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天のカリカチュア  作者: 綾崎 伊志
 第5章 一切れのパン
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 11

 その時、ガチャリと音がして戸が開き、ロックは振り向いた。


「あんた、一人か? えらく、早かったじゃないか。皇子のお守りはしなくていいのか?」


 部屋へ入ってきたのは、カルテロだった。汚れた甲冑を脱ぎ、寛いだ格好をしている。それは、普段よりも腹蔵ない姿に見えた。


「あぁ、お前が心配になったものでな」


 いつになく、優しげな口調のカルテロに、ロックは眉根をひそめた。


「肩を見せてみろ。傷めているのだろう」


 ロックは、眼を、僅かに見開いた。


「気付いてたのかよ」


「怪我人には、慣れているからな」


 カルテロは、ロックの前に立つと、右肩に触れた。その瞬間、ロックの顔は歪んだ。


「お前、関節が外れているじゃないか」


「別に、たいした事じゃない」


 カルテロは呆れた様に、ため息をついた。


「こんな時ばかり、強がりを言うんじゃない。少し痛むぞ。堪えろよ」


 カルテロは、ロックの左肩を強く手で押さえ固定させると、反対の右腕をぐっと上へ押しやった。骨のずれる気味の悪い感覚と、めり込む激痛に、ロックは呻くまいとするかのように唇を噛み締める。


「まったく……、ナルシア様の剣の前に飛び出すとは……。無茶をしたものだな。下手をすれば右肩が吹き飛んでいても、おかしくはなかったぞ」


 ロックは脂汗の滲む面を、カルテロへ 向けた。冷たい眼差しが、カルテロを捉える。


「あんた、あいつを甘やかし過ぎなんじゃないのか」


 カルテロは、一瞬、詰まったように息を飲んだ。


「ナルシア様は、優しいお方なのだ。人間の善を信じ、人が傷つけられるのを見ていられない。あの少年が、虫ケラのように殺された事が……、許せなかったのだろう」


 ロックは、皮肉めいた笑みを浮かべた。


「確かに、そうだろうさ。だが、あいつは、死んだ子供の復讐がしたかった訳じゃないだろう。初めて見た人間の醜さに耐えきれず、それを見たくなくて排除しようとしただけだ。安全で、美しいものしかなかった王宮で培われた理想が何になる。あいつは、人間を信じてるんじゃない。ただ、人間を知らないだけだ。人間の、欲望も、醜さも……」


 血を吐露するかのように、ロックは言葉を吐き出した。


 苦痛の浮かぶ、硬質な眼。ならば、その眼は、人間の業を知っているというのか。


 静寂が部屋に訪れ、空気が張りつめる。カルテロは、その沈黙の糸を切るかのように、微かに笑った。


「ロック。私はな、お前と初めて会った時、こいつは愛想もなく、何て礼儀知らずで粗野な若者だろうかと思ったよ」


 脈絡のない話に、ロックは眉をしかめる。何時ものように、自分を貶しているのかと思ったが、カルテロの眼は真剣だった。


「だが、正直言えば、私は嬉しかったのだ。ハンセンに陥れられたナルシア様に、国民達は呆気なく反旗を翻した。私は愕然としたよ。アヴェルガ家への信仰とは何だったのかと。人は自己を守るためなら、これ程までに簡単に、人を見捨てられるものかと。しかし……、お前はナルシア様を助けてくれた。ナルシア様を信じ、救いを差し出してくれる者がいた。その事が、私には何より、嬉しかったのだ」


 そこで、カルテロは、ロックを睨むように見つめた。


「しかし、お前は、そんな甘い人間ではないな。お前は何故、ナルシア様を助けた? お前には、私達には解らぬ、助ける理由があったのではないか?」

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