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「ラトニウスの書記は、地下に保管しております。取って参りますので、そちらにお掛けになって、お待ちください」
ハーブルはそう言うと、階段の奥へと消えていった。
棚の前に置かれた長方形の広いテーブルに腰掛けると、ナルシアは辺りを見渡した。
すえたような、甘いような古書の香りが漂っている。何千、何万。一体、どの位の数の本が貯蔵されているのか、見当もつかない。
ハーブルが戻って来るのに、時間はかからなかった。彼は、階段を登ってくると、ナルシア達の前に立った。
テーブルの上に、一冊の本が置かれる。
赤い背表紙に、金文字。古代書というだけあって、どれだけボロボロになった本かと思っていたが、予想に反して、新しいものだった。
「これが、ラトニウスの書記ですか……。ずいぶんと綺麗な状態なのですね」
「これは原本ではありません。ラトニウスの書いた物は、古代文字で記され、ずっと長い間、解読されずにいたのです。それを、今から五十年ほど前に、ロード・ガルナ賢者であるトラル・ガロウェイ様が解読された。これは、その訳本です」
賢者トラル・ガロウェイ。その名に、ナルシアは顔を上げた。
「トラル様が……」
パロディアスが驚きの声を上げる。弟子である彼も、また初耳のようだった。ラトニウスの書記じたいの存在を知らなかったのだから、それもまた当然の事だろうが。
「古代文字か……。俺達が知っている伝承は、脈々、受け継がれてきたものだろう? だから、詳細は省かれ、少しずつ歪んでいる可能性がある。ナルシア。早く……、それをめくってみろよ」
椅子に座っているナルシアの背後に、皆、集まり、本をのぞきこんでいる。
ナルシアは、表紙を開いた。
人々は、精霊を恐れた。
火は燃え盛り、風は渦を巻き、大地は割れ、水は全てを呑み込んでゆく。精霊達は、ラナテナを我が物とせんがために、終わりなき戦いを続けていた。
我々は、長きにわたりずっと、精霊の力に苦しめられていた。空を暗雲が覆い、世界は緩やかに滅亡への道筋を辿っていたが、我々には、どうする事も出来なかった。
ラトニウスの書記は、こんな言葉で始まっていた。
ナルシアは、知っている箇所は飛ばしながらページをめくっていった。
リンド・アヴェルガ。わたしと彼は同じ村に産まれた。過酷な環境ではあったが、私達は互いに助け合い、力を合わせながら共に育った。年の近かった私達は、まるで兄弟のように仲が良かったものだ。
人間は、精霊の力の及ばない場所に住み、かろうじて生き延びていた。だが、確実に生命は死に絶えつつあった。
だが、ある時、我々に転機が訪れた。
我々の村に、゛セレン・ゼルプレスト″と名乗る娘が現れたのだ。
セレンは、不思議な力の持ち主だった。
神降ろし。
神を、その体内に宿し、神託を告げる巫女。彼女は自分の事を、そう称した。
彼女は言った。
神は、人間に精霊を裁くよう望んでいると。
だが、我々は半信半疑だった。
セレンの力は、告げる言葉は本当なのか? 真実ならば、何故、神は人間を選んだのか? 我々には、何の力も無いのだ。あまりに強大な精霊達に、敵うはすもない。我々がそう訴えると、セレンは人間に力を与えると言った。
神の力、゛光の剣″を。
我々は、彼女の元へ集められた。
そして、彼女が眼を閉じると、不思議な事が起こった。
何も持っていなかったセレンの手に、光輝く剣が現れたのである。彼女は、一人の男の前に立つと、それを彼に渡し言った。




