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心臓がわしづかみにされたかのように潰れそうだ。痛い、苦しい。違うんだ、ルカ、聞いてくれ。僕は――。
「言い訳をしても、顔を背けても、耳をふさいでも、駄目だ。あんたは、誰のためでもなく、自分のために人を殺したんだよ。何人の兵士を殺したと思ってる? 苦しい? それで、いいんだ。あんたは、救われてはいけない。幸せになっちゃいけないんだ。そうじゃなきゃ、あんたに殺された亡霊達が報われないじゃないか」
血の海が、嵩を増していく。違う。僕が、沈んでいるのか。
白い手が、無数に海から湧き出てくる。死を呼び込むように、白い花が、水面上に花開く。そして、いくつもの手が、ナルシアの身体を一斉に掴んだ。ひっ、とナルシアは短い叫び声を上げた。
「可哀想だね、ナルシア。あんたは、もう逃げられない。この苦しみを、一生、背負うんだ」
ルカの顔が、消えていく。必死でもがくが、足を絡み取られ、ぐいぐいと海へと引っ張られる。
底なしに、溺れる。死者達に引き摺られ、息も出来ない。その時、やっとナルシアは、今まで自分が死体の山の上に立っていたことに気が付いた。
「止めろっ。もう、止めてくれ」
黒い血の中に、名も知らぬ人間の顔が、白く浮かび上がる。底から、うぉぉぉぉと、獣のような声がした。
死にたくなかったのだと、吼えている。もっと、生きたかった。笑いたかった。喜びを感じたかった。なのに、お前が……。
ごめんなさい、ごめんなさい。許して。
――許してくれ。
「ナルシアッ」
琥珀。
眼に飛び込んできた色彩に、ナルシアは我にかえった。
「おい……、あんた、大丈夫かよ」
「あ、……?」
眼前に、驚いた表情を浮かべるロックの顔があった。
夢……?
全身に覆い被さる血のぬるつき。死者達に掴まれた手足の痛み。やけに、生々しい感触。
背を嫌な汗が伝う。
無意識に飛び起きたブレのような衝動が、身体に残っている。全身が汗だくになり、シャツが気持ち悪い程、濡れていた。心臓は早鐘を打ち、喉笛がヒューヒューと吹きさんでいる。
ひどい夢だった。そして、何よりも、恐ろしかった――。
ナルシアは震える唇を噛み締めた。
「腕。いい加減、放してくれ」
そう言われてやっと、ナルシアはロックの右腕を強く締め上げていた事に気付いた。
「あ……、ごめん」
老人のように掠れた声が出る。ナルシアが腕を放すと、ロックは盛り上がった樹の根元に座った。
空気がひんやりとしている。横を向いたロックの後ろに、流れの速い大きな河が見えた。河の周りには、豊富な水を吸って成長した樹々が、たくさん生い茂っている。その樹々の下、暑さの和らいだ木漏れ日の中にナルシアは寝かされていたようだった。
「ほら、水」
ナルシアが呆然として景色を見ていると、ロックはゆっくりとした放物線を描いて、水筒を投げてよこした。受け取ると蓋を開け、ナルシアはぬるい水を喉を鳴らして飲んだ。
「僕は……、倒れたのか?」
頭はまだ、ふらつくが、目眩や吐き気は治まっていた。
「あぁ。あんた暑さにやられて、ぶっ倒れたんだよ。パロディアスが言うには、疲れと寝不足から来たんだろうって。渓谷の梺まで、あんたを運んでくるのは大変だったんだからな。少しは感謝しろよ」
みっともない。ナルシアは自分の事を、そう思った。自己管理も出来ずに、人に迷惑ばかり掛けている。ナルシアは、ロックの顔が見れなかった。きっと、呆れ果て愛想を尽かされているだろう。




