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時系列は本編終了から数日後です。
鼻歌交じりに柔軟体操をし、うきうきした気分で剣を振る。
獣神剣聖アルバ・フェブリの唯一の弟子(少々これは間違いだが)にして現剣聖の最強の一角…………の一人、名をリュティオーネ・スゥバァ・アッディ・アースルヴァイツという「女人」である。
もはや十年の年月により他の剣術は廃れていったが過去にいた剣聖の中に獣人の剣を女人の手で振った例は他にないという…………。
今日も今日とて女であるということから安易に剣聖の座を奪えるとばかりに襲撃してくる魔法剣士を彼女は酷く面倒がって千切っては投げていた。魔法剣士たちは現在、人間であり、過去の魔族としての感覚が抜けきらずに中途半端な魔法を使い、魔法を無効化する彼女にあっさり惨敗するのだった。
「獣神流剣聖、リュティオーネ殿とお見受けするっ!覚悟っ!」
「…………何時の時代の侍なのかしら。とりあえず私の弟が貴男を斬りつけにかかっているわよ?…………女言葉が似合わんな、止めよう」
もう一人の獣神剣聖、リュディトゥ・スゥバァ・アッディ・アースルヴァイツの存在もまたそこにあった。先程の「一人」というのには訳があり、最近まではリュティオーネとリュディトゥは同一人物であったからだ。今は双子の姉弟であるが。
その剣聖弟、リュディトゥも勿論最強の一角の剣聖であり、同じく獣神剣聖の名を持っていた。だがその鮮やかな剣筋や悠々たる態度に殆どの者は気後れしてしまう。いくらそのリュディトゥの姉と言おうとも女の身、しかもリュディトゥと違って穏和な微笑みと花の似合う少女めいた剣聖の方が余程勝てそうに挑戦者には見えたのだった。だが、それは大きな間違いであるのだ。
穏和な微笑みが本当に似合うのはリュディトゥの方、花を愛ではしないが室内で優雅に過ごす方を良しとするのもリュディトゥの方なのだ。
対して見た目だけは可憐な野薔薇であるリュティオーネの本性はかの有名なアルバ・フェブリを超えた猛り狂う闘争心の持ち主だった。
アルバ・フェブリは獣人であった為、差別によって当時リュディトゥであった彼しか教えなかった。その為獣神流の継承者は彼らを除いていない。だが、鋭く、素早く、攻撃は重く…………素晴らしい所しか見当たらない獣神流の教えを請いたい者はこの世に存在した。だが彼らのプライドは高すぎた。口々に彼らは言う、「女に獣神流が使えるものか」…………と。そしてリュティオーネの弟に請う、その教えを。そして実力を証明するために彼の姉に挑むのだ…………挑戦を。
彼らはリュティオーネに剣を向けてなお気付けない。一見、虫も殺せないような女は剣聖リュディトゥを超える剣の達人であると。そして彼らは身に刻まれる。リュディトゥの「シスコン」ぶりを。
リュティオーネに挑んだ剣士はこう語る。リュディトゥという剣士に背中から斬られるから止めておけ、と。そしてそのリュディトゥを平手打ちに出来るリュティオーネは最強である、と……。そして、運良くリュティオーネの剣を受けた者は幸か不幸か。その鋭い剣に、その重い剣に、その華麗なる技にあっという間に沈んでいく。
「またやってしまうのか」
「ティオの手を煩わせる程でもないと思うな……弱いし、昔のオラン位あってもいいほうじゃない?」
「オランを舐めすぎだな、そこまで弱くない筈だ」
血に倒れた男を前に、結局振らなかった剣を仕舞うリュティオーネはやや残念そうな顔をしていた。
「最近はこういう輩が減ったというのに……リュートはいつも私の楽しみを奪う」
「弱者を甚振る趣味でも出来たの?」
「まさか」
心外だとばかりに大げさに首を振った剣士は楽しそうに笑った。
「そろそろ私は『剣聖』の座が邪魔になってね」
そして、大きな爆弾を落としたのだった。
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「政略結婚でもしないとそろそろオランの立場が悪いらしいよ」
「そういえば私も政略結婚でもしないと貴族共の目線が鬱陶しくなってきたな」
ふと思い出した、といわんばかりにリュティオーネがリュディトゥの話に口を出した。それを聞いてリュディトゥはぎょっとして姉を見る。
「ま、まさかオランと結婚するとでも言うんじゃないだろうね……?」
「あぁ、それはない、絶対にだ」
きっぱりと、はっきりと言い切った姉に安堵した弟は少し言い切られた友人を哀れに思った。二十年は男であった姉だが、その前、自分が生まれる前には姉は間違いなく女であったのだから。
「立場的につり合わない、オランがいいという訳がない、売れ残りの女よりいい人はいる、剣聖なんて称号は王家には邪魔だ……ざっとこんなもんか。あと私に魅力がない」
「いやいやいや!」
リュティオーネの自分を卑下する発言にリュディトゥは慌てた。そうではない、言いたかったのはそうではないのだ。
「つり合わないってことはないよ、侯爵家が王と結婚するのは普通だって。それに……うん。姉さんがいたら未来永劫オランに護衛はいらない」
「…………ありがとう、優しいな。だがそれ以前に本人が嫌だろうからな」
「俺が聞きたいのは姉さんの方だよ!」
ひょうひょうと掴みどころのない姉に痺れを切らした弟は叫ぶ。普通侯爵家の息子が中庭で叫んでいたら使用人の一人や二人が飛んできそうなものだがアースルヴァイツ家にとっては叫ぶなぞ日常茶飯事で誰も来ないのだった。勿論、緊急事態であれば何故か図太い使用人たちも飛んでくるのだが…………何で見極めているのかは永遠の謎だろう。
「……ん、何だ…………私の方か」
「そうだよ……オランなんてぶっちゃけ無理やり丸め込めばいいんだ、どうせ俺たち同じ部屋で寝てたし……オランに蹴られたし」
「あぁ、あれは良い訓練になったな……ルチェの蹴りも痛かったが」
「ルチェの顔に痣を作ったこともあったね……って違うよ!」
姉弟の微笑ましい会話に近くを通りがかった使用人たちは足を止めて生暖かい目線で二人を眺めているのを気にせず押し問答は続く。片方は鈍感すぎ、話が続かない。そして片方は少し考えが甘い。その鈍感な姉は遠回しな言い方ではどうにもならない。もっとはっきりと言わなければならないのに気づかないのだった。
続きます。幾つか続いてその都度完結していきます。




