おれは炎のマッスルマン①
悪魔の夜宴の翌々日、晴れ渡るような青空だった。
ギンガたち3人は、城下町の西門から出て1時間ほどの小山に訪れていた。
ハルミが徹夜で完成させたハイポーションはそれなりの高値で売れるため、生活費に余裕は出来たのだが、かといって安心できるほどの蓄えには程遠い。一人前の冒険者となるにはまだまだ装備や道具が必要で、さらにクエストをこなして経験を積む必要もある。
レベルが1つ2つ上がったところでのんびりしていられない実情であった。
『鉱石買取強化』
朝食後、冒険者ギルドに向かい手ごろなクエストを物色している最中、受付カウンターの横にそんな張り紙を見つける。前に来たときは貼っていなかったはずだ。
「なあハルミ。 鉱石って鉄鉱石とか銅鉱石とかだろ。 ギルドで買い取ってくれるのか?」
「ええ。 普段持ち込んでも買い取ってくれるし、広告が出てるときは買取価格が割り増しになってるはずよ」
大勢の人が住まうこの王都では、生活に必要な鉄や銅は常に一定の需要がある。ハルミの言う通り、ギルドの買取カウンターではモンスターの素材の他に、クエストの途中で集めた鉱石やモンスターの体内から採れた魔石なんかも常時買取を行っている。特に鉱石の需要が増した時などは買取強化のための広告が掲示されることになる。
「じゃあ金を稼ぐチャンスじゃないか。 他に出来そうな依頼もないし今日は鉱石採りに行くか」
「あのねえ、気軽に言うけど鉱石採取って生易しいもんじゃないわよ」
「なんだ、やったことあるのか?」
錬金術とは元来、卑金属から貴金属を錬成することを目指した学問・研究である。
そして腐っても錬金術師であるところのハルミは仕事上、金属・鉱石等を材料として取り扱うことも多い。現在は鉱石専門店やギルドショップから仕入れているのだが、独り暮らしを始めた駆け出しのころ、仕事の利益幅を増やすために自ら鉱石採取に行ったことがあった。
その時のつらい経験がハルミの脳裏に過ぎる。
「まず、鉱石のある場所を探さなきゃいけないでしょ」
「ああ、そうだな。 まずはモノが無いとな」
「見つけたら、今度はツルハシとシャベル振り続けて汗だくになって」
「そりゃ大変そうだが、仕事ってなんでもそうだろ」
「掘った鉱石を大変な思いで家まで運んだ挙句、鉱石の純度が低くて使い物にならず、ろくな値も付かない、なんてこともざらにあるのよ。それでもやりたい?」
「あ、いや、ごめん。 やっぱりやめる」
どうやら相当酷い目にあったらしく、ハルミの口調は話しているうちに段々とヒートアップし始める。
未だゲーム感覚が抜けきっていないギンガにとって、鉱石採取とはボタン操作で自動的にツルハシが振るわれ、掘り出された鉱石は重量を無視してアイテムリストに制限個数まで入るもんだという認識が頭のどこかにあった。認識の甘さに気付き、また彼女の迫力に気圧されて思わず断念してしまう。
「わかればよろしい。じゃあ鉱石採取は無しね」
「おいおい、ハルミ。 そう言わねえで手伝ってくれよ」
鉱石掘りを却下したハルミの背中に、野太い男の声がかけられる。
受付カウンターの奥から姿を現したのは40代くらいの男性だった。背丈はギンガと同じくらいの中背だが、がっしりとした身体をしている。たくましい二の腕の太さは倍ほどもあるだろうか。防具を身に着けていないことから冒険者ではないようだ。
不意に現れのしのしと近付いてくる男にギンガは思わず腰を引き、その背後にルイが隠れる。
その警戒を解いたのは、友達かなにかのように対応するハルミの呑気な声だった。
「あら、デンダじゃない。 こんなところでなにやってんの?」
「おいおい。 鍛冶師がここに来る理由なんざ、鉱石の採取依頼の他にないだろう」
ハルミが「デンダ」と呼んだこの男。城下町で鍛冶師を営む腕の良い職人である。
また腕もさることながら、責任感が強く親分肌なことから、鍛冶師組合で世話役も任されている。そして以前その面倒見の良さが祟って、鍛冶師スキルを求めて押しかけてきたハルミを渋々ながら弟子にした、彼女の師匠でもあった。
