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じゃあ……、と言ってルカは、遠くに見える時計台を指差した。
「明日、あれが鳴ったら広場の中央にある噴水まで来てよ。今日、行った食料店を真っ直ぐに行けば着くから」
「広場に?」
「そう、ヴィルズレアの街は週に一度、国からの配給車が来るんだ。不味くて質素なもんしか貰えないけど、新鮮だからな。だから明日は、ただでやってあげるよ」
わかったとナルシアが頷くと、少年はなだらかな丘を駆け降りて行った。
ヴィルズレアに行われる食料の配給は、あまりにも野たれ死ぬ人間の多さに、ミドロル王イルマ―クの取った人口減少対策の一貫である。毎週、一度だけ、王宮兵士達は何台もの馬で引いた屋台に食料を乗せてヴィルズレアへとやって来る。干し肉、果実、パンなどを山のように積んで持ってくるが、ヴィルズレアの街、五十万近くの人口を考えると一人あたりの配給は僅かなものである。老若男女、誰にでも均等に配れるよう、街の人間達には引換券が渡され、二重に貰う事は許されない。
飢えた人間達への、僅かな希望ともいえる政策。だがその日、配給車の前では、群がる人間達によって大きな暴動が起きたのだった。
「えぇ、たったのこれだけなの?」
朝から長時間、並び続けたルカに、やっと兵士から渡された食料は一切れのパンだけだった。いつもなら、パンの他に干し肉と果実が一つずつ貰える。ルカの周りに並ぶ人々も皆、不満を顔に浮かべていた。食料が皆へ行き渡ると、ざわめきはひどくなった。その中で、一人の兵士が声を上げた。
「エンリトとの貿易破綻のため、ミドロル国の経済は悪化している。今日は、これでおしまいだ」
ふざけるな、もっとよこせ、と口々に喚く声と共に、屋台に石がぶつけられる。
「貴様等っ、やめろ。分けてもらえるだけ有り難く思え」
兵士達の焦りと怒りを浮かんだ牽制の声も、飢えた人間達の波の中では、かき消される。
ルカは小さなパンを手のひらに握りしめると、騒動に巻き込まれぬよう、人混みを掻き分けた。もうすぐ正午の鐘が鳴る。ルカは、ナルシアと待ち合わせた広場中央の噴水の淵に腰をおろした。
混乱は、まだ収まらない。満たされない人間の怒りが、異様な熱気となって、広場に渦巻いていた。
「よぉ、ルカ」
騒ぎに見入っていたルカは、自分に近づいてきた男に気付かなかった。名を呼ばれ、はっとして振り返ると、にやけた顔をした中年の小汚ない男が、傍に立っていた。
「アウトール」
男は見知った顔だった。アウトールという男は、街に散乱するゴミを集め業者に売る廃品回収を生業としている。タダ同然の賃金で、自分に逆らえない子供達を使うようなセコイ男だったが、ルカも小銭を稼ぐため、時々アウトールの仕事を手伝っていた。
男は常にゴミを漁っているせいで、酷い悪臭がする。ルカは騒ぎを見るふりをして、アウトールから顔を背けた。
「困った事になったもんだな。俺達、毎日おまんまを食えない人間にとって、配給は命を繋ぐ綱のようなもんなのによぅ」
呑んだくれている訳でもないのに、呂律がまわっていない。
「あぁ、そうだね。でも、しょうがないよ。ミドロルも大変そうだから。しはらく我慢してれば、経済がうまくいくようになって、また配給も元に戻るようになるさ」
時計台の鐘が鳴った。ナルシアが来る前に、アウトールを追い払いたくて、ルカは早口に素っ気なく答えた。




