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マクビディ・ビスケット  作者: 三池猫
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第一話「恐怖! 怪人クモ男」 04

「キミが、駆路君の紹介で来た東郷威くんだね。いやー、今年は隊員がなかなか集まらなかったから助かるよ」

 俺の前を悠然と歩くクモ男が、一本の腕でボリボリと頭を掻きながら言った。

 腕は六本で、脚が二本の計八本の腕(脚?)を持つ節足動物。二足歩行なのがせめてもの救いだ。そうでなければ、ただの巨大蜘蛛である。

 読者諸君は、いきなり不可解な生命体のお出ましに困惑しているだろう。当事者の自分で言うのも何だが、俺にも急展開すぎて理解出来ない現状である。

 駆路の紹介で神保町にある古本屋に訪れた俺は、出会い頭に『怪人! クモ男』と相対(あいたい)してしまったのだ。そのまま、一八〇度向きを変えて逃げ出そうとしたが、クモ男は手際よく俺を一回転させると店内に押し込みドアを閉めた。

 そんな経緯なので、読者に説明する前に誰か俺に説明してくれ。

 古本屋の裏口を出ると、地下への階段があり、ずんずんと先に進んでいく。

 お尻なのか尻尾なのか分からない腹部をふりふり振りながら、クモ男は施設の案内を始めだした。

「ここが会議室で、ここが休憩所。喫煙所は休憩所の隣だからね。あっ、でもキミは未成年だから煙草は吸わないか。あはは」

 脳内細胞をフル活動させても理解が出来ない。一見して普通の会社のように思えるが、いかんせん案内しているクモ男が普通ではないので、困難を極めている。

「それにしても、隊員が集まらなかったらどうしようかと思ったよ。まあ、最悪人間をサラッと誘拐して「洗脳」しちゃえばいいんだけどさ。あっ、でも一般人(カタギ)の人じゃないよ。ほら、悪い奴っていっぱい居るじゃない。そんな奴をサラッと「改造」するんだよ。勘違いしちゃいけないよ」

 にこやかに話しかけてくるが、八個ある単眼は笑っていなかった。

 洗脳・改造といったおぞましい単語が聞こえるたび、背中に冷たいものを感じる。

 返答次第では、俺の明暗を分ける事になるだろう。気をつけなければ。

「あはは、そうですね。悪い人っていっぱい居ますからね。あっ、それよりこの部屋って何なんですか?」

 俺は、話題を変えるべく近くにあった扉を指差した。

 べっとりと血が付いており、ドアノブには手跡が付いている。錆びた室内から断末魔の叫びが響く。

 しまった。訊くドアを間違えた。

 急いで安全そうなドアを探すが、縦に伸びた廊下からは阿鼻叫喚しか聞こえてこない。生臭い鉄の匂い。床には何かを引き摺った跡が各ドアへ続いている。

「えーと、すみません。ここは……」

「ああ、ここはセミナーハウスだよ。たまに逃げ出す戦闘員がいるからね。ちょっと制裁……いや、カウンセリングを兼ねた再教育プログラムをする所だよ」

 さっき、「制裁」ってしっかり言ったよな? あからさまに、話の流れがエグい方向へシフトしている気がする。

「基本的、キミには関係のないフロアだから気にしないでいいよ」

「あはは。そうですね」

 まずい。ますますココが何の会社なのか聞き出せない状況だ。それに「戦闘員」ってなんだ? この場合「会社員」じゃないのか? 「逃げ出す」って言葉も気になるが、目の前の生命体のほうが気になってしまう。

 こんな生物は、テレビの中でしか見たことがないぞ。例えば、秘密結社に所属している改造人間とか。

 ん? 秘密結社。改造人間。戦闘員。

 ………………

 …………

 ……

 俺はゆっくりと目の前のクモ男を見た。そして、周辺を見る。どんよりとした空気に冷たいコンクリート。悲鳴が聞こえるこの場にピッタリ似合うクモ男。

 そのままだ!

