轟鉄人18(ワンエイト)
異形の大軍勢が地を進んでいた。その数500余り。
ゴブリン、オーク、コボルトといった小型種の魔物がそのほとんどを占めていたが、トロールやオーガといった中型種もわずかに見られる。そしてその群れを率いているのは中央に陣取ったひときわ大きい深紅のオーガ、希少種レッドオーガだ。
目的地はこの先、山のふもとにある人間の街である。
魔物たちが暮らす大森林を次々と切り倒し、その生息域を削り続ける憎き人間どもの街。人間が度々送り出してくる傭兵や冒険者によって、どれだけ多くの仲間が殺されたことか。遂に怒りを爆発させた魔物たちは、リーダーの指揮のもと一目散に街を目指す。
荒野を走るその列を、少し離れた丘の上から眺める3人組がいた。
「ちょっとなにあれ。いくらなんでも数が多過ぎるんじゃないの?」
この危機的状況にしては気の抜けたような呑気な感想。述べたのは女性だ。
歳は10代後半だろうか。目鼻立ちの通った顔は十分美形に分類されるだろう。女性としては高身長になるスタイルの良い身体に、家庭で使うようなエプロンドレスをまとっている。風に揺れる綺麗な金髪はポニーテールにまとめられていた。
「ここに出没するって言ったのお前だろ。あれって捜してる連中と違うんじゃないのか?」
続いて青年が口を開く。
中肉中背ので、エプロンドレスの女性に比べると少し背が低い。
駆出し冒険者御用達の皮鎧を身にまとい、腰にぶらさげているのはこれまたおなじみ鉄のショートソード。
その青年が手にもってひらひらさせている依頼票には『レッドゴブリン一味の捕獲依頼』の文字が記載されていた。リーダーのレッドゴブリンと仲間4人で構成された売り出し中の盗賊団で、最近周辺を荒らしまわっているという。報酬額の10万ギルダンは、駆出し冒険者パーティなら十分に魅力的な金額であった。
「おかしいわねえ。私の予知夢スキルじゃあ、連中がここに居るはずなんだけど」
「相変わらず、いい加減なスキルだな」
首を傾げる金髪ポニーに、青年が毒を吐く。
一見余裕を伺わせるような呑気な会話であるが、うっかり目撃してしまった緊急事態にどう対応すべきか、これでも必死に考えている最中なのだ。
「でもさ、あのモンスター軍団なんとかしないと、この先の街が危ないでしょ」
「だよなあ。 見なかったことにするには、寝覚めが悪いなあ・・・」
金髪ポニーの反論に、青年は苦虫をかみつぶしたような表情で肯いた。
彼には他人の危機を勇んで助けに行く勇気は無いが、かといって簡単に見捨てられるほどの根性も無い。結果として、いやいやながら首を突っ込むという不本意なかたちとなる。
申し訳なさげに背後を振り返ると、パーティメンバー最後の1人がそこにたたずんでいた。
その10代前半の少女は2人と比べて一段と背が低く、体つきも見事なほど凹凸にない痩せっぽっちだ。肩でそろえた黒髪が艶やかな光沢を放っている。身にまとうのは上半身は純白、下半身は緋色のひらひらした特徴的な衣装。知っている人間なら口をそろえて「巫女装束」と答えそうなこの衣装は、彼女の生まれた一族に伝わる伝統的なものだそうだ。
青年と金髪ポニーの会話を聞いていたのだろう。少女はわずかに涙を浮かべながら心もち後ずさっている。すっかり青ざめている巫女少女を気の毒に思い、またそれでも彼女に頼らざるを得ないことを情けなく思いながらも青年は語りかけた。
「なあルイ。 予定より敵の数が多い。 しかも率いてるのはレッドオーガだ」
「・・・うう」
巫女少女にとってモンスターは怖い。
もちろんゴブリンも怖いし、何より気持ち悪い。まして今日の目標は普通のゴブリンよりも強くてすばしっこいレッドゴブリンと部下ゴブリン4匹だと聞かされ、昨日の晩はよく眠れなかったくらいだ。そして今、目前に見えるのは、とてもそんなレベルには見えない魔物の大軍500匹。ちょっとどころか100倍である。さらにその中核にはとても恐ろしい赤鬼までいるというのか。
