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天のカリカチュア  作者: 綾崎 伊志
 第6章 天へと続く塔
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 4

「しかし、ロック殿も、誰とでも喧嘩なさるお方ですねぇ」


 可笑しそうに笑うパロディアスとは反対に、カルテロは大袈裟なため息をついた。


「私は、ナルシア様に、あの様な口の聞き方をする人間を初めて見たぞ。まったく、あいつの傍若無人な態度には往生させられるな」


 カルテロは、おぼつかない手先で、ちんまりとした木の実の皮を、また一つ剥いた。


「そう口ではおっしゃってますけど、本心ではロック殿を認めておいででしょう? 度胸もあるし、剣技の上達も早いと漏らしておられたではないですか」


 パロディアスは、にこやかに笑うと、新たに器に入った固い木の実を潰した。


「む。まぁな……。だが、あいつの度胸は無謀と紙一重だ。見ているこっちが、はらはらさせられる。あいつは踏み込むのが上手いが、それは己の見の安否に気を使っていないからだ。私に言わせてもらえば、あいつも、まだまだ青いな」


「そういうものですか。私は、剣を握った事はないので、わかりませんが。……しかし、素人眼にも、映るナルシア様の剣術は凄まじいものがある。流石は剣技の天才と言われているだけはありますね。そういえば、ナルシア様の剣の手ほどきをしたのも、カルテロ殿なのでしょう?」


 カルテロは、その問いに、悪戯気にニヤリと笑った。


「しかし、ナルシア様も初めから、あぁではなかったのだぞ。幼少の頃のナルシア様は、剣を嫌がって泣き、持たせたら持たせたで、剣はまともに握れないし、腰はひけているはで、大分、手をやかされたものだ。こう言っては何だが、随分……、覚えが悪かったな」


 ほう、と意外そうに驚いた声を上げるパロディアスの前で、カルテロは昔を懐かしむかのように眼を細めた。


「ナルシア様はな、天才と言われ、確かにその素質は備わってはいるがな、陰でそれは努力なされたのだ」


 思えば、熱心に剣術の教えをこうようになったのは、精霊の声が聞こえないと知れた後からだった。きっと、それは力のない事への罪悪感と、国民達からの期待への焦りからくるものだったのだろう。国民を守りたいという真摯な思いだったからこそ、ナルシアに掛かっていた重圧は過度なものだったはずだ。


 心のどこかで、逃げ出したいと思っていたのだろうか。カルテロは、あどけなく喧嘩をするナルシアの顔を見ると、そう思わずにはいられなかった。


 すりつぶした木の実が半分程、器に溜まった頃、やっとロックとナルシアは戻ってきた。重い獣の身体を二人でずるずると引きずって来たのはいいものの、不貞腐れた様に互いにそっぽを向いている。


 ロックは木陰に入ると、どすんと腰を下ろし荷物から水筒を取り出して、それを口に含んだ。勢いよく注ぎ込まれる水は、唇の端から零れ落ちた。


「これは見事な獲物ですね。早速、昼食にしましょうか」


 パロディアスはそう言いながら、白い布にくるんでいた熱光石を取り出すと、砂の上に置いた。器用に獣を捌き、石に並べると、その肉は途端に音を立てはじめた。


 暫くして、肉の焼けるいい匂いが漂ってくると、パロディアスは先程すりつぶしていた木の実の粉を振りかけた。


 緑色の乾いた爬虫類のような肌をしているが、肉は噛み締めると柔らかい。酸味と塩気の混じった木の実による味付けが、こってりとした濃厚な肉の旨味を引き立てていた。


「それにしても、我々も随分と野宿に慣れてきたな」


 口についたしつこい肉の脂を、手頃な布で拭いながら、カルテロは感慨深気に呟いた。


「そうですね。我々のように文明に慣れきった人間でも、意外と自然に順応できるものですね。ま、随分と不便ではありますが。こうやって私達が行く路も、飛行船ならば、ひとっ飛びですからね」


 パロディアスは残った肉を干し肉にするために切り分けながら、それに答えた。


 サウゼンまでの道のりは長い。大金を払って、ミドロルの関所を出たまでは良いが、アーク・レイの領土に入ると山岳地帯が広がっており、途中、街らしい街もなかった。


「人間の文明は偉大だという事だな」


 神から光を与えられた後、人間は芸術、学問、経済、政治と複雑な文化を編み出してきた。そして、グラハム王の提唱した科学。弛みなく、人間は進化し続けてきた。


 他の動物では為し得ない、人間の栄華。それは、素晴らしく幸福な事だとカルテロは思った。


「しかし、そう考えると、このアーク・レイという国は少し変わっているな。エンリトと対立していたわけではないが、光脈の恩恵を受けるでもなく、未開を許し、特に機械文明を取り入れていない。宗教色が強く、アシュラウル神そのものを信仰している。偶像賛美は為さず、アヴェルガ様はおろかハーブル法王ですら神の教えの媒体としてしか見なされていないのだからな」

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