第一話「恐怖! 怪人クモ男」 03
当時、俺は卒業を控えた一介の高校生だった。
小さいときは、それなりにテレビで活躍する正義のヒーローに憧れるカワイイ少年だったが、高校へ入学する頃になると清らかな心は何処吹く風のスレた青年になり、フワフワと漂う雲の如く、落ち着きのないスクールライフを送っていた。
三年生になり、非活動的学園生活を共に送っていた友達は、進学や就職を早々と決めてしまい、気づいたら俺は独りぼっちになっていた。
そんな時、彼と出会ったのだ。
「東郷さん。就職、まだ決まってないのでしょう。一緒に働きませんか?」
俺の目の前に立つ男は、不気味な笑顔を貼り付けながら歩み寄ってきた。
駆路と初めて会話したのがその時だった。同じクラスにならなかったが、彼の噂は兼ねてより聞いている。話によると、彼はバイトを斡旋しているらしく、俺の友達も何度かお世話になったらしい。しかし、何のバイトをやったのか? と、問いただしても皆が口を揃えて「覚えていない。気がつけば金を握っていた」と答えるばかり。俺は大方、卑猥なバイトだろうと推察していた。
そんな駆路が俺に仕事を紹介すると言っている。どうしたものか。
「お困りなんでしょ? カワイイ子も居ますよ。ニッヒッヒッ」
と、引きつった笑みでこちらを見る。
こんな悪魔のような奴に、果実の青い十代を任せて良いものだろうか。桃色世界に興味があるものの、赤恥をかくような事だけは避けたい。
「なぜ、お前が俺に仕事を紹介するんだ? 初対面で話す事じゃないだろう」
「僕はただ、困っているご様子だったので、親切に手を差し伸べただけです。深い意味はありません」
駆路は馴れ馴れしく俺の肩を抱き寄せてきた。
「あなた、彼女がいるのでしょ?」
「なぜ、それを知っている?」
「ニッヒッヒッ。彼女は学内一の美少女ですよ。成績優秀でスポーツ万能。おまけに整った顔立ち。天が二物も三物も与えた彼女の恋人を知らない生徒はいませんよ」
「たしかに。それにしても、お前は悪魔に二物も三物も与えられたような、奇っ怪な顔をしているな」
「面白いことを言いますな。僕はこの顔を気に入っているのです。とやかく言われる筋合いはありません。そもそも、あなたが人のことを言えた顔ですか? 万年不景気みたいな顔じゃないですか」
「大きなお世話だ」
「それで、どうします。彼女、短大に行くのでしょ? それに比べて、あなたは就職も進学も決まっていない。このままだとニートですよ。彼女に捨てられちゃいますよ」
捨てられるという言葉に、少なからず俺の心は動揺してしまった。確かに、駆路の言葉は一理ある。こんな雲のような学園生活を送っていた俺に、彼女が出来ること自体が奇跡的なのだ。そして、彼女が学園一の美少女ときたら、確率は天文学的数字になるだろう。
短大に行けば、何処の馬の骨ともわからぬ奴が言い寄ってくる可能性もある。「人の恋路を邪魔する者は、馬に蹴られて死んでしまえ」と詠った俗曲はあるものの、対象が馬ならばどうだろう。馬が合うとか言って一頭増えてしまったら目も当てられない。生き馬の目を抜かれる前に行動に起こさなければならない。
気を揉まれる想いで駆路を見ると、彼はニヤリと笑い俺の肩を揉んでこう言った。
「決まりですな。だんな」
このようにして俺は、駆路の手引きにより入社することになった。勧められた会社が、悪の組織だと知るのはもう少しあとの話である。
ちなみに、「一緒に働きませんか?」と言っていた彼を、入社してこの方見ていない。