「鉱石が足りなくて困ってんだ。 なあ、師匠の頼みだ。 手伝ってくれよ」
「そう言われると弱いわねえ。 でも、なんで不足してんのよ?」
仮にも師匠相手にも明け透けのないハルミの物言いを気にした様子も無く、鍛冶師デンダは最近の鉱石需要について説明する。
曰く、飛竜襲撃の際、王都の衛兵や守備軍がこれを迎え撃ち、見事打ち滅ぼした。
伝説の魔竜討伐に浮かれる守備軍だったが、その死体を調査してある看過できない大きな問題点が浮かび上がった。
飛竜の死体のどこにも、守備軍の攻撃による痕跡が見つからなかったのだ。
これはつまり彼らの死力を尽くした迎撃が、飛竜に対し全く効果を奏していなかったことを意味する。
まさに国家の存亡にかかわる非常事態。飛び去ったという鎧の飛竜は消息掴めず、いつまた王都に飛来するかもわからないのだ。事態を強く問題視した上層部は、すぐさま軍備の増強と拡大を命ずるのだった。
こうして鍛冶師ギルドに大量の緊急受注が舞い込む。
ただでさえ消費した矢玉の補充で鉱石需要が高まるうえに、最新式装備の量産命令と来たものだ。鍛冶師たちは足りない資材を少しでも確保するため、てんやわんやの大騒ぎとなった。
弟子たちだけでは手が足りず、親方自ら冒険者ギルドに依頼を持ち込んだ理由でもある。
「なんとか頼むよ。 事前に契約すりゃあ、買取の時にさらに色付けてやるからさ」
「うーん、でもねえ」
「守備軍が急げ急げってうるさいんだよ。 あいつら相当焦ってやがる」
「いや、 事情はわかるのよ。 とても」
ハルミの顔が曳き吊る。
守備隊が最も懸念しているらしい鎧の飛竜。その操縦者としてはどうにも耳が痛い。
「化け猿の噂は知ってっか? 城壁の近くに出たんだと。 それと夕暮れの魔人」
「・・・はは。 まあ少しは」
ギンガの後ろから出てきていたルイが、ビクッとして再びその影に身を隠す。
今度のは警戒心ではなく、羞恥心によるものである。
あの2度と思い出したくも無い出来事2つは、少女の心にトラウマを残しただけでなく、王都の事案にまで発展してしまったようだ。
「なんにしても飛竜以来、なんか妙なことばっかりで嫌んなるぜ」
「そ、そうね・・・。 ところで依頼の件なんだけど・・・」
ちっぽけな良心に押し潰されそうになる。
かくしてハルミは観念し、鉱石採取の依頼を受けることとなった。
と言っても鉱石に絞った採取ではなく、野草採取の途中で見つけた鉱石を持ち帰るというものだ。
受付カウンターでハルミとデンダが依頼と報酬の詳細を確認する。そして冒険者ギルドが仲介に入る関係上、受付嬢のビビアンさん立会いのもと契約は交わされるのだった。
事前契約の特典としてツルハシと運搬用の網かごが貸し出されるという。ルイならすっぽり入りそうな大きな網かごだ。
「途中で見つけた鉱石しか拾わないわよ」
ハルミは念を押して、これを受け取るのだった。
「しかし、あんたたちのスキル、もう少し上手く使う方法は無いかしらねえ」
城下街から徒歩1時間の小山。
その登山道に差し掛かる雑木林の林道を歩きながら、ハルミが呟いた。この辺りには人を襲うようなモンスターはあらかた駆逐されているので、遠足途中のおしゃべりのような感覚である。武器らしい武器はギンガの腰にぶら下がった鈍らショートソードのみで、皮鎧すら置いてきた。その代わりに彼は貸し出された網かごを背負っている。
「凄い力を秘めてるんだから、使いこなせば絶対便利なはずよ」
「そうは言ってもなあ、俺だけの力じゃないしなあ」
「・・・・歌は、聞きたい。・・・・でも、サルはいや。・・アクマもいや」
「悪魔の力」こそ取り損ねたものの、莫大な経験値とレアスキル2つを手に入れたハルミは、どうやら味をしめたらしい。勝手に「吟遊詩人」「踊り巫女」複合スキルの運用法を模索しているようだ。
しかし当の本人である使用者2人にとっては、とても慎重な問題である。
ギンガとしては吟遊詩人の例に漏れず、選曲して歌ってしまえば、あとは成り行きを見守ることしかできない。しかも歌い続ける必要こそないものの、ある程度意識を向けていなければ、スキル効果はそのうち消えてしまうのだから目は離せない。何度かスキルを使った経験から、凧揚げのような感覚だと認識していた。
