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帝国の召喚師

 クライムドラゴンの件から二ヶ月が経過した今日、俺は暇を持て余していた。仕事が入ってくれば良いのだが、つい先日協会側から暫くの間此方からは仕事を出さないという通知が有り己の住処で燻っている。。仕事が入ってこない為現在する事と言えばレッドドラゴンの素材を用いて制作された武器防具を壁に立て掛け眺める程度だ。余った素材の一部を盛大に市場へ売り払った為に資金は安泰で働く必要はないのだが、暴れていないせいか、どうにも身体が鈍っている。フィーネやコリーナと情事に耽るのはそれこそ毎晩であり、東の森に顔を出すのも一週間おきに行っているが、やはり体力を持て余している状況だ。

 そして今日は休日に設定した日でもある。尚更暇だ。故に、たまには街の市場でも見て回ろうと考える。


「フィーネ、街に出て来る」

「昼食はどうなさいますか?」

「サンドイッチでも作っておいてくれ、昼に返ってこれなければ晩飯と一緒に喰うから」

「畏まりました、行ってらっしゃいませ」


 いつものレザージャケットを羽織り街中へ。

 大通りを通って市場へ辿り着くと片っ端から店を冷やかす。平常時より賑わっているのはこの街がクライムドラゴンを退け、連続して到来したレッドドラゴンを撃墜したという話が帝都や周辺都市群に広まったからだ。一応協会から住民達へ口止めされているが、その内俺がレッドドラゴンを落としたことが伝わるだろう。賑やかさを楽しみつつも若干億劫に成りながら俺は市場を歩いた。


「あ、レイジさーん!!」

「お、エルナ嬢ちゃんか」


 市場の人混みの中から聞きなれた声を聴き振り向けば、そこに人影は無い。視線を下にずらすと小柄な少女が人混みの中で精一杯跳ねていた。お向かいのエルナ嬢ちゃんである。俺はエルナ嬢ちゃんの姿を見つけると近寄り、その両脇に手を差し入れ赤ん坊を高い高いする様に持ち上げた。


「ほーれ、高い高ーい」

「む、レイジさんったら、私の事子供扱いしてます?」

「むしろ子供以上の扱いをした事が無いのだが」

「むー!!」


 地に足が付かない状態で器用に拗ねるエルナ嬢ちゃんを肩車し一旦市場から離脱する。エルナ嬢ちゃんの小柄な体躯では、現状の密度が高い人混みは迷子どころか踏み潰される恐れがあるからだ。市場を離れ公園まで歩くと適当なベンチに座る。そして隣に座ったエルナ嬢ちゃんに非常用にと携帯しているクラッカーを渡す。


「ほれ」

「あ、ありがとうございます」

「で、エルナ嬢ちゃんは今回市場で何を見てたんだい?」

「ええ、今噂のレッドドラゴンの素材を観ようと思っていたのですが、……人垣に負けました」

「あー、それは災難だったな」

「そう言えば、レイジさんがレッドドラゴンを撃墜したとの噂が有るのですが……」

「お空のバケモノをどうやって倒せる?」

「ですよねー。あ、そうそう蜂使いさん達の村が反乱を起こされて阿鼻叫喚らしいです?」

「そりゃ、……怖いな」

「最近物騒な事件が多くて困ってるんですよー、帝都でも魔物が現れたとか聞きますし」

「……待て、それは流石におかしい」


 帝国の帝都と言えば難攻不落として国の内外にその名を轟かせている。三度に渡る王国軍の陸戦部隊を全て退けている堅牢な守りが、そう易々と魔物程度に抜かれるだろうか。


「どんな魔物が出た?」

「種族様々にですね。頑張れば人間種でもどうにか出来るレベルの強さだったので討伐は容易だったらしいのですが、戦闘と行商、職人達の協会群及び住民達は騒然としてますね」

「……そうか」

「どうか、したんですか?」

「いや、その程度の魔物に帝都の防壁が破られたのかと思うと、な」

「あ、そういうことですか。今回防壁は抜かれていませんよ?」

「なに?」


 防壁を抜かれていないならば、魔物達は一体どうやって帝都へ侵入したと言うのか。ドラゴンの背にでも乗って空から襲撃したのか。……いや、それなら直ぐに情報が入り迎撃される筈だ。だとしたら何か。


「今回の一見は召喚師の仕業の様です」

「召喚師か、……成程」


 召喚師。

 召喚魔法という膨大な魔力を消費する魔法を行使する者達の総称であり、国が抱えている者達以外は基本的に表へと出てこない。というのも召喚師の中にはドラゴンやゴーレム等で戦争に大きな影響を与えられるモノを召喚出来る者が居る為、表に居ても国に戦争の道具として使われるか住民から迫害されるかしか無いのだ。

 その召喚師が帝都に魔物を放った。帝都の抱えている召喚師ならばまだその者の首を刎ねれば終りだが、問題は他国の召喚師、もしくは無所属の召喚師が暴れていた場合だ。


「そいつは帝国の奴か?」

「現在どこも調査中です。これじゃあ怖くて商売に行けませんよ」

「……なら護衛に俺を雇うのはどうだ?」

「え? 本当ですか!」


 俺の提案にエルナ嬢ちゃんが驚きの声を上げる。解決家は本来自ら売り込みをしない。協会が手数料を取りたいが為だが、俺とエルナ嬢ちゃんは知らない中でもない。シルムに言えばある程度の融通は効かせてくれる事だろう。

 エルナ嬢ちゃんが驚いたのは解決家が自ら売り込んだ事に対するモノか、それとも俺が護衛を務める等と言った事に対するモノだろうか。まあ、暇をしていた所だ。たまに護衛をしつつ探偵の真似事をするのも悪くない。


「是非お願いします!!」

「任せとけ。ただしあんまり大規模な奴は無理だぞ?」

「承知ですとも!!」


 勢い良くベンチから立ち上がると、エルナ嬢ちゃんは商会の事務所へと駆け出す。その後に続き俺も自分の家へと戻った。



「……行商の護衛、ですか?」


 自宅二階のリビング。

 帰宅し、コーヒーの用意をしているフィーネに俺は行商隊を護衛すると告げる。


「そうだ、丁度暇だし向かいの商会、特にエルナ嬢ちゃんにはお世話になってるからな」

「それだけではありませんね? マスターが私に隠し事出来るなんて事、思わない方が良いですよ?」


 コーヒーを机に出しながらフィーネが言う。その目は俺の内側を見透かしている様だった。溜息を一つ零し、出されたばかりのコーヒーに手を付ける。


「……帝都で召喚師が暴れているらしい。それもまだ所属が解っていないそうだ」

「召喚師、ですか」

「ああ、気に喰わない連中だよ。奴らは自然社会の規則を我が物顔で平然とぶち壊す。アフターケアも無しにな。許せるはずがない。殺すべき人間だ」


 激情のままに吐き捨てる。

 自然だろうが文明だろうが、そこにはそれぞれの暮らしが有るのだ。営みが有るのだ。それを壊すという事は侵略に他ならない。それを彼奴等はさも当然の権利と言わんばかりに行う。まるで己らがこの世の何よりも尊い存在と言わんばかりに振る舞う。力を他の存在に依存しているくせに傲り高ぶる。気に喰わない。その癖己らがしっぺ返しを喰らうのを恐れる卑怯者だ。その傲慢が目に余る。俺には明確な敵対者が存在しないが、こいつらは例外だ。俺の、倒すべき敵である。

