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しかし、追いつかない。
ロックは目の前を走る、獣の後ろ姿を睨み付けた。獣は、がさがさに乾いた濃い緑の背から生える真紅のたてがみをなびかせた。砂煙をあげる四つ足は短躯だというのに、そうとうなスピードが出ている。
しだいに、ロックの足が上がらなくなってくると、獣との距離が開いてきた。ロックは、歯を喰いしばり腹に力を込めると、逃すまいと走り続けた。
崖の下へと差し掛かると、獣は追いかけてくるロックの様子を見るかのように、ちらりと振り返った。その瞬間、獣の上に影が落ちた。
銀の光が瞬いたかと思うと、獣は血飛沫を上げて倒れた。垂直に突き刺さった剣の上から、ナルシアがしなやかな動きで地に足を降ろす。見上げるほど高い崖から落ちてきたというのに、顔色一つ変えていない。
地に手をつき、ぜいぜいと吐くように呻くロックを、ナルシアは少しばかり同情をこめて見た。
「大丈夫か? ロック」
ロックは面を上げると、ナルシアの顔をめねつけた。
「大丈夫、なわけないだろ。どれだけ、全力疾走させられたと思ってるんだ」
ナルシアは、ロックの背後にひかえる赤茶けた大地を眺めた。確かに、この広大な荒野を走り続けるのは酷のような気がした。
「けど、君がここまで獣を誘き寄せ、僕が待ち伏せしてしとめる。そう役割を決めていたじゃないか」
ロックは軽くなってきた息を整えると、立ち上がった。
「だいたい、何で俺が獣を追いたてる役なんだよ」
「それは、君の訓練も兼ねてって、カルテロが……」
一人だけ涼しい顔をしているのに気が咎めたのか、ナルシアは口ごもる。だが、ロックのたたみかけるように責める声は変わらない。
「それは、あのおっさんが勝手に決めた事だろ。俺より、あんたが鍛えたほうがいいんじゃないか? 甘やかされて育てられた、世間知らずの 箱入り息子なんだからよ」
ロックの小馬鹿にした言い方に、ナルシアの顔がひきつる。眉間に柔らかい皺が寄り、瞼がひくひくと痙攣していた。
「悪かったな。世間知らずで、箱入り息子で」
「別に悪いだなんて言ってないだろ。本当の事を言ったまでだ」
ナルシアは頬を赤らめた。ロックの歯に衣を着せぬ言葉は、ナルシアの幼いプライドに爪を立てた。
「君は……、本っ当に、失礼な奴だな。人に対して、もう少し物の言い様があるだろう。僕が世間知らずなら、君は礼儀知らずだ」
ロックはその言葉に、青筋を立てながら、うすく笑った。
「なんだと」
「なんだよ」
ぎらぎらと照りつけてくる炎天下で、二人は互いに睨み合った。
「あんな所で喧嘩なさって、暑くないんでしょうかね」
もさもさと葉の形に覆われた木陰から、二人の若者の姿を遠巻きに見ていたパロディアスは、呆れたような感心したような声を出した。その手には、太いすり粉木が握られ、胡座をかいた太股に置いた器に入った木の実を粉じょうにすりつぶしている。
「放っておけ。またロックがいたらぬ事でも言ったのだろう。いちいち口を出していては、きりがない」
パロディアスの真向かいに座るカルテロは、爪先ぐらいの黒い実の皮を剥ぐと、その器に、ひょいと投げ入れた。カルテロの腰元には、実がびっちりと入った麻の袋が置かれている。




