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天のカリカチュア  作者: 綾崎 伊志
 第5章 一切れのパン
68/245

 5

 天上から、街を包み込む鐘の音が響き渡る。樹の虚の中でも、よく聞こえてくるその音にナルシアは眼を覚ました。虚の中は狭く、胎児のように丸まって寝なければならなかったが、樹は温かく、外の冷気をふせいでくれた。


 ナルシアは、虚から出ると、太陽の光を浴びた。軽く伸びをすると、強張っていた身体が心地好く解れていく。ナルシアは乱れた髪を撫で付け、剣を手に取ると、丘を降りはじめた。


 ルカと待ち合わせた広場まで、複雑な道じゃない。一度しか通ってないが、ナルシアは迷う事なく、昨日寄った食料店まで来る事ができた。この辺りから、人の出が増えはじめてきた。ルカが昨日言っていた、配給へと向かう人々だろうか。まるでパレードでも開かれているような賑わいで、ナルシアはその人の多さに驚いた。


 広場は、一層、人で溢れかえり、そして騒ぎに満ちていた。わぁーわぁーと交錯する人々の声は、よく聞けば口汚く罵るような内容だ。配給車やその身体に、石や砂を投げつけられ慌てふためく兵士達。何が起きているのか理解できずにいたが、怒り狂う人々の中、ルカは無事だろうかとナルシアは広場の中央へと急いだ。


 人混みの向こうに、小さくルカの姿を見つけた。ルカは誰かと向かい合って話をしている。知り合いだろうか? だが、ルカは喧嘩でもしているような、険悪な顔をしている。近づくにつれて、ルカの声が途切れ途切れに聞こえてきた。


「嫌だ……。これは……の分だ。あんたに……」


 次の瞬間、起きた光景に、ナルシアは愕然とした。ルカと揉めていた男は、突如として、少年の細い首に指をまわした。苦痛に顔を歪め逃れようとするルカの小さな身体を、男は持ち上げる。ルカは宙に浮いた足をばたつかせるが、男はびくともしなかった。


「すみません、通して下さい」


 我を忘れた人間達を掻き分け、ナルシアは前を進んだ。瞳に映る残酷な光景が、心臓に激しく突き刺さる。もう、誰かが死ぬところなんて見たくない。ナルシアは、少年の名を呼んだ。


「ルカ――」


 どさり、とルカの身体が地に落ちた。その身にナルシアが駆け寄った時、ルカの身体はピクリとも動かなかった。ルカの首は不自然に曲がっている。あどけない顔は苦悶に歪み、黒眼がちの大きな眼はカッと見開かれたまま静止していた。


 目の前で起きた事が、信じられなかった。一瞬、何が起きたのか理解できなかった。この男との間に、一体、何があった? だが、たとえどんな理由があったとしても、こんな幾はもいかない小さな子供を手にかけるなんて……。ナルシアの胸に、荒ぶるものが込み上げてくる。


「どうして……。どうして、ルカを殺したんだ」


 睨み付けてくるナルシアに、男は戸惑いながらも胡散臭げな眼を向けた。


「お前、ルカの何なんだ。こいつにゃあ、親兄弟いないはずだし」


 だが、ナルシアの身なりから察したように、一人で納得のいった顔をする。


「あぁ、そうか。お前、よそもんだろう。……ちっ、ルカの小僧。よそもんは、もう街を出たとか嘘つきやがって」


 平然とそらぶく男を、ナルシアは驚愕の思いで見た。何故、人を殺しておいて何事もなかったかのような顔ができる。この男には、悔いも良心も、罪悪感もないと言うのか。血に濡れる手の震えも、苦痛にあがる断末魔も、何も感じないと言うのか?


「私の問いに答えろ!」


 鋭く、人を威圧する様な物言い。自分を見つめてくるナルシアの黄金の輝きに、男は圧倒されたかのように、後退る。

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