 中身を呑み乾し、カップを受け皿へと叩き付けそうになる腕を辛うじて止める。


「そうやって自然にばかり肩入れするから帝都の偉い人々から煙たがられるのですよ?」

「奴らと仲良くなる気はないさ。それとも、偉いさんと仲良く出来ない俺は嫌いか?」

「そんな訳が無い事は解りきっているのに聞くのですね、意地悪なマスター」

「性分でな」


 互いに苦笑を浮かべる。フィーネと話す事で苛立ちが幾分緩和された。席を立ち、早速準備に取り掛かる。


「すまんな、苦労を掛ける」

「貴方が掛ける苦労なら、喜んで背負いますとも」

「ありがとよ」


 翌日、俺とフィーネはエルナ嬢ちゃんのところの行商馬車に並走して帝都へ同行した。



「娘から武勇は聞いておりましたが、いやはや、助かりましたぞ?」


 帝都の城壁前。

 門前の兵士に通行証を見せ中へと入る際、エルナの父親であるエルマー氏に話しかけられる。エルマー氏の見た目は商人と思えない程に筋骨隆々とし難いが良い。それもその筈、エルマー氏は商会の立ち上げ直後、まだ経営ノウハウを掴めていない頃は行商用の魔物素材や薬草、鉱物等を全て自分で取りに行っていた猛者である。若いころは服を着た冒険そのモノ等と言う渾名が有った程だ。その肩書きも鍛え上げられた身体を見れば納得と言える。


「ゴブリンの盗賊共くらいなら、俺を使わずともアンタなら片付けられただろう?」

「私は最後の砦なのだよ、私が前線で戦うと言うのはそれだけ追い込まれている証拠だ。その状況は味方の士気に関わる。故に戦闘を早期に終えられる人材は商人の精神安定の為には必須と言える」

「……解らん世界だ、全員が戦えれば簡単だろうに」

「それが出来ないのが普通の人間だ。むしろ君や私の様に戦って尚且つ商いが出来る人間の方が稀だ」

「おい、俺は商人じゃないぞ?」

「そう言われてもね、私達の業界じゃ君は魔物素材のレアハンターとして広く認知されているよ」

「ンなモノ、自然と共に生きれば当然の様に見るぞ? そんなに欲しいなら学べば良いんだ」

「人間は面倒を嫌うからね、上下水道が通い金さえ払えば大抵のモノが手に入る文明社会から離れる事を嫌う。故に通貨システムを煩わしいと感じる君や、自分で取りに行けば元手がタダだ等と考える私は異常なのだよ」


 そうこうと話す内に帝都の防壁にある門を抜けていた。後ろの方ではフィーネとエルナ嬢ちゃんが談笑している。


「帝都も久しぶりだ」

「おや、貴方の様な人でも帝都に行く事が?」

「ああ、暴れたい馬鹿ってのは時と場所を考えないからな。帝都で有った問題の解決を依頼されりゃそれをやり遂げるのが仕事だ。場所は選らばねぇよ」

「そう言えば聞いたことが有りますな、チンピラを率いた貴族のドラ息子を拳で黙らせたとか」

「ああ、商業区の話か。貴族の癖に飲食店で迷惑料も払わないとか言うし機嫌が良かったから格安で受けた奴だな」

「格安とな? 御幾らで?」

「今回行う護衛の百分の一」

「安ッ!?」


 エルマー氏とは何回か話すが、互いに自然の猛威と戦った経験がある為か話の馬が合い、話していて非常に心地良い。気の置けないとうのはきっとこういう事だろう。


「で、まずは何を?」

「うん、まずは宿だよ。行きつけの場所が有ってね? 料理が上手くて風呂も有る、ベッドはフカフカで言う事なしだ」

「そいつは期待できそうだ」


 エルマー氏の語る美味い料理百選を聞いて良い感じに空腹を感じながら歩く煉瓦通り。舌が話に聞いた味を擬似的に再現しようとし口の中で涎が分泌されるのを感じながら期待に胸を膨らませる。

 そしてそこに辿り着いた。

 そこは、宿屋の廃墟だった。


「何、だと?」

「おいエルマーさん、これはどういう事だ?」

「いや、儂にも何が何やら……」


 俺とエルマー氏、フィーネとエルナ嬢ちゃん、そして行商隊の面々が渋い顔でその焼け爛れた宿屋の残骸を見つめた。


「ああ、そこの宿なら先日の魔物事件で潰れたよ? いやぁ、繁盛していて美味かっただけに残念だ」

「……………………………………………………………………………………」


 その日、俺は召喚師をとっ捕まえてぶん殴る事を己の心に固く誓った。



「まあ、仕方なく店を畳むと言う話も帝都では珍しくない。故に第二第三の候補は用意してある」

「流石だなエルマーさん」


 廃墟を目撃し落胆していた俺達にエルマーさんは別の店を紹介すると言った。その店は先に紹介されたモノよりも規模が小さかったが、店員の対応も良く何ら問題も見当たらない優良店だった。

 現在、俺達は宿屋の食堂にて料理を楽しんでいた。中でもチーズを大量に使用したグラタンはそこらの街ではお目に掛かれない代物だ。アツアツの器は食堂内の温度と客の中にある期待の熱を上昇させている。スプーンで表面のカリカリに焼かれたチーズを割り中の蕩けたグラタンと混ぜ合わせると食欲をそそる匂いが辺りに立ち込める。この時点でかなりの幸福だ。だが、満足するにはまだ早い。ある程度混ぜたモノを掬い口元まで運ぶ。その際にスプーンとグラタンを繋げるチーズの橋に目を奪われる。

 一口。

 それを口の中に運んだ瞬間、熱が口内を蹂躙した。濃厚であり、薫り高く、そして熱いチーズの味が歯茎を舌を喉を焼くのだ。それを味わってはもうダメだ。俺は我も忘れ全力を以てそれの攻略に当たった。


「……マスター」

「あはは、レイジさんケダモノみたいでおもしろーい!!」

「これこれエルナよ、レディがケダモノなどといった言葉を使っちゃいけないよ?」


 一息付くと、周りが何故か俺に注目していた。フィーネは呆れたように額を抑え、エルナ嬢ちゃんは何が面白いのかケラケラとい笑っている。そしてエルマー氏は満足げだ。……成程、己の薦めたモノを評価されて満足しているのか。俺がこのチーズグラタンを評価している事は最早周知の事実となっているのだろう。これだけがっつけば当然か。


「折角の美味い飯だぜ? お前らも冷めない内に喰えよ」

「そだね、じゃあ頂こうか!!」

「ええ。あ、マスター、今サラダを取ります」

「お、ありがとな」

「うむ、善哉善哉」


 その後、夕食は和やかに、そして賑やかに進んだ。商会の商人達が歌い騒いだり、エルナ嬢ちゃんが得意のオカリナを披露したり、フィーネが空中で果実解体したりとどこぞの宴会の様な様相となっている。俺は、その雰囲気が嫌いじゃなった。



「寄ってらっしゃい見てらっしゃい!! エルマー商会の露天はこちらだよぉ!!」


 自由市場。

 土地の管理者に一定金額を支払う事で犯罪者でもなければ誰でも商いが出来る場所。俺とフィーネ、商会の商人達、そしてエルマー氏とエルナ嬢ちゃんはそこにいた。エルナ嬢ちゃんは自ら店員と看板娘を務め集客を行っている。顔馴染みなのか、それともエルナ嬢ちゃんの明るい魅力に引き寄せられてか客の入りは良い。客の年齢層は様々だが、若干老人が多い様に見える。孫に会う感覚なのだろうか。

