上げたルイは、網かごを受け取るとズシンズシンと斜面へ向かった。

 強化されたその身体能力は凄まじく、夏蜜柑ほどの大きさの石をヒョイヒョイと難なく持ち上げる。ハルミの見立てのもと、落ちている鉱石から価値がありそうなものが次々とかごへ収まっていく。それどころか欲を出したハルミは、斜面から露出している鉱石もツルハシで掘り出す始末だった。

 ちなみにスキルの発動中は大したことのできないギンガは見学に徹する。

 多少の後ろめたさを感じながらも「おお、凄いなあ」「いいぞ、頑張れ」などと声援を送ってお茶を濁すのだった。


 30分ほどで目ぼしい鉱石は拾い終わり、網かごも一杯になった。

 そろそろ引き上げ時になったころ、ハルミがルイに尋ねる。


「ねえねえルイちゃん。 最後にあの大きいやつ掘り出せないかしら?」


「・・・・やってみる」


 ハルミが指さしたのは斜面の上のほう。大ぶりの鉱石が顔をのぞかせていた。足場になる場所から高さにして3メートルほどで、巨体のルイが手を伸ばせば届く範囲である。ツルハシで鉱石の周りを掘ってみると、深く斜面に埋まっている様子がわかった。

 ツルハシではらちが明かない。それを地面に置くと、余りある怪力で鉱石を引っこ抜くことにしたのだが。


「・・・ん!・・・んしょ!・・・・・ん!」


 ズボッ!!


 ようやく抜けた鉱石は思ったよりも大きく、斜面からの覗いていた部分は文字通り氷山の一角でしかなかったようだ。勢い余ってルイは尻餅をつき、大きな鉱石は投げっぱなしジャーマンの要領で後ろへと放り出された。


 ゴゴゴゴゴゴ・・・


「おい! 逃げろ! 崩れるぞ!」


「うわっ! やばっ!」


 少し前の雨で緩み崩れていた山肌が、鉱石を引き抜いたことで大規模な崩落を始めたのは、ギンガが叫ぶ直前だった。

 小山とはいえ200メートルはある大地の隆起である。そのほんの一部が崩れたとしても人間には抗いようのない破壊力が発揮される。

 かくして崩れ落ちた大小さまざまな岩石と土砂が、直下に居た2人に襲い掛かった。


「ルイ! ハルミ!」


 崩落は30秒ほどで止み、土煙が晴れる。

 2人の名を呼びながら駆け付けたギンガが見たものは、下半身が土砂に埋まって倒れているハルミと、その横で5メートルほどの大岩を支えているルイだった。


「・・・・・ぐぎぎぎぎ、・・・・ハル姉、逃げて」


 大岩が転がり落ちてきたのではなく土砂とともに滑り降りてきたことがせめてもの幸いか。

 ルイは大岩を斜面に押し付けるようにして支えている。しかし大岩が斜面に深く溝を刻みながら滑り落ちたせいで横に転がすことも出来ず、2人の上に倒れこんでこないように支えるだけで精いっぱいのようだ。


「おいハルミ、早くそこから逃げろ! このままじゃルイが持たない!」


「足がなんかに挟まってて抜けないのよ! ちょっとこの土砂どかしてよ!」


 急いでハルミに駆け寄り土砂から引っ張り出そうとするのだが、岩か何かにくるぶしが引っかかっているらしく抜ける気配が無い。土砂を除いてその岩を動かそうとも思ったのだが、下手に歌への意識を切らしてしまうとスキルの効果が弱まって、3人揃って大岩に押し潰されかねない。


「・・・・・んぎゅううううう、・・・はやくうううう」


 ルイが悲鳴を上げる。

 本物のマッスルマンならピンチになればなるほど「火事場の馬鹿力」という万能チートスキルが発動するのだが、あれはマッスルマン本人の魂に宿ったものである。身体能力と姿かたちを借りているだけのルイにそれを模倣することは無理だろう。

 何かないのかとギンガが周辺を見渡すと、土砂崩れの衝撃でハルミのバッグから散乱した野草が視界に入る。彼にあるひらめきが走った。


「これなら!」


 地面に転がったユリ根科の球根を拾って石の上に置くと、転がっていたツルハシで細かく砕く。その粒を人差し指に擦り付けて、岩を支えるルイの口にねじ込んだ。


「ルイ、 舐めろ」


「ふへ!?」


 突然口に突っ込まれたギンガの指にルイは驚き、そして口に広がる複雑な苦みにもう一度驚いた。

 当然ながら極限にまで振り絞っていた全身の力を維持できるはずもなく、支えきれなくなった大岩は傾きはじめるのだが、それが3人の上に倒れることはなかった。


 グググググ!

