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マクビディ・ビスケット  作者: 三池猫
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第一話「恐怖! 怪人クモ男」 02

 どのくらいの時間が経ったのだろう。三十分? 一時間? 気持ち的には八時間働いた気分だが、実際の時間は十分も経っていなかった。

 時刻は十三時を回っており、予定されていた時間をとうに過ぎている。

 作戦開始って今日だよな? 日付を間違えているってオチはないよな? あれ、俺って戦闘員だよな? なんで、いつまでも洗い物なんかしているんだよ。

 そんなことを考えていると、だんだん不安になってきたので仲間に連絡してみることにした。

 衛生帽に仕込んだインカムを使い、(せつ)に通信を繋ぐ。

「こちら威。雪、応答してくれ」

 しばらくの沈黙のあと、インカムから女性の声が返ってきた。

『どうかしたの? 作戦に不備でもあった?』

「そうじゃないんだが、作戦開始って今日だよな? 予定の時刻を過ぎているけど大丈夫なのか?」

『はっ? あんた寝ぼけているんじゃないでしょうね。少しくらい時間が過ぎたからって連絡してこないでよ。私だって忙しいんだから、デートの集合時間に遅れた彼女を暖かく待つ気概で作戦に挑みなさいよ。バカじゃない……』

 そう言われて、一方的に無線を切られてしまった。

「…………」

 期待はしていなかったのだが、あまりにも予想していた以上の冷たい返答に途方に暮れてしまう。ちょっと確認しただけで、あそこまで言わなくてもいいだろう。毎日ドーナッツばかり食べていないで、少しはカルシウムを摂れってんだ。

 次の瞬間、後頭部をぺしゃりと叩かれ、前のめりになった。振り向くと、怨敵である料理長が鬼の形相でこちらを睨みつけていやがる。

「おい、新人。洗い物が溜まっているぞ。ボケッとしていないで手を動かせ」

 丸太のような太い腕を組み、飲食店でありながら大層な髭を生やした料理長が怒鳴る。

「すっ、すみません」

 俺は手近にあった皿を一枚取り、ゴシゴシと手を動かす。その姿を見た料理長が「まったく、使えないヤツだ」と、毒付きながら戻って行った。

 絶対、神田川に流してやる。いや、そんなことで俺の怒りを水に流すことは出来ない。不忍池にでも沈めて魚の餌にしてやる。

 そんなことを思っていると、外の方から爆発音が聞こえた。店内はざわつき、客の表情が変わる。

 やっと、始まったようだ。

『威。お待ちかねの彼女が来たわよ。さっさと作戦を実行しなさい』

 雪から指示が入ってきた。

『あなたは予定通り、客を外に出さないようにして』

「了解。待っていたぜ」

 大義名分を手に入れた俺は、厨房を飛び出した。走りながら消化器を手に取りエレベーターへ向かう。

 今回、見習い戦闘員の俺に下りた命令は、作戦の妨げにならないように客を店内に留めておくこと。次に外にいる一般市民を安全な場所まで誘導する。全ての作業を終えたら司令部に戻り現場待機をしなければならない。

 走っている俺の後ろから「おい、新人」っと料理長の声が聞こえたが無視する。止まってはいられない。これは時間との勝負なんだ。

 エレベーターにたどり着いた俺は素早くボタンを押し、開いたドアに消化器を噛ませる。

 大きな腹をゆらし、遅れてやってきた料理長が「なにをしている」と俺の肩を掴んだ。

「料理長。ここでエレベーターが使われないように見ていて下さい」

「お前、なに言っているんだ?」

 俺の言動に不審を抱いたらしく、眉間にシワを寄せる料理長。

「訳の分からんことを言っていないで、持ち場に……」

 言っても分からないようなので、俺は胸ポケットからヒーロー手帳を取り出し、それを料理長の鼻っ先に突きつけてやった。問題が発生した場合、有無を言わさず遂行するため組織から支給された俺の顔写真入り偽造手帳。

「お前、ヒーローだったのか」

「はい。詳しくは守秘義務で話せませんが、ブラック・デモン関係と言えばご理解できるでしょう」

「それじゃ、さっきの爆発もブラック・デモンが?」

「はい。本部から連絡が入りました。つきましては料理長に協力をお願いしたいのです」

「そういう話なら仕方がない。私はなにをすればいいんだ?」

「外の安全が確認されるまで、お客様をここから出入りできないようにして下さい。それと、スタッフを数名非常階段の方にも回して下さい」

「わっ、わかった」

 料理長がカクカクと首を縦に振ると、近くに居たスタッフに指示を出す。

 作戦は順調。これで皿洗いからおさらばだ。

 俺はほくそ笑みながら階段を下り、仲間に連絡を入れる。

(じゅん)。そっちはどうだ」

 確かアイツは近くの執事喫茶で働いていたはず。

『はいはい、こちら准っす。お嬢様……いや、お客は店内に待機させているっす』

 ……お嬢様? この男は何を言っているんだ。まあ、聞き流しておくことにしよう。

「俺は今から、中央通りに出て、一般市民の誘導に行く。お前も頃合いを見計らって合流しろ」

『了解っす。班長には連絡するっすか?』

「雪に? 自分の判断で行動しろって言われるだけだ。連絡する必要はない」

 俺は先ほど雪とのやり取りを思い出した。また、怒られるのは勘弁してほしい。

『言われてみれば、そうっすね。班長、ドーナッツ食べていないときは不機嫌で話しづらいっす』

「あいつはそういうヤツだ。ドーナッツばかり食べている女など忘れて、自分の仕事に集中しろ」

『了解したっす。とりあえず、自分は近隣の店舗の安全を確かめてから合流するっす』

 そう言って、准は無線を切った。

 俺はそのまま階段を駆け下り、外へ飛び出す。閑散とした歩行者天国が目に入った。

 辺りを見渡しているとポツポツと人が立っている。一般人だと思ったが、左腕に『警備員』と書かれた腕章が目に入ったので俺は思い直した。

 なんだ、ブラック・デモン(うち)の戦闘員ではないか。

 歩行者天国の警備員の腕章が緑色に対して、警備員に扮した戦闘員の腕章は赤色だったはず。彼らも作戦実行の際、通行人の誘導を任せられている。

 空を見上げると、テレビ局のヘリコプターが飛んでいた。撮影はすでに始まっているようだ。

 上空から撮影された映像はリアルタイムでテレビ局に飛び、編集・確認の行程を経て、夕方にはお茶の間に届けられるだろう。

 俺は作戦をAからBへシフトするため、雪に無線を繋ぐ。

「こちら威。五丁目交差点の人払いがすんだので、これより司令部へ向かう」

『了解したわ。准がパーツ街に居るはずだから、その脚で拾ってちょうだい。そのルートならカメラに写らないはずよ。だから、間違ってもカメラに顔をさらすようなヘマはしないでよね』

「ああ、そのつもりだ」

 無線を切ると、俺はビルの陰に身を潜めた。

 俺がブラック・デモンに入社して半年。まさか、テレビの世界で暗躍する悪の組織に身を置くとは誰が想像しただろう。

 そもそもの出会いは、就職難で行き場を失っていた俺へ舞い降りた一人の学友が原因だった。

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