 今回露天に並べられているのは主に雑貨であり、その中には老人の背中を掻く為の孫の手なる棒や紐を使って回転させる木製のコマなる玩具等をここらでは見かけないモノがチラホラと見える。エルマー商会は魔物の素材から食材、武器に至るまで様々なモノを取り扱うが、今回は小規模な行商である為品揃えもそれに合わせたモノとなっている。

 エルマー商会の他にはない特徴は出発前に早馬を出し目的地にて商品を宣伝する事だろう。これにより露天を開くとその日の商品を知り欲した者がすぐさま店頭に集まるのだ。これにより今回雑貨を売るに当たっても中々の人数が集まっている。

 商人達が笑顔を振りまき商品の説明や会計をやっている様子を俺とフィーネ、そしてエルマー氏が露天の後ろで見ていた。何か問題が起きた際すぐに対応出来る様に手は既に得物を握っている。フィーネはスティレットと呼ばれる短剣を、俺は普段使うカットラスを、エルマー氏はナイフをと言った具合だ。よく見れば、商人達の懐や腰にもナイフが携行されている。護衛がまったく機能しない最悪の事態を想定しているらしいが良い心掛けだ。やはり最後に頼れるのは自分という事だろう。エルマー氏はそこが良く解っている。


「エルナちゃんや、これはどう使うんだい」

「あ、独楽ですね? これはこうして紐を巻いて……、とうっ」

「おお、回っとる!」


 コマの使い方を聞いてきた老人にエルナ嬢ちゃんは使い方を実演し始める。手馴れた手つきで紐を巻き一つ、また一つとコマを回し、そして五つ目のコマを他のコマへとぶつけ出した。


「こうやって独楽同士を戦わる遊びなんてどうです?」

「面白そうじゃの。どれ、儂と孫二人に買おうか。コマを三つ下さいな」

「はい、毎度ありがとうございます!」


 実演を楽しそうにやるエルナ嬢ちゃんは、集まった客にとって最大の広告となる。エルナ嬢ちゃんが楽しげにすればする程、コマは飛ぶ様にに売れて行った。コマの実演を終えると、エルナ嬢ちゃんは孫の手を始めとした雑貨商品の使い方を説明する為に忙しなく動き回っている。元気なモノだ。


「良い娘さんだ。将来は安定じゃないか?」

「ええ、自慢の娘ですとも。……そう言えば、内の娘がレイジさんと結婚すると騒いでいましたね」

「ははっ、嬢ちゃんもまだまだ子供だからなぁ。恋に焦がれる年頃なのだろうさ」

「いえね? 流石は家の娘だなと思いまして……」

「なに?」


 エルマー氏の一言に思わず後ろを振り返る。エルマー氏は何処か遠くに目線を向けながら自分の事を話し出した。


「私の妻もそうでしてね? 経営が乗ってきて、資金回しに余裕が出来た頃に手伝いを雇ったのですよ。ウチの妻は計算が早く文字も上手く書く為資料整理の際非常に助かったのですよ。その、年齢が問題でしてね? まだ十三を過ぎたばかりの頃でしたかね。その日の朝起きたら隣に妻が居て責任を取れと言ってくるのですよ」

「……それはまた、厳かな」

「ええ、当時はその押しの強さに困惑したモノです。後で自分のどこを好きになったかと聞けば第一に金と即答してくれましたよ」

「随分とさっぱりしているな」

「本当、爽やかでしてね、褒める所は褒める、駄目な所は叱るが出来て賢くモラルも有る。実の所、私の方が妻に惹かれて居たのかも知れませんね」


 エルマー氏は嬉しそうに、そして楽しそうに己の妻を語る。話に聞く限り良い女の様だ。エルマー氏の妻でなければ口説きに言っているかもしれない。


「ですから、貴方も注意した方が良いかと」

「おいおい、俺は寝込みの奇襲だろうが察知して迎撃できるんだぜ? 流石のエルナ嬢ちゃんだとしても負ける気はしないぜ」

「だとしたら、次に娘は睡眠薬か麻痺薬の混入された茶なり料理なりを貴方に振る舞うでしょうな」

「……まるで体験したみたいな言い方だな?」

「ふふっ、既に乗り越えました」

「そう、か」


 その後も俺達は周囲を警戒しながら話を続ける。エルマー氏の話は警告だったのが途中から惚気と娘自慢にすり替わっていたが、まあ悪い気はしなかった。



 深夜。

 宿屋の寝室にて、俺とフィーネは静かに起き上がる。宿で食べる晩飯は昨晩のモノよりも豪勢だったのは売上金を打ち上げに使ったからなのだろう。味と量のグレードが上がった飯は気分と空腹を両方制圧し満足感を俺に与えた。そのせいで眠りを短く保つのに苦労したものだ。召喚師について調べるという目的がなければ既に寝静まっている所だった。

 そう、俺とフィーネの二人は件の召喚師について調べる為に起きた。まだ犯人が捕まっていない以上帝都は危険であり、何よりも野放しにする等有り得ない。奴らには国の与える首輪が御似合いと言うものだ。


「調子はどうだ?」

「好調です。マスターは、……聞くまでもないですね」

「当然」


 レザージャケットを羽織り越しにカットラスを挿す。鋼鉄製の曲刀、その重量に頼もしさを感じる。ふと視線を上げると、フィーネが恨めしそうにカットラスを睨んでいた。恐らく嫉妬だろうが、相も変わらず愛らしい女だ。フィーネも夜間活動という事でメイド服の上からケープを羽織る。そしてそのケープの裏側には魔法を封入したカードがびっしりと貼り付けられている。初めて裏側を見せて貰った時はそこにナイフも加わっていた。恐ろしさと頼もしさが混ざり合った女だ。

 共に準備が終わるのを確認し、俺達は部屋の窓から飛び降りた。宿屋は四階建てであり、俺達は三回の部屋に泊まっていた為それなりの高さだ。しかし普通の人間よりも遥かに頑丈である俺やフィーネはこの程度の高さから落下しても何ら苦ではない。

 煉瓦の大地に着地し辺りを見回す。帝都の殆どの人間はこの時間帯寝静まっており、ちらほらと見える人影は巡回の兵士と酔っ払い、それとチンピラの集団だ。余計な問題に巻き込まれないよう気を付けて進む必要がある。


「フィーネ、一先ず昨日の昼間に見た廃墟を調べようと思うが、何か意見はあるか?」

「いえ、それで構いません。行きましょう」

「ああ」


 周囲に危険が無いかを確認しながら、俺達は夜の帝都を練り歩く。カツコツと小気味良い音が成る煉瓦の大地は森や地元の街と違い新鮮な感覚だ。その音を耳に楽しみながら目的地へ歩を進める。天気は良く、街灯の明かりが道を照らしている為視界は良好。余程の事が無い限り奇襲には十分対応出来そうだ。

 時間にして十分程度経過しただろうか、俺達は焼け落ちた宿の廃墟へと辿り着いた。骨組みまで物の見事に炭化している宿をぐるりと移動しながら見回す。消防兵に限らず、帝都に集まる人材は押し並べて優秀だ。そして優秀な消防兵を以てしてもこの焼け具合なのだ、相当の火力である。


