4
「お前、余裕じゃねぇか。こっちはいつ、配給が止まるかもしれないって怯えてんのによ」
その言い方には毒が含まれていた。ルカは驚いて、アウトールの顔を見た。相変わらず、にやけた顔をしているが、その眼は笑っていなかった。
「なぁ、ルカ。ネモの小僧から聞いたんだが、お前、昨日、バルドの親父の店で大量に食料を買ったんだって?」
ルカはギクリとして身を強張らせた。よりによって嫌な奴に知られてしまった。
「あれは、俺のじゃないよ。旅の人に頼まれたんだ」
「へぇ、だが、もちろん善意でしてやったわけじゃないよな? 分け前を貰ったんだろう。それで、それからお前はよそもんをどうしたんだ」
「知らないよ。泊まる場所も聞いてないし。もう、ウィルズレアの街を出たんじゃないか」
ルカは咄嗟に、しらばっくれた。後でばれるかもしれないが、今はこうするしかない。この男に眼を付けられれば、骨の髄までしゃぶられるだろう。
アウトールは、見透かさんとばかりに、じろじろとめねつけてくる。ルカは、その視線に息がつまるのを感じた。ルカが黙っていると、アウトールは諦めたように鼻を鳴らした。
「まぁ、いいさ。だが、お前が今、持ってるパンを寄越してもらおうか」
随分と理不尽な要求に、ルカは眼を丸くした。
「何でだよ」
「お前は、昨日、一人でいい思いをしたんだろ?大の大人が、あれっぽっちの食料で足りる訳がないんだよ。いいから、黙ってそれを寄越すんだ」
ルカは、パンを握る拳に力を込めた。ルカの胸に、アウトールへの嫌悪と怒りが込み上げてくる。賃金をちょろまかされたことはあっても、甘い菓子一つ貰った事などない。役に立たないと、こつかれた事はあっても、頭一つなでられた事もない。何故、こんなうす汚ない男に渡さなきゃならない。
ルカは、自分より随分と高い位置にあるアウトールの顔を睨み付けた。
「嫌だ。これは俺の分だ。俺が、あんたに物をあげなきゃいけない義理も筋合いもないんだ」
その言葉を吐いた途端、アウトールの眼の色がすっと変わった。光沢のない、乾燥した黒い眼。その色に、まずいと思った時には、すでに遅かった。
「そうかい。なら、いいさ。お前を殺して、奪うまでだ」
ルカは逃げ出そうとした。だが、アウトールの乾いた武骨な手が、ルカの喉元に絡みついた。
「俺はなぁ、前から、お前のそういう生意気なところが気に食わなかったんだよ。弱っちぃ子供のくせに、大人に逆らいやがってよ」
アウトールの指は、ルカの細い首に巻きつき、感情を込めるようにぎゅうぎゅうと締め上げてくる。
卑屈、侮蔑、怨み、憎しみ。汚れた男の悪意の全てが、ルカの痩せて身体に重くのし掛かる。息が出来ない苦しみに、ルカは無我夢中で指を引き離そうとするが、自分の首や男の手を引っ掻くばかりで頑として離れない。
「……たす、……け……て……」
切れ切れの息で、そう叫んでも、声は押し潰され誰も気が付きそうになかった。だが、気付いたとしても、助けてくれる人などいただろうか。朦朧としてくる意識の中、ルカは思った。
誰もが自分のことで精一杯で、誰もが自分の事しか考えられない。
ルカの頬に、涙が流れ落ちた。
けど、それも、しょうがない。しょうがないよな。俺がここまで生きれたのは、幸運だった。
苦しみがふっと軽くなった時、最後にルカは、自分の名を呼ぶ声が聞こえたような気がした。




