第二話「登場! 怪人カニ男」 01
神奈川県。国道134号線に架かる片瀬橋を超えた先に東浜海水浴場がある。相模湾と江ノ島を一望でき、夏になると海水浴に来たもので埋め尽くされるレジャースポット。
ブラック・デモンが経営する『海の家』はそこにある。店内は満員御礼。入れ食い状態で客がやってくるのはありがたい。しかし、満席状態に対して接客・調理が俺一人ってのはどうなんだ? 比率が合わん。
「おい。そっちはいいから、こっちを手伝え」
俺は入り口で客引きをしている男に言った。
アロハシャツに短パンを身につけ「美味しいっすよ」「食べるっすよ」と、女性に声を掛けるだけで客を引きつけてしまう金髪野郎。
「東郷さん。なにか言ったっすか?」
「このバカタレ、店内をよく見てみろ。人がたらないんだよ」
辺りは溢れんばかりに混雑し、海の家にもかかわらず立ち食いするヤツも出てきている。数十坪にも満たないしがない店内にこれ以上客を入れてどうするんだ。飲食店は客の回転が命なんだぞ。
「なに言ってるっすか。お客さん、たくさんいるじゃないっすか」
「そっちの人じゃねぇよ。従業員が足らないんだよ。もういいから、これを二番テーブルに運んでこい」
「了解っす。……二番テーブルってどこっすか?」
頭が痛くなりそうだ。
「もういい。お前はトウモロコシでも焼いていろ。俺は雪を探してくる」
彼女も准と同じ客引をしているはずなんだが、一向に帰ってこない。
俺は准に厨房を任せ店内を出ることにした。後ろから「ドッドッドリル♪」と変な歌が聞こえたがどうでもいい。
そもそも、三人で海の家を切り盛りすること自体無理があったのかもしれない。
俺たちは鬼教官のアグレッシブな現場待機を命じられた。その後、雪の手際よすぎる企みで海の家をやることになる。それはいい。まあ、ミニボーナスが貰えるなら異存は無い。不服があるとすれば休日出勤を強調されたことくらいだ。くそ、鬼教官め。人使い……いや、戦闘員使いの荒い教官だぜ。
毒付きながら外に出ると、俺は雪の姿を探した。
「おーい」
呼んで返事するとは思えないが一応呼んでみた。案の定、応答はない。こんなことなら無線でも渡しておけば良かった。
長い嘆息を吐いていると、江ノ島橋の方からなにやら騒がしい声が聞こえる。
「なんだあれ?」
「凄い人よ」
「なんかのイベントかな?」
声のする方を見て驚愕した。
江ノ島まで伸びた長蛇の列。その大群を率いるは一人の女性。
ビキニ姿の彼女は何処で買ってきたのかドーナッツを握りしめ、たわわに実った胸とお尻を揺らしながら、こちらへ食べ歩いてきている。彼女の後ろを一人また一人と男性が加わり、ハーメルンの笛吹き状態が行われている。
そして、誰かが叫んだ。「あれは現代の黒船だ」と。初めて黒船を見たヤツは度肝を抜かれただろうな。今の俺みたいに。
「なんだ……」
開いた口が塞がらなかった。
その時、店の中から准が俺を呼ぶ声が聞こえた。
「東郷さん。大変っす」
「わかった。今そっちに行く」
俺は先ほど見た光景を忘れることにする。ドーナツを食べている俺たちの班長はどこにもいなかった。そういうことにしておこう。
店内に戻ると、准がドリル……いや、トウモロコシを震わせていた。
「おい、どうかしたのか?」
「あそこ……、あそこを見るっす」
「どうかし……なっ!」
俺が見たのは、店内のテーブル席にいつのまにか鎮座した各五色のカラータイツ集団。ヘルメットを被り、特色とも云えるカラータイツを着用している。この暑い日に変身も解かず、暑苦しい格好で来店するとは、見上げたヒーロー魂である。
「なんで、イケナインジャーがここにいるんだ?」
「分からないっす。気がついたらそこにいたっす」
俺たちが動揺していると、イケ・レッドが俺たちに向かって手を上げた。
「店員さん、注文いいかな?」
緊急事態発生。我らがブラック・デモンの海の家に正義のヒーローが来店してしまった。
まさか、あの計画がバレているのか? そんな馬鹿な。あれは極秘裏に進められ、俺たちブラック・デモン以外に知る者などいないはず。
ならば、バカンスで来たのか?
くそっ。こんな時に。
「東郷さん。どうします? 班長に知らせるっすか?」
「ああ、お前は急いで雪と教官を呼んでこい。俺はとりあえず注文を取ってくる」
「無事を祈っているっす」
そう言って准は駆けていった。
作戦開始時刻は今晩零時だったはず。俺たちの作戦を気取られる前に、正義のヒーローには帰ってもらわなければ――