「どうだ、フィーネ」

「……はい、仄かにですが破壊に傾けられた魔力を感じます。召喚師か、或いは召喚されたモノの仕業か」

「そうか。引き続き周囲を調査するぞ」

「はい」


 廃墟には崩れ落ちた骨組みや炭化した調度品だけでなく、煤に塗れた木の杖や柄の炭化した短剣が見つかった。短剣は鈍らであり、洞窟を住処とするゴブリンの持つモノに似ている。そこから関連付ければ、木の杖の持ち主も自ずと特定できるというものだ。

 木の杖の持ち主は恐らくゴブリン族のシャーマンだ。ゴブリンに関わらず、森や草原、荒野や水辺など自然と共存し且つある程度の知能を持つ種族の特徴として杖を権力の証にするという習慣が有る。ゴブリン族のシャーマンは火の魔法を扱う。魔法の火は魔法使いでなければ消す事が難しく、その火力も高い。火の魔法は厄介なモノであり、ゴブリン・シャーマンの討伐依頼はそれなりのキャリアを積んだ解決家か各国の抱える討伐専門部隊しか関われない危険なモノとなる。そして、敵は確かな知恵を持つゴブリン・シャーマンを召喚できるレベルの召喚師である事が解った。この事実だけでも今夜は収穫が有ったと言える。

 その後も周辺を調査するも目ぼしいモノや新事実は見つからなかった。踵を返し、宿屋の前まで辿り着くと出て来た窓に向かって跳び、鍵を閉めて眠りに付いた。



 帝都で活動を始め五日が経過した。

 エルマー商会の商品は四日目にして売り切れ、その売り上げから費用を出し帝都の観光を行っていた。商人達が思い思いの場所に散らばる中、俺とフィーネはエルナ嬢ちゃんの買い物へ護衛のために同行していた。


「ほら、フィーネさん!! これなんてどうでしょう?」

「ね、猫耳ですか? それに尻尾も……」

「聞けばレイジさんたら森に現地妻が居るそうじゃないですか。そして種族は獣人との事。ならば、外部装置により野生の魅力を後付すれば一気に好感度が上昇するやも!?」

「そう上手く行くでしょうか……」


 エルナ嬢ちゃんが猫の耳を模した頭部用の装飾品をフィーネに薦め、それに対しフィーネは渋い顔をしている。俺とエルマー氏が気の置けない中で有る様に、フィーネとエルナ嬢ちゃんも姉妹の様に仲が良い。微笑ましい気持ちになりながら再び周囲に視線を配る。怪しい動きをしている者は特に見えず、敵意も感じない。一先ずは安心できる状況だが、奇襲とはそういう時に限って起こるモノである。警戒を解くのはまだ早いだろう。


「レイジさん、この猫耳フィーネさんを見てください!!」

「はぁ、猫耳程度でこの俺が……、――――――――ほぅ?」

「な、何ですか、その「ほぅ?」って!?」


 エルナ嬢ちゃんの声に振り返ってみれば、そきには可愛らしい一人の猫が居た。尖った形状の耳は魔道具なのかフィーネの髪質に溶け込み、取り付けられた尻尾と同様ぴくりと動く。毛の逆立った尻尾などしっかりとフィーネの感情に連動している証拠であり、良い仕事だと言える。


「ちなみに私はワンちゃんにしてみました!!」

「元気なエルナ嬢ちゃんに似合っているよ、おいで?」

「わんわん!!」


 取り付けられた尻尾を揺らしながら飛び付くエルナ嬢ちゃんを抱き止め、その頭を撫でてやる。撫でられるのが嬉しいのか、振られる尻尾の速度が加速している。可愛いモノだ。


「……………………」

「ん、どうしたフィーネ? そんなに擦り寄って」

「……別に、どうもしませんよ?」


 フィーネはエルナ嬢ちゃんを抱き止める俺の身体に己の身体を仕切りに接触させる。それは飼っている猫が何らかの目的で己に興味を向けようとしている様にも似ていた。

 表情とその声音は何も気にしていない様に見える。だが尻尾を見れば一目瞭然である。感情と連動する尻尾が俺の腕に巻きついたり、そこから引っ張っては一度離れてみたりを繰り返しているのだ。

 面白いのでフィーネを放っておきエルナ嬢ちゃんを構う事にする。


「よぉしよし、良い子だ。ジャーキー食うか?」

「わん!」


 懐からジャーキー取り出すとエルナ嬢ちゃんはその場を飛び退き、着地から即座に直立する。その機敏な動きに周りの聴衆がざわめく。


「伏せ」

「わん」

「直立」

「わぉん」

「昨日の夕食で一番美味かったモノは?」

「レイジさんがくれたから揚げです!!」

「よし、ほれっ」

「あおん!!」


 口で命令を告げるとそれに即座に反応し見事に対応してみせる。それを見てつい緋色狼達へとやる様にジャーキーを放り投げてしまう。宙を舞うジャーキーを見て取ったエルナ嬢ちゃんは普段では考えられない動きで跳躍し、口でジャーキーをキャッチした。そして見事な着地、地上にて美味そうにそれを頬張っていた。

 聴取も一連の行動に感嘆し拍手を送るモノまでいる。ジャーキーを食い終わるとエルナ嬢ちゃんは再び飛び付き俺の顔を舐め始めた。顔を舐められると言った行為の表現はリタ等の獣人やその他魂食みの民等で慣れている為、俺は何ら問題なくその頭を撫でる事にした。


「よしよし、偉いぞエルナ嬢ちゃん」

「くぅん……」


 夢見心地と言わんばかりに表情を蕩けさせるエルナ嬢ちゃんを撫でながら視線を横に居るフィーネへと向ける。その表情にはイライラが募っていた。アプローチを掛けているのに無視されるのが思いの外不満なのだろう。

 しかし、この魔道具を作ったモノは天才だと言えよう。装着する事によりその動物の習性を付加する所一つとっても見事な技術だが、論ずるべきは装着者の感情が露出している事だ。フィーネを例にとると解り易いだろう。フィーネは我慢強く己を律する事が出来、それ故にフラストレーションを溜め易い。そしてたまったストレスを己の限界になるまで誰にも、俺にすら悟らせないのだ。そのフィーネがここまで感情を露わにしている。

 ひょっとしたら、これはフィーネのストレスを発散するのに使える知れない。不機嫌さと甘えたい欲求からか俺の耳朶を甘噛みし始めたフィーネを見て俺はそんな事を考え始めた。


「ほら、良い子だから耳朶を噛むんじゃない」

「あ、なぅ……」


 不機嫌さを露わにしていたフィーネは顎を撫でると直ぐに大人しくなり、こちらにその身体を摺り寄せてくる。耳元にその潤んだ唇を寄せ甘えた声音で鳴き声を上げる様子に、こちらも情欲を掻き立てられるが、表面上それを抑えフィーネの頬を撫でるに留める。夜が楽しみだ。


「……お客さん、往来でそういう事はやらない方が良いと思うよ?」

「……おっと」


 俺達はすっかり見世物となっていたらしい。聴衆の中には前屈みになる男共の影が見えた。街でも森でも、男と言うのは馬鹿な生き物なのだろうと再認識した瞬間である。

 そんな認識を思考の隅へと追いやり掛けられた声の主を探す。声の主は直ぐに見つかった。それは露店を出している店主の声だったのだから。店主は背の高い女性である。富豪の男性が着る上質な仕立ての服でその豊満な身体を引き締めている為身体のラインが艶めかしく、それでいてある種の機能美すら振りまいている。


