第一話「恐怖! 怪人クモ男」 07
「それで、どうするんだよ。作戦はあるのか?」
歩行者天国に飛び出した俺は、最善の策を模索している雪に訊いた。
まだ、テレビカメラはクモ男と謎のおっさんを写している。
「威。あんたイケナインジャーを攻撃しなさい。ヒーローが攻撃されればカメラもそっちを向くはずよ」
「攻撃って! あいつら必殺技を構えているんだぞ」
「大丈夫よ。狙いはクモ男なんだから、横から殴ればダメージを受けないわ」
「本当かよ」
雪の行き当たりばったりの作戦に困惑するものの、今は緊急事態だ。手を拱いている場合ではない。
「班長。自分はなにをすればいいっすか?」
「准は私と一緒に来なさい。カメラがイケナインジャーに向いた瞬間、クモ男からオッサンを引き剥がすのよ」
「了解っす」
「作戦がうまくいけば教官も誉めてくれるわ」
なんと! あの鬼教官が誉めるなんて滅多にあることではない。これはお給料アップのチャンスだ。
「さあ、行きなさい」
「わかった。あとは任せたぞ」
俺はそう言うと、全速力で中央通りを横切り、イケナインジャーのいる場所に駆けた。
お給料アップ。なんとも甘美な響きだろう。不況でボーナスも出ないご時世にビッグチャンスの到来じゃ。
戦国武将の如く、かけ声を上げながら突進すると、あろうことかイケナインジャー一同が俺を見た。
ん? 嫌な予感がする。
イケ・レッドを中心に円陣を組むと、イケナインジャーの身体がまばゆい光を浴びて輝きだした。
「司令部。あれってもしかして……」
俺は急いで無線を繋ぐ。
『はい。必殺技のようです。どうやらクモ男さんへ撃つ予定だったのを東郷さんへ切り替えたみたいです』
「やっぱり。俺はどうしたらいいんだ?」
『まともに喰らって下さい。間違っても避けてはいけません』
ちょっと待て。普通、必殺技ってのは改造人間に使う技じゃないのか? 一介の戦闘員に使う技じゃないだろ。
「避けちゃダメなのか?」
今ならクモ男の心境が分かる気がする。プロレスじゃないんだから、喰らうと分かっていて喰らいたくない。
『ダメです。ヒーローの必殺技を避ける・弾く行為は、首領か大幹部の地位の人だけです』
そんな暗黙の了解があったのか。チクショウ、見習い戦闘員はツライな。
俺はイケナインジャーに向けて雄叫びを上げた。目の前では、集まった光が凝縮し、球となってイケ・レッドの右手に握りしめられる。
ええい、痛いのは一瞬。これがお給料アップに繋がると思えば安いものだ。
「レンジャーフラッシュ」
イケ・レッドから放たれた光の球は、俺の視界を真っ白に包んだ。一瞬の静寂の跡、尋常じゃない衝撃と激痛が全身を走り、そのまま吹き飛ばされてしまった。
万有引力の法則に従い、空中と地上を漂っている刹那、俺は見てしまった。カメラが未だにクモ男を写していることを……
喰らい損である。
ヒーローが必殺技を使ったのに、カメラはクモ男と料理長を撮っていたのだ。
この世の無常さを悲観しながら、俺はコロコロと地面を転がった。
『東郷さん。いいヤラれっぷりっす。カッコイイっす』
インカムから准の声が聞こえる。これのどこが格好いいんだ?
