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「なんだよ。お前にゃ、関係ねぇだろ」
ナルシアは立ち上がった。いつの間にか、騒ぎに気付いたのか二人の前から人は引け、何事かとこちらを窺っていた。群衆に浮かぶ好奇。だが、厄介な事には関わるまいと、誰も口を挟まない。
「お、俺は、ただよぉ、こいつがパンをよこしやがらねぇから」
ナルシアは自分の耳を疑った。この薄汚れた男の、ゲスな冗談なのかと思った。だが、ルカの手に握りしめられたパンは、その握力でぐちゃぐちゃに潰れている。
「たった……、たった、それだけのために、ルカを殺したっていうのか」
信じられなかった。少年の手に収まる程の、小さなパン。たったそれだけの理由で、呆気なくルカは死んだ。少年の未来も幸せも、駆け換えのないものが、そんな理由で壊された。
心がざわつく。理性が、かき乱され、荒らされ、喰い潰される。
ナルシアは男を見た。こんなこと、人間にできる筈がない。下劣で非道で、まるで悪魔の所業じゃないか。それならば、こいつは人間じゃない。
気が付くと、ナルシアは剣を抜いていた。
「死んで、償え」
ナルシアの剣は、男の頭上で大きく弧を描いた。
「あぁ、疲れた。足が震えてるよ」
ロックは、額に玉のように浮いた汗を、シャツで拭った。
「誰だよ。ウィルズレアの街まで、森の中を走って行こうなんて言った奴は」
息を切らせながらも、嫌味を言うロックに、パロディアスも賛同する。
「ロック殿は、まだ良いですよ。剣の稽古でスタミナもついてきたでしょうし。私はトラル様のお屋敷で、頭を使う仕事しかしてないんです。あなた方について行くのが、どれ程、大変だったことか」
恨みがましい声を、一人涼しい顔をして受けながら、カルテロは笑った。
「まぁ、いいじゃないか。ウィルズレアにも速く着いたし、体力作りにもなった。一石二鳥ではないか。それに、ロックの勘が外れているという事もある。急ぐにこした事はないだろう」
「勘じゃない。予測だ」
いちいち訂正する小憎たらしいロックの頭を、カルテロははたいた。
「それにしても、人が多いですね」
街の中心に向かって歩くに連れて、人の出が増えてくる。道を埋めつくすかのような人出に、パロディアスは眼を丸くして呟いた。
「何か祭りでも、あってるんではないか?」
それにしては、皆、沈んだ顔つきをしている。眼は虚ろに、ぼやけたように宙をさ迷い、足に重しでも付けられたかのように、ずるずると引きずって歩く。街に漂う異様な空気に、ロックは眉をしかめた。
「それより、どこを探そうか。宿屋にでも、聞き込みに行くか?」
人と人との合間をすり抜けるように歩きながら、カルテロは言った。ガヤガヤと大勢の人の声に混じって、聞き取り辛い。人の波に埋もれそうな身を強引に前へと押しやり、ロックは声を張り上げた。
「あぁ、それが無難だろうな」
一行は、商店の多い通りまで来ると、宿屋の看板を探した。゛エルンの宿屋″と描かれた、古ぼけた釣り看板を見つけると、人の波を苦労して横切りながら、そこに入った。
扉を閉めると、騒音は遮断され、いくらかは静かになった。扉の向かい側には、狭いカウンターがあり、痩せこけ、目の下には隈の出来た陰気そうな若い女が、赤子を抱いて座っていた。女は、……いらっしゃいと、ぼそぼそした声で呟く。主人は留守のようだが、赤子に乳をやっている姿を見ると、この女が店の女将らしい。




