3
「すまない……」
だけど、見限られたくない。駄目な人間だと思われ、見捨てられたくない。漠然とした不安と焦燥が込み上げ、ナルシアはひくつく喉元を鳴らした。
俯くナルシアを、ロックはちらっと見ると、小さくため息を吐いた。
「あんた、他人の顔色ばっか窺って、疲れないか?」
ナルシアの肩が、小刻みに揺れた。
「荒野を歩いている間、ずっと体調が悪かったんだろう? きついのなら、きついと言えばいいじゃないか。無理をして、挙げ句の果てに倒れてまで……、何故、自分を押し込めようとするんだ?」
「僕は……」
言葉が淀む。苛ついた口調に、何も反論出来なくなる。ロックの刺すような、視線を感じた。
「何の夢を見てたのか知らないけど、あんた、うなされてたぜ」
ズキッと、頭が痛んだ。
――あんたは、俺を殺した男と同じなんだよ。あんたはそれに、自分で気付いているはずだろう? だから、あの時、剣を振りかざしたんだ。
ルカの声が甦る。
あの汚く下劣な男と僕が同じ? そんな馬鹿な……。僕は、ずっと正しい人間として生きてきたはずだ。英雄の子孫として。エンリトの皇子として、期待に答えるために。
ナルシア様、と呼ぶ声が木霊する。神の子と、ひたむきに信じる眼。
守って。救って。助けて。私達のために、レイダートの悪魔を! あなたなら……、あなたなら。
――精霊の声が聞こえない? 裏切り者。よくも、騙したな。役立たず。
お前なんか、いらない。
どうして、どうして、どうして! あなた達のために、僕は――この手を汚したのに。
あなた達の、ため? けど、本当は僕は……。
ナルシアは口を押さえた。止まったはずの吐き気が、込み上げてくる。
ぞわり。
皮膚の裏を、何かがざわつく。黒い影が、這うように蠢いている。
次の瞬間、ナルシアは吐瀉した。胃液が口元を濡らす。空っぽの胃がひくつく苦しみに、涙が溢れ出した。
うずくまるナルシアの姿に、ロックは呆れたようにため息を吐くと、呟いた。
「つくづく思うけど……、あんたって、本当に情けない奴だよな。世間知らずで、甘ったれてて、すぐに何かを出来ない自分を責める。人間は、立派で正しくて、善人でなければならないと思い込んでる」
ロックの冷えた言葉が耳を刺し、ナルシアは思わず拳を握りしめた。
「けど……。みっともない。格好悪い。無様で、泥臭くて、惨めで、卑屈で。それの、何がいけないんだ。あんたは、あんただろ。胸を張れよ」
ナルシアは、顔を上げた。
一点のぶれもない、真っ直ぐな眼差しが、自分を見ていた。迷いも、怯えも、不安もない。ロックの゛意思″が伝わってくるかのような、その瞳。誰に何と言われようと、何と笑われようと、揺らがない心。
どうしたら、そんなにも強くあれるのだろう。どうやったら、自分を信じる事が出来るのだろうか。
「けど……、僕に、そんな資格はない。僕は、たくさんの人を 殺したんだ。許される事じゃない」
涙が、頬をすべり落ちた。歯を喰い縛っても押さえきれない、情動が突き上がる。
「僕は、わからないんだ。何のために、剣を握っているのか」
生きるためなのか。それは、所詮、人を傷つけるものでしかないのか――。
振り返ると、いつも疚しさが追いかけてくる。クスリ、と一つ笑うたびに切りつけられたように、身が痛む。苦悶の形相を、血に塗れた手を、思い出すたび、心が千切れそうになる。