「済まないな店主。しかし、これはアンタの作か? だとしたら良い仕事だ」

「御褒めに預かり光栄だよ。君達が店頭で実演するお蔭で欲望を瞳に秘めた連中が、男女関係なくこちらを見ているからね」

「種類を見せて貰えるか? 幾つか購入したい」

「毎度あり。ごゆるりと」


 露店には様々な動物の耳と尻尾、中には角や肉球を模したグローブなども置いてある。恐るべき品揃えだった。その死角の無さに戦慄する。


「どうです? ウチの商品は」

「素晴らしい、その一言だけを贈らせてくれ」

「気に入って貰えて何よりだ」


 俺の言葉に対し、店主は妖艶な笑みを返す。

 その時ふと俺の脳内に疑問が浮上した。引っ付いてくるエルナ嬢ちゃんとフィーネを撫で繰り回しながらそれを訪ねる。


「これらは、一体どういった目的で作ったんだ?」

「聞きたいかい?」

「ああ、知りたいね」

「ならば、語らせてもらおうじゃないか」


 店主は露店の裏から己と俺達の数だけ椅子を取り出し配置した。それに腰掛け、店主の語りに耳を傾ける。


「切っ掛けは確か十年くらい前だったかな。私は東の森で遭難してね、その時に獣人の男の子と出会ったんだ。当時は確か東の森で新種の薬草が見つかっただかで騒いでいて、他にもあるかもしれないとあらゆる商会や軍隊が一斉に森を探索ていた時代だった、……ってどうしたんだい? そんな風に頭を押さえて、頭痛か?」


 十年前、その言葉に頭を抱えたくなった。十年前とは、丁度俺が魂食みの民の末席に名を連ねて三年が経過した年だ。急増した無作法な文明人達に対し、森の者共は総力を挙げて迎撃に出た。俺と当時のパートナーであったリタもその例外ではなく、その一件での活躍も有り俺とリタの森での地位が確立されたと言える。


「いや、気にするな。話を続けてくれ」

「そうかい? まあ続けよう。可愛らしい少年だったんだよ、動物の毛皮で作った服は下半身を覆う程度の防御力しかなくて御臍とか丸出し。程良く割れた腹筋には今思い出しただけでも涎が垂れるくらいの魅力が有った。怪我をした私をその子は甲斐甲斐しく世話してくれてね。ありがとうと礼を言ったりカッコいいと賞賛すると無表情の癖して尻尾が激しく振られるんだ。ホント、堪らなかったよ。けれど当時も今もそうだけど、私は両親を食わせていかなきゃいけない。プロポーズしてくれた彼の誘いを断腸の思いで断り、私は文明社会へと帰還した。断った時の表情は今も忘れられない。普段無表情の癖にこちらの罪悪感を煽る様に上目使いで見つめて来るんだ。そして今でもその顔を忘れられない。私はね、気が付いたらこれを作っていた。無心に理論を掻き集め、本来ならば適性の低すぎて話にならないレベルの魔力で魔法を手に入れ、かれこれ五年でこれのプロトタイプが完成した。私は、酷い女だ。振られたあの子の方が傷付いてるだろうに自分の未練を捨てきれないでこんなものを作っているんだ。ホント、馬鹿みたいだ」

「…………」


 店主の話が途切れる中、その振った相手に心当たりが浮上していた。確か当時、人狼族の少年が人間に懸想し振られたという話題が上がっていた。その後も少年は思い出の岩場で月を見上げながら愛しき人への愛を遠吠えに乗せているだとか、その遠吠えの切なさに獣人の年上女性が母性本能を擽られ取り合いになったとかならないとか、だったか。その噂の人物が目の前の店主ならば、今も岩場で愛を叫ぶ少年に合わせるのも面白そうだ。

 その後も店主の話は獣耳の魅力や美少年の臍等、己の性癖暴露大会へと発展していく。まるで自己嫌悪を拭おうとしているかの様だ。


「……と、まあ、だから私はこれを作っている訳だ」

「成程、な。一先ずフィーネとエルナ嬢ちゃんの付けてるこれにグローブセット追加と狐セットをくれ」

「グローブもか、出来るねぇ。首輪は?」

「束縛ってのは趣味に合わんのさ」

「そうか、そういった考え方も有り、だね」


 振った少年の話題はこの一件が終わってからでも良いだろうと判断し、取り敢えず買い物を優先させる。それぞれのセットは中々値が張った。


「じゃあな店主。次は酒でも飲もう」

「ああ、君となら美味い酒が飲めそうだ」


 背中にへばり付いているフィーネとエルナ嬢ちゃんをそのままに俺達は店を立ち去る。それを見た聴衆が店頭に殺到した。



 翌日。

 帝都での観光も終り帰り支度をしている時、俺達はその暴風の様な男と遭遇した。


「な、なな、何だってえぇぇぇぇ!?」

「うぉっ」

「うわっ、大きな声!!」


 宿屋の前、朝も早くに俺達は荷物を纏めていた。街に戻ったら売る品物や個人的な戦利品を仕分けする商人達は楽しそうで忙しそうだ。そんな光景を俺とフィーネ、それからエルマー氏が眺めている時、その絶叫は響いた。含まれる感情は驚愕と悲哀と言った所か。悪意は感じられないが、護衛という仕事をやっている以上身の回りの異常は調べなければならない。


「フィーネ、後方で待機しろ」

「しかし……」

「万が一エルマーさんや商会の商人達が狙われたら解決家失格だ。いいな?」

「……はい、承りました」


 フィーネが頷くのを確認し、俺は壁に立て掛けていたカットラスを腰に下げると宿屋の大玄関を開け外へ出た。

 外では商会の商人と仕立ての良い服を着た男が言い争っていた。正確には商人へと男が詰め寄る感じだ。周囲を見回すと鐙に豪華な装飾が施された白馬が有る。男はそれに乗って移動してきたのだろう。詰め寄る物腰、腰の洗練された装飾を持つ宝剣とでも呼ぶべきサーベル、おそらく貴族だろう。

 相手が貴族と言うのは非常に厄介だ。奴らは階級社会において絶大な権限を所持している。高貴なる者の義務を順守しているなら何も問題ないが、そんな貴族は全体の十分の一程度だ。


「コマが売り切れだって!? 今すぐ作れないのか!!」

「無茶言わんでくださいよ、あれって東方から流れてきた商人と交換したモノなんですから。ウチの商会だってまだ生産ノウハウが確立してないんです!!」

「くっ、馬鹿な、あれだけ素晴らしい玩具がっ……」


 この貴族、どうやらコマを評価している様だ。悔しさを噛み締めた表情は今にも叫び出しそうである。しかし、この貴族はコマの情報を一体どこで手に入れたのだろうか。貴族と言う人間が一般の市場、まして自由市場に顔を出す等考えられない。だとすれば、従者が購入したモノを貴族が試し、その面白さを舞踏会なり茶会などで自慢されたといった所か。


「うん? あれは……」


 貴族の後方にある建物の角で子供達がコマをぶつけ合い楽しそうに遊んでいるのが見える。下手をすればこの貴族が子供からコマを取り上げるかも知れない。その様子を想像し、そして腸が煮えくり返った。貴族とはそれを易々と出来る権限と人間性を持つ者が多い。そうなった場合、どうするか。俺には殴らずにいられる自信が無い。


「っ!! そこの君達!!」

「気付きやがったか!」


 コマ遊びを見つけた貴族が子供達の方へと寄って行く。その動きが予想以上に速い。どうやら腰のサーベルはただの飾りではないらしい。そのサーベルを抜いたら即座に割って入れるようにこちらも駆け出す。

