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王座。それは、たった一握りの人間に与えられる栄光と名声の象徴。たかが椅子、だが、それには自在に人を操り、従わせる事の出来る魔法がかけられている。神のように人を見下す喜び。悠然とした笑みを浮かべて、その椅子に座る。
それが、レイダートを統治する女帝、エリス・ロンネル の姿だった。
「エリス様。申しつけておられた男を、お連れしました」
従者は、恭しく声を掛けると、御簾を開けた。
腰まで届く豊かな金の髪。白く、ふくよかな肌に映える、エメラルドの瞳。鼻梁は細く、それに伴う小さな口は愛らしい。衰えぬ、若さと美貌。
取り巻く従者達の眼に、憧憬が浮かぶのを、エリスは満足気に眺めた。謁見の間には、彼女の家臣達が集められている。そこには、レイダート将軍に、エリスの息子アルベル、そして黒衣の゛死神″レテの姿もある。その中心、彼女の膝元に跪く男に、エリスは眼を移した。
男の、包帯の巻かれた左肩には、腕が無かった。膝を着いた足にも力が入らないらしく、傾いた不恰好な態勢をしている。眼の下には隈ができ、やつれ、憔悴しきっていた。
「アレフ。無惨な姿だこと……。さぞや、ナルシアの剣は痛かった事でしょう」
眼元に柔かな皺を寄せ、エリスはアレフへと声を掛けた。その声は優しげで、まるで子に向けているような母性に満ちていた。しかし、アレフの顔は青ざめたまま、エリスの視線を避けるかのように俯いていた。
「この度の不貞落、真にお詫びのしようもありません。ナルシアを、゛神の子″を侮っておりました」
全身が、震えていた。いくら舐めても乾く唇。アレフの心臓は高鳴り、額には汗が滲む。
「アレフ、顔を上げなさい」
柔らかい口調に、おずおずと面を上げたその先にあったのは、己を見つめる冷酷な眼差しだった。
「不様なものですね。そなたの行い、レイダート四将軍の名に恥じるとは思いませんか?」
アレフは何も言えず、硬直していた。
「レイダート四将軍は、アヴェルガ率いる光の騎士団を模したもの。我が祖先の造り出した伝統のある部隊に、そなたは泥を塗ったのですよ」
所詮。
「そなたには、英雄達に及ぶ力はなかったという事ですか」
エリスは゛残骸″を見つめると、心底から軽蔑したように口元を歪めた。そしてアレフから眼を背けると、従者へと命じた。
「処刑室へ連れて行きなさい」
絶望に、アレフの眼が広がる。
「そんな、ま、待ってください。私は今まで、貴女に忠誠を捧げてきました。どうか、御慈悲をっ」
従者に身を羽交い締めにされながら、アレフはもがき、叫ぶ。だが、エリスは聞こえないかのように微笑んでいる。
嫌だぁ。死にたくない。貴女に尽くしてきたのに。どうして。
咆哮は、扉に遮られた。場に、心地の悪い静寂が残る。
嫌な儀式だった。役に立たない者は、殺される。そのエリスのやり方をレイダートの家臣達は熟知していたが、それでも眼の当たりにすれば、背筋は強張った。
「エリス様」
無駄だとは思いながらも、アレフの同胞である四将軍の一人、ヴォール・ノドムは口を開いた。ヴォールの青ざめた顔を、その隣で心配気にアルベルが見上げていた。
「我が国の戦力は減っております。無駄な血を流されるのは、お止めください」
エリスは口元に、細く長い指を当てると、にっこりと笑った。
「腕はもがれ、腰の神経は切断されている。あれでも将軍としての誇りを持つ男。無為に生かしておくほうが、苦しみというものでしょう」
慈悲にも聞こえる、その言葉。だが、その裏に女帝の残虐な意思が隠されているのをヴォールは知っていた。




