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「すまぬ、我々は客ではないのだ。この宿に、ナルシア・アヴェルガと言う御仁が宿泊してはおられぬか」
カルテロの問いに、女は無言で首を振る。女は興味がなさそうに、黙々と子に乳をやっている。
「カルテロ殿、ナルシア様は偽名を使っておられるかも知れませんよ」
パロディアスが小さく囁くと、カルテロは、あぁ、そうかと頷いた。
「黒い髪に、黄金の瞳。歳は十六。女将、こんな風貌の少年を見なかったか」
女はカルテロを見上げた。カルテロは、その眼にギクリとした。痩せているせいか、落ち窪み、異様にでかい。眼球は、くすんだように濁り、焦点を捉えずに宙をさ迷う。黒眼がちの大きな眼球は、一瞬、ぽっかりと空いた穴のように見えた。
「五百ルド」
女は、ぽつりと呟いた。
「五百ルド? どういう事だ?」
カルテロは、女の言葉の意味が解らず、眉間に皺を寄せた。
「五百ルド払えば、教えてあげるよ」
カルテロは狼狽えた。まさか、金を要求されるとは思ってもみなかったのだ。
「何を言っている、女将。ちょっと人を尋ねただけだろう。それで、そんな大金を寄越せとは」
だが、空洞のような眼は、何も答えずただ、カルテロを見つめている。金を払わなければ、何の手がかりも得られそうにない。
ロックは、ため息をつくと、カルテロに声を掛けた。
「払ってやれよ。五百ルド」
カルテロは驚いて、振り返った。
「ロック、お前まで何を言っている。教えるぐらいの事、親切でやってくれても良いではないか」
だが、ロックはカルテロを見ていなかった。冷えたような、冷めたような眼で、女を見ている。
「この街で、ものを聞いた俺達が悪い。そう言いたいんだろう、あんた」
しかし、となおのことカルテロが反論しようとしたその時、扉の外が騒がしくなった。どよめきが、扉の奥から伝わってくる。何事が起こったのかと、パロディアスは扉を開けた。
たちまち、騒音の渦が押し寄せてくる。喚き声、金切り声、叫び声。煤けた街に幾万の、声の狂気が渦巻いていた。
その中の、誰かの上げた悲鳴のような声が、三人の耳に届いた。
――おい、知ってるか? さっき、広場の方で、誰か殺されたらしいぞ。
――あぁ、なんでも殺されたのは身寄りのない少年らしいな。
「少年?」
ロックは、カルテロの顔を見た。
「まさか……、ナルシア様では……」
カルテロは青くなった。頭に、レイダートの軍勢の姿がよぎった。心臓が硬直し、喉かつまる。
呆然とするカルテロに、パロディアスは声をかけた。
「行ってみましょう」
宿屋を出て、道に敷き詰まった人々を掻き分きわけながらも、三人は広場へと着いた。群衆の中、特に人だかりの出来ている場所がある。何かを見物している野次馬達の後姿を掻き分け、先頭へ出たカルテロの耳に、探し続けていた声が聞こえてきた。
「私の問いに、答えろ!」
澄みきった、濁りのない涼やかな声。漆黒の髪に、黄金の瞳。白い肌は泥にまみれ、衣服はボロボロだが、カルテロの眼に映る姿は、間違いなくナルシアだった。
「ナルシア様……。良かった……」
カルテロは、安堵の息をついた。
「あの方が、ナルシア様ですか」
追いついてきた、パロディアスとロックが、カルテロの両脇を挟む。