 詰め寄られた子供達は豪華な服を着た男の急接近に竦み上っている。そして何をされるか解らないが故に動かないでいる。


「そ、そのコマは君たちのモノか?」

「う、うん」

「良かったら、譲ってくれないか?」

「っ!」


 譲ってくれないか。

 その言葉に子供達は固まる。言葉自体は提案的要求であるが男の持つ権力はそれを命令に仕立て上げる力を持っている。そして子供の内年上の方がそれを貴族の男へと差し出そうとする。その表情は暗く、そして深い悲しみに満ちている。


「ま、待て。何故君はそんなに泣きそうなんだ?」


 その子供に対し、貴族の男が焦りながら聞いた。差し出そうとした子供はもう一人の子供と顔を見合わせその理由を語りだした。


「……僕は、僕達は兄弟で、それで家の手伝いしてお小遣い貯めて玩具買おうって話をしてたんだ。それで一昨日、玩具を探しに行ったらコマを見て買ったんだ。一生懸命頑張って、貯めたんです。だから、取らないでください!!」

「……そう、か」


 貴族の男は残念そうに呟く。その言葉には子供達への悪意と言ったものが感じられない。


「なら、それで楽しく遊ぶべきだ」

「……え?」

「君達が頑張って手に入れたのなら、それは君達が遊ぶためのモノなんだ。それを取ったりなんて出来ない。済まなかったね、軽々しく譲って等と言って。さようなら、仲良く遊ぶんだよ?」

「あ……」


 貴族の男は子供達の頭を撫でると振り返りその場を去ろうとする。と、そこで後ろに居た俺と目が合った。そして貴族の男が慌て始める。


「き、貴様見ていたのか!?」

「あ? あ、ああ、今時珍しいモノの分別が解る貴族だなぁと思って……」

「さてはこの情けない私の情報を使って脅そうと言うのだな!?」

「はぁ!?」


 前言を撤回する。厄介事と言う点において、この男は他の貴族と大差がない。


「そうはいかないぞ、私は脅しに屈しない!!」


 貴族の男はサーベルを抜きその切っ先をこちらへと向ける。それを見て、俺の思考が獰猛な色を見せ始める。いつ抜くか、どう踏み込むか、殺すか、殺さないか。様々な考えが頭を駆け巡った。


「抜け、決闘だ!!」

「おいおい……」


 突然舞い込んだ厄介事に後頭部を掻く。見た所悪い人間では無さそうだ。話が急で思い違いが有るのだ、ここは会話で解決と行こうじゃないか。


「まあ待ってくれよ、俺は別にアンタをどうこうしようなんて考えちゃいない。むしろ感心してるんだぜ? アンタの様な誇り高い貴族が居る事に」

「なっ!! べ、別に私が誇り高い事は貴族として当たり前だし、別に関心する事でも……」


 俺の褒め言葉に対し貴族の男はブツブツと何事かを呟きだす。断片的に聞こえる内容から嬉しさを抑圧しようとしている事が解る。何とも奇妙なモノだ、嬉しいのならば素直に喜べば良いのに。


「って、これは思考を誘導しての時間稼ぎ、いや世辞で誤魔化そうとしているのか!? そうはいかないぞ!!」

「……………………」


 悪い奴ではない。ただ、非常に面倒くさい。

 さて、どうしたものか。相手は貴族だ。決闘をして負かした場合、報復に来ないと言えるだろうか。コイツ自身は信用できそうな人間性を持ち合わせている。しかしその周りまでそうだという確証はない。また周りが許したとしても貴族社会の全体がこちらを狙う可能性がある。

 不愉快極まる。これだから人間の社会システムは嫌いなのだ。荒事を一つ起こしただけでその効果が何に波及するか知れたものじゃない。森ならば力を示す事は寧ろ通過儀礼として歓迎されると言うのに。

 ……今はそれを考える時ではない。どうするか。現状戦うのは不味い。戦わない事を目的とした場合、それに辿り着くには何が必要だろうか。人柄からして、この貴族の男は正々堂々とした戦いを望むだろう。その為にコイツは俺に対して抜けと言ったのだ。ならば、剣を持たなければどうだろうか。

 その考えの下、俺は腰のカットラスを鞘ごと抜き地面に放り投げた。貴族の男が戦える力を持っていたとしても、対応できる自信が有ったからの行動である。貴族の男の実力が俺と同等かそれ以上だったならばまず取れない手だが、人間の域を脱しない程度の力ならば十分に対応出来る。尤も、達人級の戦士ともなれば話は変わってくるのだが。


「どういう、つもりだ?」

「見たままだ、俺はお前と戦わない」

「侮辱しているのか!?」

「いいや違う、戦う理由が無いからだ」

「戦うに値しないと言うか!!」

「それも違う。俺はお前に危害を加えるつもりが無いだけだ。試しにそれで斬るなり突くなりしてみろ、俺は反撃しない。お前が俺を斬ろうと、俺はその剣を抜かない事を誓おう。何故ならば、俺は誤解を解きたいだけだからだ。高貴なる者よ、ここまでしても俺の言葉が信じられないか?」

「くっ……」


 貴族社会に関わらず、弱点を握られるという事は生命に関わる一大事だ。それが些細な事でも弱みに繋がるのが貴族社会であり、俺が嫌う文明社会のしがらみだ。貴族として生きる以上、この男もそれに囚われているのだろう。それ故に、一体幾つのやりたくない事を果たしたのだろうか、しがらみを捨てた俺には解らない。

 貴族の男は、切っ先を下げサーベルの刃を鞘へと仕舞った。


「……貴様は、何者だ? 得物を抜いた相手を前に己の武装を放るなど、正気の沙汰ではないぞ?」

「冷静になったようで何よりだ。俺はそこの宿にいる商会に護衛を務めてる解決家だ」

「商会、……ひょっとして、コマを売っていた商会の?」

「その通りだ。外ででかい声が響いていたから危険が無いか確かめていたのさ」

「そうか、……済まなかった。最近貴族社会内での謀略が多く気が気じゃなかったんだ、どうか許して欲しい」

「ああ良いさ、大事には至らなかったしな」

「良ければ、商会の主と話をさせて貰えないだろうか?」

「ああ、剣を抜かないって約束するならな」

「か、からかうな!!」


 カットラスを拾って己の腰に下げ、赤面する男を連れ宿屋に向かう。


「そうだ、名前を聞かせてくれ」

「俺はレイジだ、解決家のレイジ。以後お見知りおきを」

「宜しくレイジ。私の名前はベルンハルト。ベルンハルト・フォン・マクマハウゼンだ、以後宜しく」


 これが俺とベルンハルトの出会いであり、その後多く降りかかる騒動の始まりでもあった。



「ではエルマー殿、コマが再入荷したら一番に私の下へと届けてくれ」

「ええ、お安いご用です」


 宿屋の一角にて、エルマーさんとベルンハルトはコマについての商談を交わした。

 ベルンハルトはいつ入るのかと心待ちにしながら既にそわそわし始め、エルマー氏は貴族と関係を結べた事に内心ホクホクといった所だろうか。

 ふと、俺は懐を漁る。コマで思い出したが、そう言えば俺も一つ買っていたのだ。エルナ嬢ちゃんの腕の前に連敗続きだったが、遊戯としてはそれなりに楽しめるものだった。

 糸を巻きコマを回す。空気を擦る独特な音を出しながら回るコマは、描かれている模様が高速で回転する事により円を重ねた図形の様なモノへと変容する。

 視線を上げると、ベルンハルトが凄い形相でこちらを見ていた。


「レイジッ!!」

「お、おう」

「その、そのコマは何だ!?」


 そう言えばこいつはコマを欲しがっていたのだったか。ならば目の前で回す様はさぞかし恨めしい事だろう。コイツにコマを譲っても良いが、ただでくれてやったんじゃあ面白くもなんともない。殺気の面倒もある。ここは一つ娯楽に成って貰おうか。