 突如、ルイの身体が更に巨大化しはじめる。

 みるみる大きさを増す身体は数秒で十倍ほど、約20メートルにまで及び、5メートルの大岩を難なく押し上げてしまった。


「・・・うええええ???」


「ルイ! 動くな! 足元に俺がいるんだ」


「あ、私も埋まってるからね! 踏まないでね!」


 いきなりの巨大化にうろたえるルイを、必死に落ち着かせる。

 大岩に押し潰されるのを防いだ結果、巨人に踏み潰されたのでは笑い話にもならない。

 何とか足元を脱出したギンガは、改めてルイに指示を出し、ハルミの下半身にのしかかる土砂と岩を取り除かせるのだった。



 ズシン・・・、ズシン・・・、ズシン・・・


 紅白の巨人が夕焼けに染まる雑木林を進む。


「おおお、これは爽快ねえ」


「お前、身を乗り出し過ぎて落っこちんなよ」


 幸いにもハルミは足を軽く捻った程度で、大きな怪我はなかった。

 しかし荷物を持つこどころか長距離の移動もままならない。さらに採取した鉱石の山を持って帰らなければ来た意味が無い。この状態にギンガとハルミが導き出した結論は、ルイの巨大化を維持しつつ、負傷したハルミと鉱石を運ばせるというものだった。


 巫女服という衣装は物を収納できるスペースが意外とあるようだ。

 ルイに合わせてさらに巨大化した白衣の右袂にハルミが、左袂にギンガが入り込む。ぶら下がる様はミノムシだ。本当なら肩にでも腰かければ絵になるのだろうが、いくら強靭なマッチョマンになっているとはいえ、元は普段からフラフラユラユラしている少女である。うっかり木に蹴つまづいて投げ出されたら20メートルからの紐なしバンジーをする羽目になる。よって袂に入り込んだのだが、上を見上げても筋肉質な脇しか見えないので女の子の服に入り込んだという感じが全くしない。

 エロマンガお馴染みのチュエーションとはいかず、落胆したのはどちらの袂だったのかは言うまでもない。


 ちなみに鉱石の入ったかごは、本来ならルイには無いはずの胸の谷間、脂肪ではなく筋肉によって生み出された谷間に挟まっている。これはハルミがお約束だと主張してさせたことなのだが、あまりの色気のなさに主張した本人すら渋い顔をしていた。


「それにしても、巨大化できるんなら早く言いなさいよ。 死ぬとこだったじゃない」


「悪いとは思うけど、忘れてたんだよ」


 原作のマッスルマンはニンニクを食べることで巨大化する。

 これは第1シリーズ全36巻のうち第1巻の序盤でのみ使われていた設定であり、ギンガどころかマンガの原作者自身が忘れている、もしくは無かったことにしている可能性が高い。


「・・・ううう、 ・・・お風呂、・・・・・入りたい」


 ルイはというと、全身砂まみれの汗まみれ。おまけに口の中にニンニクの苦さが残っているという、女の子としては非常に好ましくない状態に置かれている。2人を乗せているので走ることも出来ず、あと30分はかかるであろう街までの道のりに、とうとう泣き言を漏らし始めた。


「ごめんねルイちゃん。 ねえギンガ、他になんか能力は無いの? 空を飛ぶとか」


「ん? そういやマッスルマンて、確か空を飛べたような・・・」


「・・・!!」


 空耳かと思った。

 空を飛ぶ。それはルイにとって届かない憧れである。

 鳥も蝶も雲も、空を飛ぶものは何でも好きだ。

 そして出来ることなら自分も空を飛びたい。

 空の上から景色を眺めてみたい。

 それが少女のずっと抱いていた叶えがたき夢だった。


 飛竜が襲来した晩、彼女は一応、鎧の竜に乗って空を飛んだのだが、あの状況ではそれを楽しむ余裕などなかった。なんであの時もう少し窓の外を、正確にはメインモニタの景色を眺めておかなかったのかと、後悔までしていた程だ。

 その夢が、空を飛ぶ夢が、目の前にぶら下がっていた。

 普通なら眉唾物だ。しかしあの青年の歌ならば、そして今もなお、この身体に宿る圧倒的な力ならば間違いが無い。

 今の自分は、空を飛べる。

 ならば何を迷うことがあると、ルイは行動に移る。

 普段なら彼女の行動をなにかと抑止する引っ込み思案な性格も、今回は働かなかったらしい。


「ルイちゃん聞いた? 空飛べるんだって! 飛んで帰りましょう!」


「おい! ちょっと待て!」


 記憶を辿ったギンガが注意を飛ばすが、またしてもわずかに遅かった。

 空を飛ぶことに意識を集中したルイの巨体は、夕焼けで染まる大空へと飛び立った。


 ブボボ!モワ!という謎の爆音を唸らせて。


 全く関係のない話だが、マッスルマンの主題歌は放屁の効果音が入っている非常に貴重なケースとしてアニソン愛好家の間では知られている。

 その晩ルイは1時間かけてじっくり風呂に入ったのち、おなかをすかせて出てくるまで2時間ほどクローゼットに引き籠った。


 ルイの入浴中、洗濯のついでに鑑定しようとハルミが巫女装束を手に取ったところ、緋袴からさらさらと零れ落ちる金色の粉末を発見する。小瓶の半分ほどの量を採取したその粉末を巫女装束より先に鑑定したのだが、どうもレアアイテムらしく『巫女の粉塵』という名前しか鑑定できなかった。

 続いて巫女装束のほうを鑑定するのだが、やはり『一族の白衣緋袴』という名前と、これも恐らくレアアイテムかユニークアイテムに違いないという憶測しかわからなかった。


「この2つを売ったら、今みたいに貧乏しなくてもいいかも」


 ハルミの心中にふっと浮かんだ邪な出来心は、『一族の白衣緋袴』の持つ邪気退散の力によって、風呂場の湯気とともに夜空に霧散した。

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