表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天のカリカチュア  作者: 綾崎 伊志
 第7章 孤独
89/245

 3

「すまない……」


 だけど、見限られたくない。駄目な人間だと思われ、見捨てられたくない。漠然とした不安と焦燥が込み上げ、ナルシアはひくつく喉元を鳴らした。


 俯くナルシアを、ロックはちらっと見ると、小さくため息を吐いた。


「あんた、他人の顔色ばっか窺って、疲れないか?」


 ナルシアの肩が、小刻みに揺れた。


「荒野を歩いている間、ずっと体調が悪かったんだろう? きついのなら、きついと言えばいいじゃないか。無理をして、挙げ句の果てに倒れてまで……、何故、自分を押し込めようとするんだ?」


「僕は……」


 言葉が淀む。苛ついた口調に、何も反論出来なくなる。ロックの刺すような、視線を感じた。


「何の夢を見てたのか知らないけど、あんた、うなされてたぜ」


 ズキッと、頭が痛んだ。


 ――あんたは、俺を殺した男と同じなんだよ。あんたはそれに、自分で気付いているはずだろう? だから、あの時、剣を振りかざしたんだ。


 ルカの声が甦る。


 あの汚く下劣な男と僕が同じ? そんな馬鹿な……。僕は、ずっと正しい人間として生きてきたはずだ。英雄の子孫として。エンリトの皇子として、期待に答えるために。


 ナルシア様、と呼ぶ声が木霊する。神の子と、ひたむきに信じる眼。


 守って。救って。助けて。私達のために、レイダートの悪魔を! あなたなら……、あなたなら。


 ――精霊の声が聞こえない? 裏切り者。よくも、騙したな。役立たず。


 お前なんか、いらない。


 どうして、どうして、どうして! あなた達のために、僕は――この手を汚したのに。


 あなた達の、ため? けど、本当は僕は……。


 ナルシアは口を押さえた。止まったはずの吐き気が、込み上げてくる。


 ぞわり。


 皮膚の裏を、何かがざわつく。黒い影が、這うように蠢いている。


 次の瞬間、ナルシアは吐瀉した。胃液が口元を濡らす。空っぽの胃がひくつく苦しみに、涙が溢れ出した。


 うずくまるナルシアの姿に、ロックは呆れたようにため息を吐くと、呟いた。


「つくづく思うけど……、あんたって、本当に情けない奴だよな。世間知らずで、甘ったれてて、すぐに何かを出来ない自分を責める。人間は、立派で正しくて、善人でなければならないと思い込んでる」


 ロックの冷えた言葉が耳を刺し、ナルシアは思わず拳を握りしめた。


「けど……。みっともない。格好悪い。無様で、泥臭くて、惨めで、卑屈で。それの、何がいけないんだ。あんたは、あんただろ。胸を張れよ」


 ナルシアは、顔を上げた。


 一点のぶれもない、真っ直ぐな眼差しが、自分を見ていた。迷いも、怯えも、不安もない。ロックの゛意思″が伝わってくるかのような、その瞳。誰に何と言われようと、何と笑われようと、揺らがない心。


 どうしたら、そんなにも強くあれるのだろう。どうやったら、自分を信じる事が出来るのだろうか。


「けど……、僕に、そんな資格はない。僕は、たくさんの人を 殺したんだ。許される事じゃない」


 涙が、頬をすべり落ちた。歯を喰い縛っても押さえきれない、情動が突き上がる。


「僕は、わからないんだ。何のために、剣を握っているのか」


 生きるためなのか。それは、所詮、人を傷つけるものでしかないのか――。


 振り返ると、いつも疚しさが追いかけてくる。クスリ、と一つ笑うたびに切りつけられたように、身が痛む。苦悶の形相を、血に塗れた手を、思い出すたび、心が千切れそうになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