はじまりのお話
5月8日、月曜日。
基礎英語の講義が始まってすぐのことであった。隣に座っていた成川に話しかけられた。
「最近いつも一緒にいる子ってもしかして彼女さん?」
「ん、あーまぁそんなとこだ」
「へえ、後で話聞かせてよ」
「はいはい」
「絶対だからね」
そういうと彼女はくるくるとペンを回し前を向きなおした。
真っ赤な嘘だった。彼女が言ってるのは凪澤茜のことだろう。彼女とは小さいころからの友人、言うならば幼馴染だ。わけあって数日前から一緒に住んでいる。じゃあなんなのか、そう思うだろう。それを説明するためには少々時をさかのぼらなくてはいけない。
4月28日、木曜日。
彼は自らを神と名乗った。20代後半くらい、髪は今起きました、とでも言うように寝癖でボサボサ。ロングTシャツにジーパンという格好だった。正直胡散臭かった。そしてここは僕の部屋だ。不法侵入である。
「あなた誰ですか、警察呼びますよ」
「神だってんだろ。まぁ座れよ」
目だけがきらきら輝いていたのはちょっとむかついた。今思えば奇妙な安心感があったのは確かだった。危機感はなぜか感じていなかった。1限の講義が終わり、そのまま家に帰ってきてドアを開けたら彼が部屋にいた。僕の家はワンルームのアパートで、玄関からまっすぐ廊下が伸びていて、その先にドアがあって部屋がある。そのため、途中のドアが開いていれば玄関から部屋が見えるのであった。
僕は常識に従ってそっと玄関のドアを閉める。ポケットに携帯電話がはいっているのを触って確認。ひとまずその場を離れようと後ろを向いたところで、気づいた。自分が立っているところ以外、床がないのである。まるでそこだけ切り離されたかのように灰色空間になっていた。僕はここで初めて危機感を覚えた。正直怖かった。手を伸ばすと見えない壁のようなものにあたった。思い出したように携帯電話を取り出すと当然のように圏外である。
「いいからこっち来いって」
ドアの向こうから自称神の声がした。「ああもう」僕は諦めてドアを開けて神と対峙した。