ルイに至ってはスキルの発動を強めるか抑えるか、踊るかじっとするかという選択肢しかなく、いったんスキルが発動してしまうと成り行き任せにするしかない。コンバットアーマー装着も大猿化も悪魔変身も、決してルイが望んだものではなく気が付いたらそうなっていただけのことだ。
「踊り巫女」というスキルがそもそも、神を降ろして意に従うという性質なのだから仕方のない話ではあるのだが、一旦その身に宿ったアニソンの力は強大で、そうそう制御できそうにはない。この巫女少女は、果物ナイフすら満足に使えないほど不器用なのだから。
「あ、野蒜発見。 採っとかないと」
「の野草は採るのか?」
「お願いね。 球根も掘り出しといて。 ユリ根は材料になるから」
「おっし、わかった」
「・・・ハル姉、・・・これ」
「あら、分葱じゃない。 ルイちゃんお手柄よ」
ハルミの指示のもと、道中で植物やその根、果実などを収集する。今回はそれらを持ち帰って疲労回復薬を作るつもりだ。疲労回復薬は少量の瓶に入ったものでも結構な金額がつけられ、量産して売り払うにはもってこいの商材といえる。ただ作成中に異臭が発生するという難点があり、錬金工房に匂いが付くことを嫌うハルミは今まで意図して作っていなかった。しかしパーティとして3人でやっていくこととなった現在、さすがにそうも言ってられなくなったのだ。
そうして野草採取しながら到着したのは小山の裾野。
林道から登山道へとつながる場所に開けた場所がある。木陰に荷物を降ろし簡単な昼食を取る3人であったが、サンドイッチをほおばりながら周囲を観察していたハルミが何かに気が付いた。
「ありゃ、見てよあれ。 なんというか皮肉なもんよね」
そう言いながらハルミが指さした先は山の斜面。登山道を少し上った山肌が一部崩れており、そこから無数の石ころが姿を見せている。登山道にも結構な数の石ころが転がり落ちているようだ。
「ひょっとしてあれが鉱石か。 なんか石ころに見えるんだが」
「ほとんどが銅鉱石ね。 鉄鉱石も混じってるわ。 まあどれも質は低いけど」
山の斜面まで15メートル程か。ギンガの目からはどれも同じような土色の石ころにしか見えないが、鉱石鑑定のスキルを持つハルミにはその種類が判別できるようだ。ざっと目に見える範囲での総額をはじき出す。
「作戦変更よ。 野草採取はやめて、鉱石を拾って帰りましょう」
「は?」
突然180度反転したその態度に、ギンガは目を瞬かせる。
彼女が懸念していたのは鉱石採取における発見と採掘、輸送の3つの問題点であった。
しかし最近、あの斜面で地崩れでもあったのだろう。登山道の登り口に鉱石が沢山転がっている状態である。これで残すは輸送の問題のみ。それさえ解決すれば疲労回復薬なんかよりも良い収入になるし上に、工房に異臭も付かない。
心変わりも仕方のないことだった。
「それはそうとして、これだけの鉱石をどうやって持ち帰るんだ?」
もちろんギンガの背中には借りてきた大きな網かごが背負われている。しかし仮に網かご一杯に鉱石を満載したとして、それを持ち上げられる人物がいない。身体を鍛えていないギンガならその半分の重さでも持ち上がるか怪しいものだ。
当然そのことはハルミも承知しているのだが、疲労回復薬調合の手間と異臭を考えると、持って帰るだけでより多く収入となる鉱石を見逃すのも馬鹿らしい。
こうして彼女は、1つの提案をするのだった。
「さっそくチャンスがやって来たじゃない」
「まさか・・、お前なあ」
「いつかは使いこなさなきゃいけないんだし、練習兼ねてやっておきましょうよ」
「他人事だからって軽く言いやがって・・」
そんな会話を交わしながら、そっとルイの様子を伺う。
前例に倣うなら、恐らく今回も一番被害をこうむることになるであろう巫女少女は、徒歩による移動で少し疲れたらしい。タマゴサンドを口に運びながらも、呑気に裾野の景色を眺めていた。
その楽し気な視線は、宙を舞うチョウチョを追っていた。




