最終話「決意! 戦闘員男(後編)」 02
右足を軸にした左蹴り。特殊戦闘員の上半身が後ろに傾き、俺の蹴りは空を切る。
隙のないモーションで上半身を戻し、無防備になった俺の背中を狙い澄ます。
が、俺は軸足を素早く左足に切り替え、右後ろ回し蹴りで迎え撃つ。
お互いの攻撃はほぼ同時だった。
ほぼ。一寸。紙一重。
そんな僅かな違いが、俺と特殊戦闘員の力の差だった。
鈍い痛みが肋骨に突き刺さる。俺の回し蹴りは軌道を外れ、戦闘員の頭上をかすめ取った。
横っ腹にめり込んでいる拳を押し込まれ、俺の身体を吹き飛ばす。
「うぐぐぐ」
地面に手をつき、引きずられるのを防ぐ。
肋骨に痛みが走った。
ヤバイ。さっきので肋骨の何本か折れたかもしれない。
顔を上げ相手を見やると、敵は追撃を始めていた。
速いッ!
無駄のない動き。迷いのない破壊。漏れる殺気。
戦闘員が身体をひねり、遠心力を加えた裏拳が飛んでくる。
ムチのようなしなやかな攻撃を、俺は両腕を十字にして受け止める。
ガードが上がったところを狙われ、二度目の衝撃が脇腹を襲う。
今ので完全に折れた。
くの字になる身体を戻し、左足に力を込め、膝蹴りを戦闘員の腹部に叩き込む。
振り上げた戦闘員の攻撃を交わし、勢いを付けた回し蹴りを放つ。
互いの回し蹴りがぶつかり、仕切り直しに俺たちは後ろに飛び退く。
「はあ……はあ……はあ……」
さすが、特殊戦闘員だ。まったくといっていいほど勝てる気がしない。
こんな奴をどうやって倒せばいいんだ? ヒーローパワーを持ち合わせていない一介の戦闘員が適う相手じゃないぞ。
さっきは勝てそうな気がしていたが、どうやらブラック・ヘルメットの力で飛躍的にアップした驕りだったみたいだな。現実問題、そう簡単に上位戦闘員に適うわけが無いってことか。きっと准も、俺と同じ事を考えているだろう。
視線を右へ左へ動かし准を探すと、信じられない光景が繰り広げられていた。
敵を前にして准は毅然とした立ち振る舞いだった。辺りで戦うヒーローのように物腰が座っている。
戦闘員の蹴りが繰り出されると、躊躇なく間合いを詰め体重を乗せた肘鉄をめり込ませ。
パンチが来れば、それに合わせてカウンターを放つ。
圧倒的な力で特殊戦闘員をねじ伏せていた。
ちょっと待て。そうなると話は変わってくるではないか。
【准→特殊戦闘員→俺】
この縮図だと、俺って准より弱い事になる。マジ。そうなの?
たしかに、二人がかりでフルボッコにされているとき、俺を助けてくれたのは准だった。一撃で特殊戦闘員を壁に突き刺したんだ。冷静に考えればそうなる。
でも、【准→俺】なんてダメだ。認めない。認めたくない。准に負けるのだけは認めるわけにはいかないのだ。
まさか、こんな身近に俺のライバルとなる人物がいたとはな。少年誌では定番と言える主人公の好敵手。俺は戦闘員であるから主人公にはなれないが、切磋琢磨して己を高めるにはライバルは無くてはならん存在である。
負けるわけにはいかない。目の前の敵にも。そして准にも。
嫉妬の闘志はみるみる燃え上がり、眼前に立つ戦闘員へ注がれる。
力が湧き上がるのを感じた。
その時である。視界の片隅で目障りに動いていたアイコン(二頭身の准)が「おお、ゲージが溜まったすよ」と目をキラキラさせながら言っている。
ゲージ? なんだそれは。格闘ゲームとかで使われる必殺技ゲージのことか?