 おのれ、駆路。なんという仕事を紹介したんだ。今度、見付けたら皇居の目の前にパンツ一丁で放置してやる。

 いや待て。その前にココを、無事に脱出しなければならない。テレビで観る限りだと、秘密結社とは悪逆非道の限りを尽くす集団だったはず。穏便に事を運ばなければ改造・洗脳させられ、即席戦闘員の一丁上がりではないか。

「すみません。忘れ物をしたので一旦帰っていいですか?」

「あはは。ここまで秘密を知られて帰せるほど、秘密結社はあまくないよ。キミも冗談がうまいね」

 ここまでオープンな秘密結社がこれまでにあっただろうか。秘密とは外の人に知られない状態だからこそ意味があるはず。それなのに、この組織は「秘密」を「ヒ・ミ・ツ♪」と履き違えてないか? 女性の年齢と同じレベルで秘密にされても困る。

「ジョークもいいけど、ここからは冗談無しで行くんだよ」

 そう言って、クモ男は目の前の扉を指差す。

 鋼鉄で出来た強固な作りは、何者にも屈しない堅い信念の象徴と思わせた。

 俺の人生を、大きく左右するであろう冷たい壁に肝を冷やしていると、クモ男が「さあ、早く。首領がお待ちかねだよ」と背中を押してくる。

「わっわかりましたよ。だから、六本の腕で背中を押すのは止めて下さい」

 このままだと洗脳される可能性があるので、意を決して、熊の手をモチーフにしたドアノブを回した。

 ぎぃぃぃっと、不気味な開閉音をさせながら室内に入る。

 広さは四畳半と狭い。四方をコンクリートで囲われ、不相応のシャンデリアが辺りを照らしている。向かい側には黒い扉が見え、室内には重苦しい空気が漂っていた。

「お前が入隊希望者か?」

 正方形の中心に立っている首領が、両目に取り付けてあるLEDを光らせながら言った。

 低く太い声に合わせて眼が赤く点滅する。

「はっ!」

 今のは、俺の後ろにいるクモ男の声だ。邪魔な両腕(六本)を後ろ手に組んでいる。

「これで今年は三人目だな。年々、入隊者が減って困る」

 俺は沈痛な面持ちで話す首領へ歩むと片膝を付いた。騎士の敬礼ではなく、首領様の身長を測るためだ。

 首領様の頭に手を置く。

「あっ……」

 クモ男が声を漏らす。が、無視する。

 高さは六〇センチくらいだろうか。樹脂加工されてある首領様は、両手を挙げ、可愛くこちらを威嚇している。口内にはスピーカーが内蔵されてあった。

 なんて言うか。先ほどまで抱いていた恐怖や不安なんてものが、まとめて吹っ飛んでしまうくらい、愛らしい置物(レリーフ)である。

「アライグマ?」

「馬鹿者。レッサーパンダだ」

 ちょこんとおわします秘密結社の首領様(リーダー)が一喝した。しかし、全然怖くない。レッサーパンダの置物が首領とは。この組織、(おそ)れるに足らず。

「なにをしているんだ!」

 慌ててクモ男が俺の身体を首領から引き離す。突然、襟首を引っ張るものだから、おもいっきり尻餅をついてしまった。

「あっはっはっ。心臓が強いどころか、毛まで生えておるとは、今年の隊員には驚かされるばかりだな」

 レッサーパンダは置物のため、口を常に開けている。スピーカーの向こうにいる首領も、大口を開けて笑っているのだろう。

 こんなのが相手なら、案外楽に逃げ出すことが出来るかもしれない。

「それじゃ、俺はこれで……」

「ときに東郷よ。最終確認なのだが、お前は我が『ブラック・デモン』に入隊するのだな?」

 首領が喰い気味に話しかけてきた。有無を言わせない状況らしい。

「いや、その……」

 口を濁していると、首領は「クモ男よ。思想改変装置の修理は終わっているか?」と二人で話し始めた。

「はい。先日、マサセッチュー州から戻ってきました」

