第三話『決意! 戦闘員男(前編)』 03
「失礼します」
コンコンとノックをすると、俺は熊の手を模したドアノブを回し室内に入った。
俺が始めて部屋に訪れたとき同様に、四畳半の中心にレッサーパンダの首領が可愛くこちらを威嚇しているのが見える。
「よく来たな」
首領は眼を点滅させながら「クモ男よ。例のものを渡せ」と、俺の後ろにいる改造人間に指示を出す。
例のもの? なんだろう。まっ、まさか! 本当に俺だけにボーナスが支給されるのではなかろうな。
「はい」
クモ男がいそいそと、何処に隠してあったのか茶封筒を取り出し俺に見せる。説明していなかったが、クモ男を含め改造人間は服を着用していない。当たり前である。なぜなら巨大蜘蛛に服なんて無用の産物なのだ。
「首領、これは?」
封筒を受け取り、シャンデリアの光にかざし中を透き通してみる。長方形のシルエットはまるで紙幣でも入っているようであった。
「ボーナスだ」
「そうですか。やっぱりボーナスなんです……って、ボーナスだと!」
ちょっと待て。今までの経験上、ここでボーナスという単語が出てくるはずがない。なんだ、なにかの策略か? これまで、ミニボーナスと銘打ったお駄賃は貰ったときはある。しかし、それは労働と報酬が見合っていない場合の時だけだ。それなのに、何もしていないのにボーナスが貰えるなんて考えられない。しかも、『ミニ』が付かないバージョンだぞ。
もう、何が何だか分からない。
俺が見事なまでの陽動作戦に困難を極めていると、レッサーパンダは静かに真意を語り出した。
「そのボーナスは、今回の作戦でお前に支給されたものだ。先ほどボーナスと言ったが、厳密に言うと活動資金でもある」
「活動資金?」
「東郷威。お前に命令する。その金を使いイケ・ピンクが喜ぶであろうプレゼントを買ってくるのだ!」
………………
…………
……
「はっ?」
これまた不可解な文体である。オカシイな。言語は日本語で間違いないようだが、いかんせん意味が分からない。そう言えば、英文を直訳してはならないと、中学校の教師が言っていた。これも、それの延長線だろうか?
整理してみよう。『お前に命令する』『その金を』『イケ・ピンク』『喜ぶ』『プレゼント』『買って』
うーん。この単語から察するに、
「わかりました! 『お前に金をプレゼントする』ですね」
「違うわ」
首領の怒号が狭い室内に響いた。何が違っていたのだろうか。
「首領。すみませんが、もう一度、自分への命令を言ってくれませんか」
「その金でイケ・ピンクのプレゼントを買ってくるのだ」
そこが分からない。なぜ、俺が敵である正義の味方にプレゼントを買わねばならぬのだ。悪の組織の見習い戦闘員が直々に……
「意図が分かりません。イケナインジャーを抹殺するアイテムではなく、なぜプレゼントなのですか? しかも『喜ぶ』と絶対条件が装飾されています」
「それは今から説明する。おい、準備をしろ」
首領が声でクモ男に指示する。
「わかりました」
クモ男が小走りで首領の元へ歩み寄ると、レッサーパンダのレリーフを九十度右に回転させる。
この置物って回るんだ。
そんなことを思っていると、準備を終えたクモ男が室内の電気を消した。
「それでは、先日行われた作戦結果を映します」
カチャッとスイッチ音が聞こえた数秒後。プロジェクターと化した首領の眼から光が放たれた。
壁に映像が流れる。場所はどこかのショッピングモールらしい。中世、ヨーロッパの町並みが再現されたモール内は、過去へタイムスリップでもしてしまったような錯覚さえ感じてしまう。どこかにヴィーナス(女神)が隠れていてもおかしくない。
ゆっくりとカメラが、ショップ内で買い物を楽しむ一人の女性に寄っていく。
全身ピンクタイツの小柄な女性はイケ・ピンクに間違いなかった。
なぜ、彼女は変身も解かずにタイツ姿でショッピングを楽しんでいるのだろうか? まあ、真夏の湘南にタイツ姿で現れるくらいだ。考えても分かりはしないだろう。気にしたら負けなのだ。
