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カルテロの話に飽きたのか、満腹になったせいか、ロックはコートを丸めた物を枕にして昼寝していた。ナルシアはその横で、水出しの茶を飲みながら、静かに耳を傾けている。
「それは、アーク・レイの祖であるアンダルフィンの影響が根強く残っているせいでしょうね」
「英雄アヴェルガ様率いる光の騎士団の一人、レオール・アンダルフィンか。確かに彼は信仰深い人間だったと云われているな」
アヴェルガがエンリトの王となった後、光の騎士団の四人の隊長は、袂を分かち、それぞれ四方の地の王となった。エンリトを中心とし、南のアーク・レイはアンダルフィン、西のミドロルはレトキス、北のロード・ガルナはストレイア。そして、東のレイダートはラトニウスが造ったと云われている。
「だが、疑問なのだが、何故ラトニウスの書いた物が、アーク・レイなどにあるのだろうな」
それは、と言うとパロディアスは血塗れになった手を止めた。
「特に不思議ではないのでは? 袂を分かったとしても、アンダルフィンとラトニウスは騎士団の仲間ですからね。ラトニウスがアンダルフィンにそれを託したという事ではないですか?」
しかしなぁ……、とカルテロは首を捻った。
「もう一つ解らない事がある。何故、ラトニウスの書記は今まで世に出なかったのだろうな。さまざまな歴史書の中でも、精霊との戦いを緻密に描かれたものはない。伝われたものばかりだ。実際にラトニウスが書いたものとあれば、これは歴史的にも、学術的にも重大なものだぞ。ハーブル法王は何故、書記を隠すかのように静観しているのだ?」
パロディアスは、きょとんとした顔をした。
「確かに……、言われてみれば変ですね。ラトニウスの書記なんて、存在していた事を世の誰も知らない。ナルシア様はともかく、我々も初めて知りましたしね。何か、世に発表出来ない理由でもあったのでしょうか」
ほんの僅かな違和感に、パロディアスとカルテロは眉をひそめた。だが、考えたところで答えは出てきそうにない。
一体、゛ラトニウスの書記″には、何が書かれているんでしょうね。パロディアスは、ぽつりと呟いた。
ナルシアは寝返りをうった。これで何度目だろうか。身体は疲労しているのに、頭は冴え、なかなか寝付く事が出来ない。
寝ぐらにしている狭い洞穴に、パロディアスの歯軋りと、カルテロの鼾がこだまする。ロックの寝息は静かで、身動ぎ一つしていない。ごつごつとした岩の地面に寝そべっているにもかかわらず、皆、気持ち良さそうに熟睡しているようだった。
ナルシアは瞼をぎゅっと閉じていたが、もう一度、寝返りをうつと身を起こした。薄っぺらくごわごわとした麻の布を剥ぐと、皆を起こさぬよう、ナルシアはそっと立ち上がった。
足音を立てないよう静かに、手探りて洞穴の端を歩くと、ナルシアは外へと出た。
寒い。昼間、照りつけていた暑さが嘘のように、荒野は冷えきっていた。だが、それは澄んだ冷たさで、ナルシアは身震いを起こしながらも、どこか気持ち良く感じた。
日の落ちた空には、代わりに月が出ており、広大な荒野を薄く、淡く照らしている。
そして、満天。幾多もの星が空を埋めつくしている。到底、数えきる事はできない綺羅星の群れに、ナルシアは息を飲んだ。
見上げたまま、腰を抜かしたように、ナルシアは近くの岩の上に腰を下ろした。