「ベルンハルト、一つ試合をしようじゃないか」

「……試合?」

「おう。俺は解決家だからよ? お前も戦いの心得は有るようだし、売り込むなら実際にどれだけ出来るかを見て貰った方が早いと思ってな。商品は、こいつでどうだ?」

「……!!」


 コマを見せつけると表情が変わる。その表情がコイツも戦う者だという事の証拠になった。笑っていやがる。己の負け等微塵も見つめず、ただどうやって俺を打倒しようかと楽しみながら考えている顔だ。これは、想像以上に面白くなるかもしれない。


「乗った」

「そうかい。……フィーネ、行くぞ?」

「……はぁ、了解しました」


 つい先程潜ったばかりの大玄関から外へと出ると大通りを抜け広場へ出る。人の往来がある者の、見れば試合をやっていると一目で解るスペースの確保されているそこは試合に最適な場所だった。

 準備が整い俺とベルンハルトは同時に得物を抜き構える。ベルンハルトは半身に構え持ち手を顔の前に置いて切っ先をこちらへと向ける。それに対し俺は半身に構えカットラスを後方に構える。丁度身体が影になり得物が敵に見えない位置取りだ。本来ならばカットラスを前に構え、もう片方の手にある短剣を身体の影に隠す構えなのだが、カットラスを後ろにやるだけでも遣り辛いと考えたが故だ。


「両者、準備は宜しいですか?」

「ああ」

「おう」


 ストッパー兼審判役であるフィーネが告げる言葉に俺とベルンハルトは同時に返答した。


「両者とも勝利条件は相手の武器を落とす、若しくは相手を動けない状態に追い込む事です。では、始め!!」


 開始の宣言と共にベルンハルトが踏み込む。

 その速度は速い。足腰の筋肉は良い鍛え方をしたのだろう、バネの様に地を蹴り彼我の差は一瞬で詰められていた。

 突き出されるサーベルの切っ先は正確に俺の喉を狙っている。凡百ならばこの一撃で即死していた事だろう。


 カットラスの刃の根元にてサーベルの腹を叩き、その一撃を逸らす。


 だが、生憎ながらこちらも現役だ。この一撃で葬れる程安くは無い。

 突きを逸らし、そのままサーベルをカットラスで押さえ踏み込む。突きの勢いでベルンハルトの身体は前に進んでいる。踏み止まった所で制動距離は伸び此方へと突っ込んでくる。その殺しきれない勢いを利用し、こちらは肩を前面に構えタックルを行う。この際にカットラスからサーベルが離れない様に注意を払う事を忘れない。


 衝突。

 俺の肩がベルンハルトの端整な顔面を捉える。


 衝突の衝撃から後ろに仰け反り後退る。見れば鼻血も出ている様だ。その好機を逃さず、先程の返しとばかりに俺はカットラスを振るう。狙いは勿論喉、首だ。しかし相手も凡百ではない。踏み込んだ時よりも尚早く跳躍しその場を飛び退く。

 先程始まった試合は仕切り直しの様相を見せる。


「……自信は有ったのだが、対応されるとはっ」

「年季が違うぜ、若造?」


 実際にベルンハルトの突きは見事なモノだ。踏込と突出しの速さは文句の付けようが無く、カットラスを十全に振り回せない場所ならば対応しきれるかどうか解らない。

 口の端が吊り上る。間違いようも無く、目の前のベルンハルトと言う男はヤリ手だ。備わる一撃は長い鍛錬を重ね己へ最適化した暴力だ。先程の一撃を繰り出すだけで、一体どれ程の工程を踏んだのか。それを考えると心を逆撫でする様に愉快さが湧き出す。

 そして、目の前の暴力を更なる暴力にて塗り潰そうと思考が勝手に走り出す。良い調子だ、血が煮え滾る様な錯覚は非常に心地良い。

 ベルンハルトは踏み込まない。こちらの出方を見計らっているのだろうが、それが次はそちらの番だと言外に挑発している様に思えてならない。

 面白い。ならばこちらから行こうじゃないか。


「行くぞ」

「来いッ!!」


 戦法は先程のベルンハルトが使ったモノと同じだ。高速の踏込から導き出される一撃。武器の特性上こちらは突きではなく薙ぎになる為防ぎやすいだろうが、ならば相手よりも早く攻撃を繰り出せば良い。


 踏込み、既に間合い。


 カットラスをベルンハルトの首へと叩き込もうとしたその時、俺はベルンハルトの眼を見てしまう。

 その眼は俺の動きを全て観察していた。視線が離れる事は一切無く、全身を余す所無く観察されているのだ。俺の速度は奴よりも速い。それにも拘らず奴の眼はその速度すら捉えて見せた。


 薙ぎに不可欠である腕の回転運動。

 それが始まる前にベルンハルトが突きを繰り出す。


 驚くべき事に、こいつは受け身でありながら先手を打って来たのだ。狙いは薙ぎという攻撃手段を選択した為に無防備に曝されてしまった俺の肩、若しくは二の腕だ。薙ぎが回転運動である以上、腕の勢いを削がれたならば一撃は成り立たず霧散する。

 なんて奴だ。ベルンハルトはあくまで理性的に、己よりも速いこの俺を見極め、臆することなく一瞬にも満たない攻撃の隙を突いたのだ。


 地にある足を踏ん張り、状態を倒す。ベルンハルトの突きこそ逃れたが、今度は俺が己の速度を御しきれない。転げそうになる足で更に地を蹴り、ベルンハルトの後方へと逃れる。体制は無様なモノだ。着地も侭ならず俺は地面を転げる。レザージャケットが砂に塗れ、摩擦で頬の皮膚が擦り剥ける。


 ベルンハルトは地を転がる俺を高い視点から見下ろしている。その視線は冷徹極まるモノだ。日常で見た明るい好青年の貌は其処に無くい。ベルンハルトの意識が戦闘へと最適化されていた証拠だろう。

 これが、この眼こそが恐らくベルンハルトの真骨頂だ。俺はそう確信した。

 どうする。

 俺は燥ぎだした頭で対応策を考える。奴は恐らく人狼の速度すら見極められる人間だ。ならば速さに意味は無い。しかし速さに意味が無いのなら、俺は先手を取る戦法が封じられた事となる。出来るとすれば試合の始めに行われたカウンターか。だが忘れてはならない。必殺でもない限り、一撃を与えたという実績はその戦法が対策されている事を常に示唆する。第一、突きと言う攻撃手段は防ぎがたいモノだ。斬りの様な線ではなく点である突きは、相手の手元の動きに対する集中力が必要となり、その他の動作が疎かに成りやすい。中には突きを張ったりとして使い別の手段で攻撃する輩もいる程だ。

 ならばカウンターも使えまい。俺は更に思考の引き出しを引っ繰り返す。対策を考える間にベルンハルトが踏み込まないと言う保証はないのだ。建策は内容も大事だが、この場合優先すべきはその速度である。