雑貨店の中に入るイケ・ピンク。その後ろから二人組の男性も店内に入っていった。
「この男どもは、我がブラック・デモンの戦闘員だ」
首領が補足とばかりに説明してきた。
私服姿のこいつらが? そうなると……。まっ、まさか! 一般人が多いこんな場所で、イケ・ピンクを襲うつもりなのか。
忍び寄る影に気がつかないイケ・ピンクは、商品棚に並べられた一組の夫婦茶碗を嬉しそうに持つとレジへ歩き出した。
静かに、そのあとを付ける戦闘員。
支払いを済ませ、上機嫌に店を出た。大事そうに商品を抱える彼女は、まるで思いを寄せる普通の女の子にしか見えない。
が、彼女は悪の組織と戦う正義の味方である。いつ如何なるときも油断してはならない。
タイミングを見計らっていた二人組が視線で合図をした。
迫り来るブラック・デモン。
彼女は気がつかない。
振り上げられる手。
そして次の瞬間――
『ねぇカノジョ。なにしているの? 暇だったら、俺たちと遊ばない?』
って、ナンパかよ! なに戦闘員が、正義の味方の肩を優しく叩いているんだよ。
想像もしていなかった展開に慌てふためいていると、隣にいる投影機が「うむ。定石通りだ。さすが、ブラック・デモン随一のナンパ師」と感心している。
「ちょっと待ってください。先ほど作戦結果って言っていましたけど……。まさか、コレですか?」
「そうだ」
認めちゃっているよ。
「普通、悪の組織が正義の味方をナンパしますか? この場合、戦闘員がイケ・ピンクを攻撃するのが当たり前でしょう」
「テレビカメラも無いのに、そんなことをするわけないだろう。彼らにもプライベートがあるんだ」
秘密結社の首領がなに言っている。
「そうですけど。でも、よりにもよってナンパだなんて」
「馬鹿者。ナンパが目的ではない」
「そうなんですか?」
「黙って続きを見ろ」
俺は言われるままに視線を戻す。
『すぐそこに美味しいスイーツがあるんだ。一緒に食べない?』
戦闘員は手慣れた手つきで、向かいにある洋菓子店を指さした。
『なっなななな、なんなの? ナンパはお断りなの』
イケ・ピンクが困惑しながら後ずさりする。
『食事するだけだよ。男だけだとお店に入りにくいんだ。おごるから一緒に行こうよ』
『お断りするの』
イケ・ピンクの身体から禍々しいオーラが溢れだした。
『そんな冷たいこと言わないでさ』
『私には彼氏がいるの。だから、他の男性とお店に入っちゃダメなの』
へえー。イケ・ピンクに彼氏がいたんだ。ヒーローが彼女だなんて凄いな。俺だったら心配で夜も眠れなくなりそうだな。
そんなことを考えている間にも、イケ・ピンクのオーラは鬼へと形作られていく。
『彼氏だって食事くらい許してくれるよ。だから……』
『おい!』
今まで喋らなかった戦闘員の片割れがナンパ男の肩を叩く。
『なんだよ。今いいところ何だから』
『そうなんだが……、コレって』
そう言って片割れがイケ・ピンクの背後を震える指先でさした。
大口を開けたオーガ(鬼)と二人組の目が合った。
『あれ? これってイケ・ピンクの必殺技だよな』
血の気が引いたように青くなる。
『確実に俺たちへ狙いを定めているぞ。おい、司令部。退避命令を! 司令部! 司令部ッ!』
そして――
『ナンパはお断りなのおおおお』
『『ちょっちょっと待ってえええええ』』
パクリと食べられた所で映像は途切れた。
「……なんなんですかコレ?」
俺が呆れながら横目でレッサーパンダのレリーフを見る。
「作戦実行の報告映像だ」
「ただの衝撃映像じゃないですか。これと活動資金のどこに関係があるんですか?」
「まあ、待て。クモ男よ。次の映像だ」
「わかりました」
首領に言われたとおり、クモ男が次の映像を見せる。今度は繁華街のようだ。戦闘員とおぼしき男性がイケ・ピンクに走り寄る。
『ちょっと、そこの……』
声をかけた刹那。鬼が現れ、問答無用で男性は食べられた。なんともショッキングな映像である。
「あの……。始まって、ものの数秒で終わったのですが」
「まだ、他にもある。クモ男よ!」
