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ナルシアがそう言うと、ハーブル法王は、何故かクスリと口元に笑みを浮かべた。ナルシアが不思議そうに見ると、ハーブルは、ますます可笑しそうに眼元を緩ませた。
「いえ……、お気になさらずに。しかし、わざわざアーク・レイにまでお越しになられるとは、どうかなされたのですか? こんな辺鄙な所まで来るのは大変だったでしょう」
ハーブルの言葉に、ナルシアは切り出した。
「その事なのですが……、ハーブル法王閣下にお願いしたい事情があって参りました。実は……、ラトニウスの書記を見せて頂きたいのです」
すると、ハーブルは予想もしていなかった事なのか、驚愕したように眼を見開いた。
「ラトニウスの書記を、ですか?」
「えぇ。父に聞いた事があります。アーク・レイの聖堂図書館にラトニウスの残した書記があると。私は……、何故、光脈が暴発し、精霊が消滅してゆくのか知りたく思っています」
その申し出に、ハーブルはためらうかのように口を閉ざした。
「どうか、お願いします」
ナルシアは、頭を下げた。その姿に、ハーブルは静かに尋ねた。
「あれは、古代に書かれたものです。それでも、あの書物に手掛かりになるものがあると、そうお考えになられているのですか?」
「ラトニウスは、精霊と戦った光の騎士団の一人です。精霊と対峙した彼なら、我々の知らない゛何か″を知っている可能性がある。それに……、私は精霊の声を聞くことも出来ず、光脈について何も知りません。これしか、他に道はないのです」
「そうですか……。あれは、門外不出の文献として、聖堂図書館に保管してあるものです。ですか……、ナルシア様になら、よろしいでしょう」
その言葉に、ナルシアはほっとして顔を上げた。
「どうぞ、こちらへ。聖堂図書館まで案内致しましょう」
法王に促され、一行は部屋から出た。
回廊は、薄暗い。ガラスがなく板戸の付けられた窓は開かれているが、そこからのぞく光は僅かなものだ。
アンダルフィンの時代から使われているのだろうか、城は古代的な造りをしていた。
城の二階にある通路をぬけると、ハーブルは小さな戸の前に立ち、それを開けた。
大量の日差しが溢れ出してくる。どうやら、渡り廊下へ出る勝手口だったらしい。
「あれが、アーク・レイの所有する聖堂図書館です」
橋のように掛けられた廊下の先にあったのは、図書館というより塔だった。一見して、本が貯蔵されているようには思えなかっ た。
「あれは、もともと見張り塔として使われていたのですが、先代の時代に図書館として改装されました。書物の保存には、日光は対敵ですから、窓がほとんど無いあの塔が使われる事になったのです」
「窓がない? それでは、中は真っ暗なのでしょうね」
ナルシアがそう言うと、ハーブルはいたずら気に眼を輝かせた。
「それは、入ってみればわかりますよ」
図書館の入り口は、頑丈な厚みのある鉄の扉で遮られている。
ハーブルは懐から鍵を取り出すと、それを開けた。
淡い、青の灯り。まるで海の中にでもいるような幻想的な色彩が、塔の内部を照らしていた。
「これは……、何の光なんですか?」
太陽光でも炎のものでもない、不思議な輝き。
「アーク・レイには幻陽虫という、自ら発光する虫がいるのです。この図書館では、昔からランプの代わりに、その虫が使われているんです」
さぁ、どうぞ、中へお入りください。その言葉に、ナルシアは足を進めた。
ぐるりと円状になった部屋に、本がみっちりと詰まった棚が並べられている。床の中央には穴が空いており、そこから上下へと続く階段が取り付けられていた。




