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「それから……、もう一つ報告しなければならない事が……。実はサウゼンの街を繋ぐ大階段の麓にある桟橋を、壊してしまったんです。……リーネ河をいかだで下ってきたものですから」
「桟橋を……、いかだで……」
ハーブルの眼が一瞬、丸くなったかと思うと、彼は口に手をあてて笑い出した。指の間から、可笑しそうな声が洩れる。
「それはいい。それは……、大冒険をなさったんですね」
まるで幼い子供に向かって言うような、おどけた口調に、ナルシアはギョッとした。
「あの……、怒ってらっしゃらないんですか?」
てっきり、いい顔はされないと思っていたナルシアは、ハーブルの反応を意外に感じた。
「怒る? 誰にでも失敗はありますよ。壊れたのなら、修理すればいいだけの事です」
ハーブルはナルシアを振り返り、優しげに微笑むと、どこか悲しげに呟いた。
「あなたは、人を許したり、許されたりする事が、ほんの少し苦手のようですね」
カチャリ、とノブの回る音がして、城内への戸が開かれた。
通路を抜け、階段まで戻ってくると、二人は一階へと降り始めた。
「あなたが背負う、アヴェルガ家の重圧は大変なものだろうと思います。私に出来る事は微小なものです。ラトニウスの書記が、少しでも力添えになれたなら良いのですが」
「はい、読まさせて頂き感謝しております。しかし…、驚きました。書記について、父から聞いておりましたが、あんなにも知られざる史実が書いてあるなど思ってもみませんでしたから」
「そうでしょうね。私も、はじめて眼を通した時には驚きました」
淡々と答えるハーブルに、ふとナルシアは思いついて聞いてみた。
「そう言えば、何故あの書記を世に発表なされないのですか? あれは、歴史的に重要な文献でしょう?」
すると、ハーブルは少し驚いたように、眼を細めた。
「ナルシア様は、お知りになられてなかったのですか……? あれは、アヴェルガ王家に保管するように頼まれたものなのですよ」
今度は、ナルシアが驚く番だった。
「そんな……、まさか。アヴェルガ家が?」
「いえ、本当の事です。十年程、前になりますか。私はグラハム様に、書記の原本と、その訳本を聖堂図書館に収めるよう頼まれました。決して世に出す事の無いように、と。グラハム様から、何も聞かされていなかったのですか?」
ナルシアの胸が、重く沈んだ。焦がれたように、心がひりつく。
大切な事は、教えてもらえない。いくら、頑張ったとしても認めてもらえない。いくら、手を伸ばしても握り返してもらえない。
「きっと……、祖父は、精霊の声を聞く事の出来ない私に、がっかりしていたんだと思います。いつも、きつい事ばかり言われました。だから、何も教えてくれなかったんでしょう」
顔を強ばらせながら話すナルシアに、ハーブルは優しく首を振った。
「それは、違うと思いますよ。私は、グラハム王の若き頃を知っておりますが、ナルシア様はその姿に、とても似ておいでです。きっと、ナルシア様と自分を重ねて見ておられたのでしょう。期待されておられたからこそ、厳しい接されたのだと思います」
「そう……、なのでしょうか」
わからなかった。誉められた事など、一度も無い。冷めた眼に、闇の中へ突き落とされたような、みじめな気持ちになる。
「だけど、私には自信がないのです。私に、人を率いていく才覚があるとは、どうしても思えません。私は、祖父のようにも、父のようにもなれない」
ナルシアは拳を握りしめた。
「僕は……、弱い人間なんです」
ハーブルはナルシアを見ると微かに笑みを浮かべた。
「少し、昔話をしましょうか」
遠くを馳せるように、ぼんやりと眼を這わせると、ハーブルは言った。
「実は、私はナルシア様とお会いするのは、これが初めてではないのですよ」
ハーブルの切り出した言葉に、ナルシアは驚いて眼を丸くした。