「でもな、いつも通りで行けば問題ないはずだ。 このままじゃ、街が襲われる」
「・・・うええ」
経験上、今回も自分の身に危険が及ぶことは少ないだろうことは巫女少女も理解している。
今までこの青年、金髪ポニーとパーティを組んで、怪我らしい怪我をしたことがないのだから。しかし怖いものは怖いし、気持ち悪いものは気持ち悪い。思わず絶句してしまうような状況に、それでも巫女少女は声を絞り出す。
「・・・この前みたいのは、・・・やめてほしい」
それは約一か月ほど前の出来事。
街から街への移動の途中で、ハイオークというモンスターに出くわした時のことだ。
3メートルに及ぼうかという巨体の難敵に対し、3人は固有のスキルを駆使して立ち向かった。
結果としてハイオークのどてっ腹をぶち抜いて見事討伐したのだが、その返り血によって巫女少女は全身が頭からドロドロの血まみれ。敵の腹から引き抜いた右腕にはらわたがウネウネと絡みつくという散々な目に会った。あの光景は彼女の記憶に強烈なトラウマを刻んで余りある惨劇だった。
「大丈夫、今度はうまくやるから! 私の操縦を信じて! 絶対大丈夫だから」
「安心しろ、俺もこいつが無茶しないように見張ってる」
「・・・・・わかった」
巫女少女はついに観念して首を縦に振る。
このまま魔物たちを見過ごせば、街が壊滅的な被害を受けるのは間違いない。
不本意ながらも、この2人に任せれば何とかしてくれるだろうことも知っている。
しかし、それよりも、なによりも。
巫女少女は青年の歌を聞くのが好きだった。
太陽が真上に登った頃。
聞いたことも無いような不思議な曲と歌が聞こえ、1匹のゴブリンがふと空を見上げる。
太陽の中から何かが、飛んでくることに気付いた。
ズドン!
あっという間に迫ったその人型の巨影は魔物500匹の群れの前衛中央に着弾。
頭部らしき部分から地面に突き刺さる、まさに着弾であった。
その圧倒的な運動エネルギーによって引き起こされた破壊力は凄まじく、直撃を受けた指揮官のオーガを筆頭に、機動性に優れるコボルト53匹と雑兵のゴブリン73匹を一瞬で木っ端微塵に吹飛ばした。
広がった屍の円陣の中心で、地面から頭を引き抜きむくりと起き上がったのは見上げるような巨体。王国の重装騎士が身に付けるフルプレート鎧のような体躯は優に5メートルを超えている。さらにその上に巫女装束を羽織ったような異様は、とても人間とは思えないものだった。
ズゴゴゴゴゴ!!
ビア樽のような胴体を震わせ、その背に負った2本の金属筒が唸りを上げる。突如火柱を吐き出したかと思うと、鉄の巨人は再び晴天へと舞い上がった。この時のバックファイアの直撃、ないし爆風で飛んできた石飛礫による2次被害で、ボケっとしていたコボルト8匹とゴブリン15匹が沈んだ。
空に上がった鉄巨人は再び太陽を背負うと、轟音を轟かせながらモンスター集団後方に襲来。今度は逆噴射で急制動をかけながら両足でしっかりと地面に着地する。
信じられないほど高い機動。理解に苦しむ謎の挙動。後衛の指揮を執っていたトロールが戸惑う。あのデカブツは、いったい何がしたいのかと。
「あっちゃ~、地面に突っ込んじゃった」
「お前、ちゃんと操縦しろよ・・・。ルイが泣くぞ」
「だって着地って難しいのよ! よしもう一回やってみるわ」
例え逆噴射の轟音が無かったとしても、遥か丘の上の緊張感の無い会話は聞こえなかっただろう。
この逆噴射及び鉄巨人の着地によって後衛主力であるオーク31匹が丸焼きになり、ゴブリン9匹が踏み潰された。
さらに止まることを知らない鉄巨人は、鋭い眼光を光らせて辺りを睥睨する。
群れの中でもその上背から特に目立つトロールは全部で5頭。ズシンズシンと一番近くのトロールへその大きな歩みを進めた。ようやく我に返ったトロールたちも本来のどう猛さを発揮させ、負けじと鉄巨人へ突進し始める。両者に蹴散らされたゴブリンが20匹。
ドガン!