「そうかそうか。この前、入隊を渋っていた奴に使ったら廃人になってしまったからな。直ったのなら試運転を兼ねて、誰か手頃な奴を洗脳してしまおう」

「そうですね。手近に入隊を渋る者がいれば……」

 そう言って、クモ男は俺を横目で見る。

 なんと恐ろしい会話を平然とする奴らだ。これでは悪魔の一択ではないか。しかし、悪に屈してはならない。これでも、小さいときに観た『銀河刑事ギャラクシー』に憧れていたんだ。正義のヒーローではないので必殺技は使えないが、レッサーパンダのレリーフを蹴り倒すくらいの脚力は持ち合わせている。

「いますかねぇ。秘密組織の内部情報を知ってもなお、入隊を拒む者が?」クモ男が言う。

 ここにいる。今こそ、幼いときの夢を果たすのだ!

「戻ってきたばかりで、調整が狂って失敗してしまうかもしれないな」首領の眼が点滅する。

 それがどうした。脅されて引き下がる俺ではない。

「たしか、駆路の紹介に……」

 駆路!

 クモ男が口にした名前を聞いた瞬間、俺の迷いは晴れ渡る空の如く、清々しい思いをはせた。

「入隊します」

 次の瞬間、俺は即答していた。

「おお、そうか。よかったよかった」

「よかったですね」

 首領とクモ男が嬉しそうに手を叩く。

 言っておくが、悪に屈したわけではない。俺には駆路をパンツ一丁にするという確固たる使命があるのだ。こんなところで廃人になるわけにはいかない。故に脅されたのではなく、己の信念を貫いたのだ。諸君は、そこの所間違えてはならぬ。

「では、キミの同期を紹介しよう」

 指が鳴る音がスピーカーから聞こえると、首領の後ろにある黒い扉が横にスライドした。

「紹介しよう。十文字(じゆうもんじ)立花(たちばな)だ」

 そこに立っていたのは、二人仲良くお揃いの黒タイツを来た男女だった。羞恥心を脱ぎ捨てなければ着ることの出来ぬユニホームに見覚えがある。テレビで悪の組織の戦闘員が着ていた戦闘服だ。俺は、これからこれを着なければならないのか?

 二人は首領に敬礼すると、レッサーパンダの肩に並んで整列した。

十文字准(じゅうもんじじゅん)っす。夢は右手をドリルにすることっす」

 十文字と名乗る男が俺に右手を差し出す。「右手にドリル」という謎めいた言葉を口に出したが、彼の容姿とスタイルは男の俺から見ても整っており、金髪美形を兼ね揃えた者が語尾に付ける単語には思えない。俺も小さいとき電撃義手(サイコガン)に憧れていたが、彼も同じなのか?

「東郷威です」

 軽く握手をして、俺は自己紹介をした。その様子を見ていた女性が、タイミングを見計らって彼と同じように右手を差し出してくる。

立花雪(たちばなせつ)よ」

 簡略な自己紹介は、彼女の性格を雄弁に物語っていた。毅然とした立ち振る舞いに鷹のような目つき。抜群のスタイルは中高生の目を釘付け、心臓を鷲掴みするだろう。何人の男子が、彼女の色気に捕食され骨抜きされたのか。そんな感覚が出会って数秒で俺に伝わってきた。

「どうも……」

 准と同じく軽い握手をした。

 これが二人との初顔合わせであり、ブラック・デモンとの出会いだった。

 その後、数ヶ月に及ぶ模擬演習と実地訓練を経て現在に至のだが、過程は想像以上に過激だった。鬼教官のしごきに耐え、ヒーローのアグレッシブな攻撃で支部が壊滅状態にもなった。あの時は火消しに右往左往し、スプリンクラーから放出された消化剤で猥褻書籍をずぶ濡れにされる事件が多発。自分と同じ戦闘員の阿鼻叫喚が木霊したことは言うまでもない。

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