 立ち上がり、ベルンハルトと対峙する。転げた際に出来た擦り傷から血が滲んでいるのか、それとも汗か、俺の頬を液体が流れた。


「体力の消費は貴方の方が高そうだな、レイジ」

「へっ、一丁前に吠えやがる」


 俺は、カットラスを正面に向けて構える。先手か迎撃かを考え答えは決まった。俺は正面の構えから迎撃の構えへとカットラスの運用法を変えた。俺はベルンハルトの迎撃に対し無様を曝した。何回か頭の中で先程の状況を再現するも、地面を転げるよりも優れた解を見出せなかった。ならば相手の攻撃を受け止めた上で弾き返すしかない。俺より速い奴と戦った経験など五万とある。やってやれない事も無い。


 手首のスナップを利かせ、カットラスの刃をぐるりと回す。


 冴えて来た頭がとある策を思いついた。その型破りさに苦笑しながら相手を俺の間合いへと誘う為言葉を発する。


「……俺は待ちに入るぜ? 次の攻防で俺のカウンターを抜けられたのなら、お前の勝ちだ」

「ッ、そうか、次で最後と言う訳か」

「不服か?」

「いや、それでこそ、面白い」


 俺の言葉に笑みを以て返答するベルンハルト。良い笑顔だ。爽やかで潔い、戦士に相応しい笑顔とはこの様なモノを指すのだろう。

 ベルンハルトは直立し両手でサーベルの柄を握り、それを己の胸元に掲げた。切っ先が真っ直ぐに天へと向かい、刃が陽光を反射する。眼を閉じるベルンハルトは敬謙な信仰者の祈る姿を彷彿とさせる。それは、恐らく誓いだ。次の交戦にて俺を打倒すると言う勝利の誓い、それを己へ課しているのだ。

 素晴らしい。上等にも程が有る。

 帝都の調査で始まったこの出会いは、俺に強い戦士を紹介してくれた。なんと幸せな事だろうか。これ程の戦士と果たし合える現状に対する感動が俺の心を満たす。その感動のままに、柄を握る手に力を込める。


 そして、ベルンハルトが踏み込んだ。

 その速度は速く、何もしなければ瞬きの間にも突きが繰り出されることだろう。故に俺は、それをさせない為に、カットラスをベルンハルトに向かってぶん投げた。


「なッ!?」


 高速に成れば成る程、制止は難しいモノとなる。そして現在、ベルンハルトは回転しながら突き進むカットラスへ自ら突進している状況だ。この時点でベルンハルトの取れる手段は二つ、カットラスへ攻撃する事での防御か、その場から飛び退く回避だ。

 それを念頭に置き俺も突進を開始する。


「く、オォッ!!」


 ベルンハルトは回避行動を取った。

 真横への跳躍は元の進行方向への勢いと合わさり斜め方向へその身体を流す。避けられたカットラスは虚しく大気を切り裂き後方へと飛んで行く。ベルンハルトは滞空している。体制は殆ど地面と平行に成っており、それこそが奴の隙と言えた。

 その隙に飛び込む様に前へ。驚くベルンハルトの貌にニヤリと笑いながら踏み込む。


 ベルンハルトが崩れた体制のまま突きを繰り出す。しかしその速度は遅い。限りなく必殺へ迫った一撃は、踏込み、突進、刺突と身体の筋肉を十全に使えなければ発揮出来ないモノだ。空中に居るベルンハルトには踏込が無い。踏ん張りによる力の加算が無い今、その一撃は鈍らと化したのだ。

 見切り、その一撃を避けベルンハルトの腕を掴む。その先を悟ったのだろう、ベルンハルトは来る痛みに覚悟し顔を顰めている。後はベルンハルトを投げ飛ばし動けなくすれば、この勝負、俺の勝ちだ。


「――――そこまで」


 だと言うのに、フィーネがここで勝負を止めた。


「この勝負、マスターの負けです。……あちらをご覧ください」


 俺とベルンハルトは同時にフィーネへと疑問の視線を投げかけ、言われるがままに指示された方向を見た。そこには、俺の投げたカットラスが地面へ深々と刺さっていた。

 ……まさか。


「開始時に宣言した通り、マスターが武器を地面へ落としたためベルンハルトさんの勝ちです」


 そうだ、これは試合だった。

 ベルンハルトとの戦いが楽しい余り、俺は本格的に戦闘を行っていた様である。成程、この勝負は俺を本気にさせた時点でベルンハルトの勝ちだったのだ。そう考えると笑いが込み上げてくる。


「ふ、ふくくっ、な、何て間抜けな負け方だよ」

「え? あ、え……、…………えぇぇ!?」


 ベルンハルトは漸く状況が呑み込めたのか素っ頓狂な声を上げる。それが面白くまた笑いが込み上げた。何とも、面白い男だ。

 地面に転がっているベルンハルトへと手を差し出す。


「ほれ、立ちな」

「あ、ああ、ありがとう」

「で、どうだった?」

「……ああ、とても有意義だった。何か問題があれば君達に頼む事としよう。その時は、引き受けてくれるか?」

「ああ、優先して引き受けてやるさ」


 握られた手を引きながら言葉を投げ掛ける。俺は将来のお得意様候補をゲットした。


「そ、それで、その……」

「ああ、ほら、フィーネが景品を持っているから受け取れ」

「!、ああ!!」


 ベルンハルトは燥ぎながらコマを手に取る。その顔は遊び道具を買って貰えた子供の様に輝いていた。



 結局その日は夕方になった為、帝都にもう一泊する運びとなった。そしてその翌日事態は急変する事となる。


「ようレイジ」

「……シルム、か。窓から入ってくるなと何度言えば解る?」

「悪いがその話は後にしてくれ。協会から依頼が有る、今噂の召喚師についてだ」


 夜中の宿に乱入したシルムが告げる。召喚師に対する依頼に興味がそそられるが、生憎今は仕事中なのだ。エルマー氏の商会は切っても切れない関係であるし、第一一度受けた仕事を放棄しては信用問題に関わる。


「しかし、俺は仕事中だぞ?」

「護衛依頼だろう? それなら俺と俺の部下が引き受ける様に手配した。それよりも帝都が不味いんだ」

「……どう、不味い?」


 鬼気迫るその様子は事の重さを俺に伝える。この飄々とした男が焦る事など先のクライムドラゴンくらいのモノだ。


「召喚師が動き出した。奴の狙いは恐らく帝都の貯水地区だ。生活用水をダメにして王国の兵士共を招くのが目的だと思われる」

「王国? その召喚師は王国に属するのか?」

「所属は解らん。だが協会の情報部が帝都の遥か北に王国軍の国旗を発見した。この状況なら間違いない!!」

「……それで召喚師は?」

「ゴーレムの肩に乗り貯水施設へと向かっている。帝国所属の召喚師は牢屋の中で魔法使い部隊が奮戦しているがおそらく効果が無い」

「…………そうか、解った」

「じゃあ!?」

「ああ、商会の護衛任せたぞ?」

「解った、行ってくれ!!」


 寝床から飛び起きレザージャケットを羽織る。同じく飛び起きたフィーネが机の上のベルトをこちらに渡す。ベルトに付属するポーチには魔法の封入されたカードがぎっしりと詰まっている。召喚師が相手ならば何が有っても不思議じゃない。手札は多い方が良い。


「フィーネ、覚悟は?」

「聞くまでも無く、貴方と共に」

「上等だ。――――魂食み」


 フィーネの魂が俺の中へと流動する。手を握り開き融合の感触を確かめるとその手の中に魔剣アルト・シュメルツを顕現させる。

 そして俺達は夜の帝都へと躍り出た。

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