11
その時、ガチャリと音がして戸が開き、ロックは振り向いた。
「あんた、一人か? えらく、早かったじゃないか。皇子のお守りはしなくていいのか?」
部屋へ入ってきたのは、カルテロだった。汚れた甲冑を脱ぎ、寛いだ格好をしている。それは、普段よりも腹蔵ない姿に見えた。
「あぁ、お前が心配になったものでな」
いつになく、優しげな口調のカルテロに、ロックは眉根をひそめた。
「肩を見せてみろ。傷めているのだろう」
ロックは、眼を、僅かに見開いた。
「気付いてたのかよ」
「怪我人には、慣れているからな」
カルテロは、ロックの前に立つと、右肩に触れた。その瞬間、ロックの顔は歪んだ。
「お前、関節が外れているじゃないか」
「別に、たいした事じゃない」
カルテロは呆れた様に、ため息をついた。
「こんな時ばかり、強がりを言うんじゃない。少し痛むぞ。堪えろよ」
カルテロは、ロックの左肩を強く手で押さえ固定させると、反対の右腕をぐっと上へ押しやった。骨のずれる気味の悪い感覚と、めり込む激痛に、ロックは呻くまいとするかのように唇を噛み締める。
「まったく……、ナルシア様の剣の前に飛び出すとは……。無茶をしたものだな。下手をすれば右肩が吹き飛んでいても、おかしくはなかったぞ」
ロックは脂汗の滲む面を、カルテロへ 向けた。冷たい眼差しが、カルテロを捉える。
「あんた、あいつを甘やかし過ぎなんじゃないのか」
カルテロは、一瞬、詰まったように息を飲んだ。
「ナルシア様は、優しいお方なのだ。人間の善を信じ、人が傷つけられるのを見ていられない。あの少年が、虫ケラのように殺された事が……、許せなかったのだろう」
ロックは、皮肉めいた笑みを浮かべた。
「確かに、そうだろうさ。だが、あいつは、死んだ子供の復讐がしたかった訳じゃないだろう。初めて見た人間の醜さに耐えきれず、それを見たくなくて排除しようとしただけだ。安全で、美しいものしかなかった王宮で培われた理想が何になる。あいつは、人間を信じてるんじゃない。ただ、人間を知らないだけだ。人間の、欲望も、醜さも……」
血を吐露するかのように、ロックは言葉を吐き出した。
苦痛の浮かぶ、硬質な眼。ならば、その眼は、人間の業を知っているというのか。
静寂が部屋に訪れ、空気が張りつめる。カルテロは、その沈黙の糸を切るかのように、微かに笑った。
「ロック。私はな、お前と初めて会った時、こいつは愛想もなく、何て礼儀知らずで粗野な若者だろうかと思ったよ」
脈絡のない話に、ロックは眉をしかめる。何時ものように、自分を貶しているのかと思ったが、カルテロの眼は真剣だった。
「だが、正直言えば、私は嬉しかったのだ。ハンセンに陥れられたナルシア様に、国民達は呆気なく反旗を翻した。私は愕然としたよ。アヴェルガ家への信仰とは何だったのかと。人は自己を守るためなら、これ程までに簡単に、人を見捨てられるものかと。しかし……、お前はナルシア様を助けてくれた。ナルシア様を信じ、救いを差し出してくれる者がいた。その事が、私には何より、嬉しかったのだ」
そこで、カルテロは、ロックを睨むように見つめた。
「しかし、お前は、そんな甘い人間ではないな。お前は何故、ナルシア様を助けた? お前には、私達には解らぬ、助ける理由があったのではないか?」