突進の勢いを乗せたトロールのぶちかましが鉄巨人にぶつかり、数歩押されながらもその歩みを食い止める。すかさず周囲から残りのトロールが駆けつけ、手に持った丸太のような棍棒で一斉に鉄巨人を殴りつけた。どんな傭兵や重騎士でも、この攻撃には長くは持たない。やがてグシャリと潰れて終わりである。
しかしトロールたちがその時感じたのは、まるで岩山を殴りつけたような異様な感触。予想外の手の痺れに慄き戸惑う。その一瞬の間隙を縫うように、平然と立ち尽くす鉄巨人から手刀が繰り出された。豪刀一閃、周囲を薙ぎ払うような一撃によって5つの頭が空へと跳ね上がった。
花弁が開くように外へと倒れた5頭のトロールを乗り越え、オーク68頭とゴブリン38匹を蹴散らす鉄巨人に、本隊の精鋭であるオーガ3頭が飛び掛かるがやはり鉄巨人はびくともしない。逆にたくましい腕を伸ばしたかと思うと、むんずとオーガの足を掴み取り、棒切れのように振り回し始めた。
厳つい角を生やしたオーガの頭蓋骨は極めて頑丈であり、その素材は鎧や兜の材料として高値で取引される。その頭蓋骨同士がぶつかるとどうなるのか。
はたして戦友のオーガ2頭の頭蓋を叩き割り、己が頭からも脳漿をまき散らしたオーガの成れの果ては、最後には軍団の一角へと投げ飛ばされオーク9頭とゴブリン16匹を道連れにした。
ギャオオオオ!
遂にしびれを切らし姿を現した総大将レッドオーガが、鉄巨人に引けを取らぬ5メートルの巨体を反らせて咆哮を挙げた。
それが何かの合図だったらしい。
遠巻きにしていた小型モンスターたちが弾かれたように飛び出し、一斉に鉄巨人に躍りかかる。残存兵力150匹による全方位からの一斉攻撃に、鉄巨人も迎撃が間に合わない。あっという間にモンスターの塊の中に取り込まれてしまった。
その下半身には重量のあるオークがしがみ付き、上半身には身軽なコボルトが取り付いている。そしてその隙間を埋めるように各所に潜り込むゴブリンが、その束縛をより強固なものへとしていた。
どうやら鉄巨人の動きを封じた。
そう判断した慎重なレッドオーガは魔物の塊に近づき、黒曜石を叩き削り出して作られた刃渡り2メートルに及ぶ大剣を大上段に構える。周囲の魔物ごと鉄巨人を粉砕する意気込みで振りかぶられた必殺の大剣。しかしそれが振り下ろされることはなかった。
ズバン!
天地を轟かせ、束縛の中から突き出された鋼の拳がレッドオーガの心臓を打ち貫いた。
血の噴水を巻き上げながら崩れ落ちるレッドオーガは、己の身に何が起きたのかも理解できなかったであろう。
さらに両腕を頭上に掲げた鉄巨人は勝ち名乗りのようにガオオオオン!と咆哮を挙げる。それと同時に鉄巨人の周囲に発生したいかずちによって、残党150匹は全て消し炭へと成り果ててしまった。
以上が、街の危機が霧散するに至った戦いの一部始終。
たった10分足らずの立ち回りであった。
その日の昼過ぎ。
モンスター襲来に備えて背水の陣で臨んでいた街の防衛隊本部に、慌てふためいた様子の偵察隊員5人が駆け込んできた。
偵察隊の隊長がもたらしたのは、とても信じられないものだった。予測通り進撃してきたモンスターの軍団が、突如飛来した鉄巨人の強襲を受けて壊滅したというのだ。激戦の後、モンスターの返り血で真っ赤に染まった鋼鉄の巨人は、黒髪の少女のようにも見える頭部を偵察隊に向け、何かを伝えるように手を振った後、再び空のかなたへ飛び去って行ったという。
報告を聞いた防衛隊は、とるものもとりあえず現場へと向かった。
そして現場で目撃したものは散乱したモンスターたちの残骸と、偵察隊の証言を肯定するような巨大な足跡だった。信じられない出来事の連続に唖然とする防衛隊の隊員たち。
彼らに、なぜ偵察隊が現場に人員を残さず全員で帰って来たのか、ということに疑問を抱く余裕などなかった。
現場検証を終えた防衛隊の首脳陣は偵察隊の報告と現場の状況から、高位の魔術師が使役するゴーレムのたぐいではないかと結論づけた。出来ればもう少し詳細な報告を聞きたかったのだが、街に帰ってみると肝心の偵察隊員5人がどこにも見当たらない。翌朝馬小屋の納戸から素っ裸で縛られた状態で発見されるも、5人は偵察にすら出ていないという。
余談。
敵の指揮官レッドオーガを倒したものに、報酬として与えられるはずだった街の秘宝『トワイライト』。
鉱山開発の際に発見された巨大なダイヤモンドであるが、引き渡し期間の半年を過ぎても名乗り出る魔術師はなく、街の資産管理責任者は胸を撫で下ろしたという。