『しかたがないわ。あとは私たちでなんとかするから、あなたはそこで寝てなさい』
雪からの無線が切れる。次の瞬間、近くに止めてあった車が爆発・炎上した。
ヘリコプターの真下で爆破したので、慌てて緊急離脱していくのが見える。
料理長も突然のことで、辺りを見渡している様子。
『今です、十文字さん。一般人をクモ男さんから引き離して下さい』
『了解っす』
オペレーターの合図で駆けだした准が、地面を蹴って飛び上がり、右拳を高らかに上げ、落下する力を加えたパンチを料理長の腹に叩き込む。
なんとも大げさなパンチだ。
料理長の身体は道路をポヨンポヨンっと弾みながら、ドンキ・ホーゲルの店内に転がっていった。
一撃で料理長を葬った准は、人差し指を天に突き出し『じっちゃんが言っていたっす。自分の右手がドリルなら、今の一撃でお前は死んでいたっす』っと、怪人を倒したヒーローのような決めゼリフを言った。
もちろん、戦闘員である彼が本家のヒーローを差し置いて目立つのは御法度である。故に次の瞬間、雪のドロップキックを喰らい、料理長と同じ運命を辿った。
アホらし……
『邪魔者は排除したわ。私は撤退するから、あとの処置はお願い』
『わかりました。それではクモ男さん、戦闘を再開して下さい』
蚊帳の外である俺は、仰向けになり天を仰いだ。何はともあれ問題は解決した。あとは、頃合いを見計らって逃げ出せばいい。
しかし、そんな安息が俺に訪れることはなかった。突如、俺の身体に粘着性の糸が絡みついたのだ。
なっ、なんだ?
クモ男の通信が聞こえる。
『あの、すみません。なんか、イケ・レッドに放った糸が戦闘員に巻き付いたんですけど』
このヘタクソ。俺に糸を付けてどうする。
『問題ありません。そのまま、道具として使って下さい』
『わっ、わかりました』
ちょっと待て。それって俺のことだよな?
慌てて立ち上がったが、凄い力で引っ張られグルグルと振り回された。
「わああああああああああ」
世界が……俺を中心に回っている。
まさに、悪逆非道の限りである。夕方に放送された映像を子供たちが観たら、部下さえも道具として使うブラック・デモンの所行に悲鳴を上げることだろう。
遠心力を加えられ、俺の身体はイケナインジャーへ放り投げられた。
「ぐわっ」
「きゃっ」
「いてっ」
「うおっ」
「くっ!」
五人のイケナインジャーはボーリングのピンのように倒される。俺への衝撃は多少緩和され、無事道具としての役割を終えた。
「いてててて」
頭を抑えながら身体を起こすと、支えている右手に柔らかい感触が伝わった。
なんだこのほどよい弾力は? クッション? いや、プリン?
俺の脳内では処理しきれない魅惑の触感である。
ぷにぷにっとして心が和む。顔に押し当てたいとさえ思う。
「きゃっ!」
女性の声が聞こえたので、俺は考えるの止め直視することにした。
………………
…………
……
おっぱい。
間違いない。それは女性の乳房であった。俺はどさくさに紛れてイケ・ピンクの胸を揉んでいたのだ。
もみもみ。
「なっなななな……」
イケ・ピンクの恥じらう声が聞こえる。しかし、俺の手は止まらなかった。止めることが出来なかった。この世に生まれて十九年。初めての体験なのだ。止めることがどうして出来よう。
ぷにぷに。
「へぇ、けっこう小さいんだな」
つい声を漏らしてしまった。それがイケ・ピンクの撃鉄を鳴らしてしまう。
「いつまで触っているのぉぉぉぉぉぉ」
見事なまでのストレートパンチが俺の頬にクリーンヒット。打ち上げられ、弧を描くようにクモ男の居る場所に飛ばされてしまった。
「おっとっと。大丈夫かい?」
クモ男の六本の腕が、俺の身体を優しく受け止めてくれた。俺は呆然としながら、手に残った感触を確かめる。いい感触だ。
「はい、柔らかかったです」
「柔らかい? 何が……」
『クモ男さん。必殺技が来ますよ』
オペレーターの通信が、クモ男の疑問をかき消した。俺は、抱きかかえられたまま、イケナインジャーを見ると、鬼の形相(顔は見えないがオーラで分かった)で構えるイケ・ピンクがいた。
『あの……やっぱり、喰らった方が良いんですよね?』
威圧するオーラに気圧されたクモ男が問う。
『はい。お願いします』
淡々とした返答だった。
イケ・ピンクのオーラは鬼の形になり、今にも食らいつこうとこちらを睨みつける。
「ばかああああああ」
放たれたオーラ(鬼)は俺たち二人を飲み込むと、今日一番の爆音を上げた。
後から聞いた話だが、ヒーローの必殺技を二回受けた戦闘員は、俺が初めてだったらしい。
何ともお粗末な話である。




