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その問いに、ロックは答えなかった。何の話だよと笑って誤魔化す事もせず、あんたの考え過ぎだと呆れて首を振る事もしない。閉ざされたように、ロックは沈黙を守っている。
「お前は、一体……」
コン、コン。
扉の鳴る音に、意を突かれ、カルテロは言葉を失った。一端の間が空き、扉の隙間からナルシアの姿が現れる。
「済まない。取り込み中だったかな」
二人の合間に流れる緊迫した空気に、一瞬、ナルシアは立ちすくむ。
「いえ……、他愛のない事を話していただけです」
「そうか……」
ナルシアは、ロックを見た。
「カルテロ。ロックと少し、話がしたいんだが」
カルテロは、ナルシアの申し出に、少し驚いた。だが、何の話しかを聞くような不粋な真似はせず、場を譲るように後に下がった。
「わかりました。私は席を外しましょう」
カルテロは動く前に、いつの間にか窓の外を眺めているロックの顔を見下ろした。一見、そっぽを向いたような不貞腐れた顔は、固く強張っている。この少年が、こんな表情をしている内は、テコでも口を開かせる事は不可能だろう。カルテロは、軽く首を振り小さくため息を吐くと、部屋を出ていった。
月の灯りに照らされたロックの前に、ナルシアは立つと、口を開いた。
「どうしても頭から離れないんだ。あの男に……、僕が剣を向けた時、何故、君が僕を止めたのか。何故、君があの男を庇ったのか」
ロックは窓枠に頬杖をついたまま、眼を合わせようともしない。
「ロック。僕は、間違っているのか」
ロックは、ちらりとナルシアに眼差しをくれた。
透き通った肌は、月灯りに照され、蒼白く見える。そこに浮かぶ、澄みきった眼が、真摯にロックを見ていた。正しい道を常に歩んできた者の眼だ。だが……、ロックの眼に、きつい光が宿った。
「俺は、ルカって子供を殺した男を庇いたてする気はない。あんたを間違っているだの言うつもりはない。だが、あんたは、すぐに善か悪か、正しいか間違っているかで決着をつけようとした。一人の男が腹が減り、自分の分だけじゃ足りずに、他人の分を殺して奪った。その現実に、自分の善悪感と半端な同情心で介入し、断罪しようとするあんたの傲慢さが、俺は嫌いなだけだ」
「僕が……、傲慢……?」
ナルシアの、形の良い眉が歪んだ。
「君は、だから、あんな酷い事を放っておけというのか。君は、どうして、あんな男を許し、野放しにしておける? 人間、自分が良ければ、それでいいのか? 自分が満足するために、誰かを犠牲にしてもいいのかっ。僕は、君のように無情にはなれない」
ナルシアの柔らかい心が、悲鳴を上げる。純粋と、無知。若さか、生来のものか、育った環境がそうさせるのか、ナルシアはあまりにも無垢だった。
「そう思えるのは、あんたが幸せだからだよ。満たされた人間だからこそ、欲望を軽視できる。そう、あんたは欲望というものを、まるでわかってない」
ナルシアの胸に、ずきりと痛みが走る。幸せ……、ルカにもそう言われた言葉。食事も、住む家も、人間に与えられる当然の権利だと思っていた。
「たった一切れのパン。あんたにとって気軽にそう言えるものが、飢えて死にそうな人間にとって、子供を殺してでも奪う価値があったという事だ。あんたに、人の罪なんて決める事が出来るのか? 善など、悪など、まやかしだ。人間に人間を裁く事など出来はしない。そこにあるのは、ただ……」
排除だけだ。
硬く艶のある、ロックの冷たい石のような眼が、ナルシアに問いかける。
「あんたは、生きたいと渇望した事があるのか。あんたは、自分が飢えて、死ぬか生きるかという時に、その綺麗事を吐けるのか?」
わからない。生とは与えられるものだと、何処かで思っていた。
形振り構わず、浅ましいまでに、生をもとめた事などない。エンリトという神の箱庭で、そんな必要もなく、生かされていたのだ。確かに、ロックの言う通り、誰かを犠牲にしなければ生は掴めないものかもしれない。けど、それで傷つく人がいるならば…。
「僕は……、それでも、欲望に負けたくないんだ」
ロックの眼が、一瞬、揺らいだような気がした。そして、強情に結ばれていた口元が、緩む。
「やっばり、あんたは傲慢だよ」
ロックは椅子から立ち上がると、窓から離れ、ナルシアの姿を追い越して行った。
「何処へ行くんだ」
「晩飯だよ。明日は、アーク・レイへ向かうんだろう。食っておかなきゃ、持たないからな」
ロックは振り返る事もせず、ナルシアに背を向けたまま歩き続けると、部屋から姿を消した。