アイコン(二頭身の准)の髪が逆立ち金色のオーラに包まれる。明らかに様子が変わっているぞ。
突然の変化に慌てふためく俺を見越して、准から無線が入る。
『おお、ゲージが溜まったすね』
アイコンと同じ事を言ってきやがった。
「それは分かっている。ってかゲージってなんだ。必殺技とか出来るのか?」
『そうっす。合体技が出来るようになったす』
「マジか! どうやれば出来るんだ?」
『それが、まだ出来ないんすよ』
「はっ? さっき出来るって言っただろ」
『自分のゲージがまだ溜まってないんすよ』
なるほど。合体技とは、お互いのゲージが溜まらないと完成しないわけだな。
『この特殊戦闘員。弱くて全然自分のゲージが溜まらないんすよ。邪心っていうか、やる気が出ないっす』
なんかムカツクな。
「このバカたれ。そんなことを言っている場合じゃないだろ。とっととゲージを溜めろ」
『うー。頑張ってみるっす』
まったく、何を悠長なことを言っているんだ。ゲージが溜まるまで敵が待ってくれるわけないだろう。そういうのはテレビの中の話で、現実問題待ってくれる戦闘員はいない。
呆れながら、視線を目の前に戻すと……俺と戦っていた特殊戦闘員のパンチが眼前に迫ってきているではないか!
悠長なのは俺の方だった。戦闘中ってことを忘れて、目の前の敵も忘れていた。
慌てて上体を反らし、パンチを避ける。
パンチとキックの応酬。
敵の裏拳を今度は片腕で防御。続けざまに振り上げた拳が、俺の脇腹を狙う。
「何度も同じ手に引っかかるかよ」
片手でそれを受け止め、戦闘員の側頭部に渾身の上段蹴りをお見舞いしてやった。
膝が折れ、前のめりに倒れた――と思いきや。油断した俺の鳩尾に戦闘員の掌打が貫かれる。
後方に吹き飛ばされ、後ろにいた一般戦闘員を巻き添えにして勢いは止まった。
「ごふっ」
口から酸っぱい物が吐き出され、喉が焼けるように熱くなる。ヘルメットを被っているので、嘔吐物で視界が染まる。
なんなんだよコイツ。本当に准と戦っている戦闘員と同じレベルなのか? 割を食っているんじゃないだろうな。
ヘルメットをずらして嘔吐物を外に出す。正義の味方の格好をしている奴がリバースするとは、なんともかっこ悪い。
そんなことを思いながら、前方に居る特殊戦闘員を見ると、彼はゆっくりと近づいて来ていた。
立ち上がらなきゃいけないのに、ボディーが利いてて足に力が入らない。
「あははは。本格的にヤバくなってきたな」
特殊戦闘員が右腕を振り上げた。次の瞬間――、
「いつまで寝ているのよ!」
何処かで聞いたことのある罵声が飛んできた。と、思うのと同時に何かが横を通り過ぎた。
飛んできた物にぶつかる特殊戦闘員。覆い被さるように倒れる五頭龍。
「まったく。正義のヒーローが戦闘員にヤラれてどうするのよ。曲がりなりにもヒーローの格好をしているんだから、しっかりしなさい」
そいつは一喝すると、俺の隣に立ち手を差し伸べ助け起こしてくれた。
俺と同じブラック・ヘルメットに黒タイツ。違いと言えばたわわに実った胸と、額に輝く『V』の文字。
「もしかして雪なのか?」
「違うわ。イケ・ブラック三号よ」
即答で否定された。いやいや、雪でしょ。
「あっ、班長。来てくれたっすか?」
准が三号の姿を見つけると、戦っていた戦闘員を五頭龍の上に投げ飛ばした。サンドウィッチの完成である。
駆けてくる准に三号が、
「違うって! イケ・ブラック三号よ。私が立花雪だったとしても、あんたたちを助けに来るわけないでしょ」
頭を振って必死に否定する。
たしかに。雪にツンデレ設定なんて無い。俺の知る雪はドーナッツ好きなのだ。ドーナッツ設定なのだ。
「とにかく、さっさと終わらして帰るわよ。この後、ミスドのドーナッツを受け取りに行かないといけないんだからね!」
やっぱり、雪じゃないか!
