7
桟橋の網目状になった柱に、大穴が空いている。崩れた筏は引っ掛かり、その合間を木片が流れていった。
「あーあ、どうするんだよ。弁償させられるぞ」
冷ややかな眼で、ロックはカルテロを見た。流石にカルテロも、口を詰まらせる。意地悪く言うロックの腕を、ナルシアは肘でコツいた。
「気にするな、カルテロ。僕が、ハーブル法王に掛け合ってみるよ」
ナルシアがそう言って微笑むと、余計に責任を感じたのか、カルテロは縮こまり項垂れた。
半分、崩れた桟橋の端を渡り、中央まで来ると、ナルシアは階段の先を見上げた。薄く黒い鉄板が、延々と連なっている。段差の合間は吹き抜けており、足を下ろすと小気味良い音が響いた。
カン、カン、カン、とリズムを刻むに連れて、リーネ河で冷やされた身体が再び熱くなってくる。何枚もの鉄板を踏む度に、足に疲労がたまってゆく。屈強なカルテロでさえ、苦しそうに息を吐いた。
「何も、あんな場所に街を造らなくても 良さそうなもんだがな」
「アーク・レイの人間というよりは、祖であるアンダルフィンが奇抜な考えの持ち主だったのでしょう。しかし、理にかなっているところもありますよ。上の荒野からは、ネズミがえしになっているため降りられず、峡谷を迂回するルートを取らざるを得ない。アンダルフィンの時代は飛行船などありませんからね。侵略対策としては有効です」
「だが、これでは外へ行き来するのも大変だろう」
「アーク・レイは外交の少ない閉ざされた国ですからね。出入りする必要があまり無いのでしょう」
そうこう話しているうちに、階段は途切れた。
眼の前に、綺麗な街並みが広がっていた。石畳のひかれた路面の上に、白やベージュにコバルトブルーなどの淡色を基調とした建物が並び、街の外観は整然と統一されている。清潔な匂い。静かだが、感じる人の住む気配。荒野に慣れた眼に、強烈な違和感が走った。
とても、自分が今、岩石の上に立っているとは信じられない。不思議な光景と奇妙な感覚に、ナルシアの瞼は瞬いた。
「サウゼンは城の城下街になっています。マグリー城は、岩石の頂上にあるようですよ」
パロディアスは、世界地図とは別の、小さな地図を取り出すと言った。彼の案内に従って、一行は歩き出した。
街路樹の並ぶ坂道を登っていると、途中、住民達とすれ違った。民族衣装だろうか、羽付きのバンドを頭に巻き、真っ白な筒のような上下の繋がった服を着ている。旅人が珍しいのか、日に焼けた顔に驚きを浮かべて、こちらを見ていた。
頂上に着くと、閉ざされた門扉が城を囲んでいた。ナルシアは進み出ると、近くに立っている門兵に話しかけた。
「私は、エンリト国第一王子、ナルシア・アヴェルガと申す者だ。ハーブル法王との拝謁を願いたいのだが」
「ナルシア……、アヴェルガ様ですか……?」
兵士は口ごもった。彼に表れていたのは不審でも疑惑でもなく、戸惑い。ナルシアは身分証など持っていない。だが、ナルシアの眼がその有無を言わせなかった。黄金の瞳。それこそが、皇子としての身の証。
兵士は驚きを浮かべながらも頷いた。
「では、上に報告して参りますので、少々、お待ちください」
こちらへどうぞ、と兵士に連れられ、彼等は門をくぐった。
客室へ通され、小一時間ほど待たされただろうか、暫くすると扉から一人の老人が現れた。
清潔に剃髪された頭に丸い黄色の帽子を被り、そろいの黄の服を着ている。彼は、皺だらけの眼元をくしゃくしゃにさせると、ナルシアに笑いかけた。
「ナルシア様……。部下からの知らせを聞き、まさかとは思いましたが……、よくぞご無事で……」
老人は、ほっとしたように一人ごちていたが、はっと気が付くと、頭を下げた。
「申し遅れました。私はアーク・レイを統治しておりますマチス・ハーブルで御座います」
その名に、ナルシアは座っていた椅子から立ち上がった。
「お初にお眼にかかります、ハーブル様。私は、エンリト国第一皇子ナルシア・アヴェルガにあります。突然の訪問、お許しください 」