また、映像が切り替わった。今度は駅のホームらしい。年寄りに扮装した戦闘員がイケ・ピンクに話しかける。
『あの、すみません。これは山手線ですか?』
『ちっ、違うの。埼京線なのおおおおお』
先ほどと同じ光景が映し出され、一瞬で戦闘員が消えてしまった。
「…………」
もう、なにも言うまい。
「クモ男。次だ」
その後。小一時間ほど、俺の精神(心)にトラウマを刻むような映像が続いた。
全てを語ると恐ろしいので割愛して説明しよう。
『カノジョ。お茶でも……』
パクリと鬼が食べた。
『日本橋に行きたいのですが』
パクリと食べた。
『お嬢さん。落とし物ですよ』
パクリ。
『じっちゃんが言っていたっす。ドリルが……』
パクッ。
『おぬしに水難の相が……』
パクッと食べて、ペッと吐き捨てた。
こんな感じである。一瞬、俺のよく知る金髪野郎がいたけど無視してくれ。
「なんですかコレ? パルスがハンパないですよ。首領、まさかと思いますが……」
「そうだ。次はお前だ」
「嫌ですよ。食べられるって分かっていて逝きたくないです」
「あはは。『行く』と『逝く』をかけるなんて、東郷くんは面白いな」
「節足動物は黙ってろ! 全然うまくないから。笑うところじゃないから」
俺の怒号に驚いたクモ男が、蜘蛛の子を散らすように部屋の隅に逃げて行った。
「東郷、頼んだぞ」首領が言う。
「頼まないでください。あれって昏倒するくらい痛いんですよ。今度喰らったら永眠しちゃいますよ」
「そのための香典だ」
「活動資金って言ったじゃないですか。なんで死ぬこと前提なんですか。それにイケ・ピンクをナンパしてどうするんですか?」
「拉致・監禁する。必要なら洗脳もする」
なっ! 洗脳だと。プライベートはドコにいった
「いくら悪の組織だからって、正義の味方を拉致って監禁したうえに洗脳だなんて。やって良いことと悪いことがあります」
「今更なにを言っている。貴様もさんざん人間を洗脳してきただろう」
「そっ、それは、犯罪者だけです。更生させる意味も込めてやっていただけです。そりゃあ、ちょっとは自分の利益になる洗脳もしました。でも……」
「人権を無視した洗脳をしておいて、今になって正義ぶるでない」
「くっ」
首領の言葉に、俺は言い返すことが出来なかった。俺の言っていることは偽善なのだろうか? 料理長の記憶を操作したり、静かに眠っていた五頭龍をブラック・デモンの改造人間に変えたりもした。その他にも数多の人間を……俺は……
でも! それでも! 善良なヒーローを洗脳するなんて……
「ほらほら、首領が直々に見習い戦闘員である東郷くんに指令を出しているんだよ。黙って従った方がいいと思うな」
隅っこに逃げていたクモ男が、いつのまにか俺の後ろに立って抗弁を垂れてきた。
「それに……。このままだと東郷くんが洗脳されて、無理矢理やってもらうことになるよ」
うぐっ。結局はやるハメになるのか。入社初日も同じような展開になった。やるか。やらぬか。
しかし、俺は自分の信条を曲げぬ男だ。身体は悪の組織に身を染めても、正義の心までは黒く塗りつぶした覚えはない。
「さあ、やるよね?」クモ男が俺に囁く。
否。今からでも遅くない。このままレッサーパンダのレリーフを蹴り倒し、クモ男の腕を結び切りにして逃げてやる。
「東郷。どうするんだ?」首領が言う。
答えはノーだ。青タヌキを破壊して、今こそあるべき姿に戻るのだ。
「駆路の紹介なんだ。失望させないでくれ」
「やります」
そうだった。俺がブラック・デモンに入社を決意したのも、駆路を皇居の目の前にブリーフ一丁で放置するためではないか。こんなところで命を賭けてはならないのだ。
俺の返事を聞いた二人が「うむ」「よかった、よかった」と是認の意思表示する。
今まで洗脳してきた奴のことは、駆路をとっ捕まえてから考えることにしよう。命を投じるほどでもない。
「では、見習い戦闘員。東郷威よ」
「はいっ」
「早速、プレゼントを買い、イケ・ピンクと接触するのだ」
「了解しました」
こうして、俺はイケ・ピンク補監計画に参加したのだった。