「了解したっす。久しぶりに三人が揃ったっすね。なんか、やる気が出てきたっす」
闘志むき出しに吠える准。
まあ、三号の正体なんて誰でもいいや(どうせ雪だし)。准の言うとおり、久しぶりの勢揃いで俺もやる気が出てきたぜ。
俺の視界にいるアイコン(二頭身の准)が「ゲージが溜まっているっすよ。早く使うっすよ」と催促している。
「そういえば、合体技ってどんなやつなんだ?」
「アイコンを見るっすよ。スペシャルにカッコイイっすよ」
「アイコン?」
言われて、俺は隅にいるアイコンを見た。
げっ! いつの間にか増えている。
その通り。俺の視界には三体のアイコン(二頭身の俺・准・雪)が仲良く合体技をやっていたのだ。
「こっ、これをやるのか?」
「そうっす。吹き出しの言葉も忘れちゃいけないっすよ。威力が半減するっす」
マジかよ。
俺と三号が目を合わせた。
「もう、どうでもいいわよ。早く終わらせましょう」
「……そうだな」
俺たちは諦め、准の云う必殺技をやることにした。恥ずかしがっていてもしょうがない。過程はどうあれ結果が全てなのが俺たちなのだ。
「行くぞ」
「了解っす」
「ミスらないでよ」
三人は走り出し、起き上がろうとしている五頭龍と特殊戦闘員(二人)目がけ高らかに飛翔した。
起き上がる五頭龍。それを押さえつける特殊戦闘員。
光り輝く両足に力が入る。
「「「レンジャー・トリプル・キック―――ッ」」」
ただのジャンプキックなのだが、合体技名を叫びながらだと、それらしく聞こえてしまう。
靴底に爆薬でも仕込んであったように、キックが当たると同時に爆音と爆煙が起こった。
華麗に俺たちが着地すると、周辺に居た一般戦闘員が「あっ、いつの間にか五頭龍が倒されている」「イケ・ブラックが三人になっている」「ってか、五頭龍。存在感がないぞ!」と叫んでいる。
「終わったのか?」
技が当たる瞬間、特殊戦闘員が五頭龍を動けなくしていたような気がしたけど……
「じっちゃんが言っていたっす。自分の右腕にドリルが無くても、仲間がそれを補ってくれるっす」
准が人差し指を夜空に掲げ、いつもの決め台詞を言った。
本来ならば、見習い戦闘員が言っていい言葉では無いのだが……まあ、今だけは許してやろう。
「ほら、さっさと帰るわよ。まったく、二度とやらないからね」
そう言って、三号が駆けていった。
「あっ! 自分、ランドセルを売るの忘れていたっす。班長、待ってくださいよ。一緒にランドセル売りに行くっすよ」
慌てて准も三号の後を追う。
まったく、いつもいつも騒がしい奴等だ。
俺も騒ぎに乗じて逃げなくては。イケナインジャーが一緒にいれば、モモは大丈夫だろう。それに、改造人間が出てきて俺VS改造人間になっても困るからな。
そう思って走り出そうとしたとき、なにか重大な事を忘れているような気がした。
あれ? なんだっけ? モモは助けたし、特殊戦闘員も倒したぞ。
首を傾げ考えていると、
「あらら。やっと、倒したみたいですね」
背後から聞き覚えのある声がした。この、なんともムカツクしゃべり方をするヤツは一人しかいない。
「駆路ッ!」
俺は振り返り、不気味に笑う男を見た。
「まったく、貴方って人は困った人ですね。特殊戦闘員レベルに手こずっているのですから」
ヤレヤレと首を振り駆路が俺を見る。
「そもそも、恋人を助けたら、一緒に逃げてくださいよ。それを一旦、戻ってくるのですから困りものです。僕が天才的な立ち回りで助けなかったらどうするのですか?」
「どういう意味だ?」
「鈍い男ですね。恋人を助ける過程で、見張りが一人しかいなかったのですよ。不思議に思いませんでしたか?」
たしかに。あまりにも警備が手薄過ぎた。
まさかっ!
「一般戦闘員の暗証番号でロックが解除出来たのもお前の仕業だったのか」
「そうです。あそこは僕と貴方のIDでしか開くことは出来ません。そう、設定しましたから」
貴方のID?
「お前、俺の正体を知っているのか?」
「当たり前じゃないですか。僕の情報網を甘く見ては困ります」
なんだと。こいつは俺の正体を知っているって言うのか。
「貴方はご存じなかったみたいですが、恋人がイケ・ピンクだってことも初めから知っていました。それを踏まえて、今回の作戦に貴方を起用したのです」
「キサマッ!」
「おっとっとっ! 僕を怒るのはお門違いですよ。僕は貴方を助けに来たのですから。まあ、正確にはイケ・ピンクですけど」
「ん? なにを言っている」
「ほら、言ったでしょ。僕がここに配属になったときには『イケ・ピンク補監計画』は始まっていたのです。それを知った僕がイケ・ピンクを助けるために一芝居打ったわけですよ。一度、捕まって逃げたとなれば計画自体が無くなりますからね」
「俺が助けると知っていたのか?」
「推測ではありますが予想していました。でも、まさかイケ・ブラックという未知のヒーローで助けるとは思いもしませんでしたよ」
「確か、イケ・ブラックの正体が知りたいとか言っていなかったか? 側近の戦闘員を使って俺をボコボコにしただろ。知っていたならなんで、あんな命令を?」
俺の問いかけに、駆路はより一層不気味に笑い「僕たちなりの祝いですよ」と訳の分からないことを言った。
「お前は何者なんだ……」
困惑する俺を尻目に駆路が「僕はですね……」と、懐から一枚の会員証を取り出した。
そこには『ラブリーモモ☆ファンクラブ。会員ナンバー01』と丸字で書かれていた。
「ファンクラブ!」
「そうです。高校時代に彼女にファンクラブが存在していたことはご存じでしょ? あれを起ち上げたのは僕なのです」
「ブラック・デモンの一員が、正義のヒーローのファンだったのか」
「そういうことになります。立場上、仕事とファンを混同できませんからね。秘密にしていたのです。あっ、これ内緒ですからね。誰かに喋ったら消されちゃいますよ。気をつけてください」
「ちょっと待て。ファンクラブってことは、他にもメンバーがブラック・デモンに居るのか?」
「居ますよ。貴方を殴っていた特殊戦闘員もメンバーです。どうです、痛かったでしょ。ファンの怨念が入っていましたからね」
「俺と戦っていた戦闘員が強かったのもそのためか」
「はい。貴方には本気で挑んでいましたからね。彼は『ド』が付くほどのイケ・ピンクファンですから、手を抜くことが出来るわけありません。まあ、最後は必殺技を喰らっていましたけど。彼なりに満足したのでしょう。……あら? テレビ局のヘリが来たみたいですよ」
駆路が夜空を指さすと、数機のヘリコプターが上空を飛んでいた。
「ほらほら、逃げるなら今ですよ。僕も気が済みましたので、貴方は帰っていいですよ」
「おのれ駆路。俺をブラック・デモンに誘ったのもそのためだったのか」
「あら、バレちゃいましたか。戦闘員にして、ボコボコにしようと思ったわけです。そうでなければ秘密結社に一般人を入社させるわけないでしょ」
「今すぐ服を脱げ! 皇居の前に放り投げてやる」
「あらら怖い。でも、そんなことをしている場合じゃありませんよ。カメラに貴方が映ったらどうするのですか? イケナインジャーにブラックなんていないのですよ。マスコミが騒いでイケナインジャーに迷惑をかけてはいけません。貴方も、戦闘員の端くれならわかるでしょ。ここは、素直に逃げてください」
「今度会ったら覚えていろよ」
「イヤです。邪魔者も排除できたので、明日にでも僕はマサセッチュー州に戻ります」
「邪魔者?」
「はい。貴方を車で撥ねようとした不届き者が居たでしょ? 彼が今回の『イケ・ピンク補監計画』の首謀者だったのです。本社の者が無断で支部に命令を出していたので、裏を取るのに苦労しましたよ。まあ、そんな組織を私物化するような者は邪魔なので、ファンクラブの手でシベリア支部へ左遷させちゃいました。自業自得です。これで当分は日本も平和が続くでしょう」
「平和? ブラック・デモンの顧問官がなに言っているんだ」
「おっと、失言でしたね。ブラック・デモン的に平和って意味です」
そう言って、駆路が俺に背を向け「それでは機会がありましたら、また会いましょう♪ マクビティビスケット(見習い戦闘員)」と、慌てふためく戦闘員の群れに入っていった。
「ん? 何を言っているんだ。まあいい、お前なんか顔も見たくない。何処へなにとも行ってしまえ!」
毒づきながら、俺も夜の闇に姿を消した。
彼が最後に言った「マクビティビスケット」とは、一昔の悪の組織が使っていた隠語だったらしい。
ワッフルが特殊戦闘員。
ドーナッツが一般戦闘員。
マクビティビスケットが見習い戦闘員。
なぜ、准がこの事を知っていたのか? それは彼の言う「じっちゃん」に関係があることだと思うが、今回の物語に関係ないことなので伏せておく。
そもそも、一介の戦闘員には関係のない話だ。




