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その輝きに呼び起こされるように、血と、崩れた肉体が、ナルシアの脳裏に甦る。散乱する兵士達の死骸。自分が手にかけた兵士達の、苦痛と恐怖に満ちた顔が浮かび上がる。
ナルシアは、胸が押し潰されるかのような重苦しさを感じた。
「私には……。私にはもう、そんなものはいりません」
声が震える。抗うように剣から顔を背けるナルシアを、男は感情を映さぬ硝子のような眼で、じっと見据えている。
「だが、生きていくためには、必要なものだろう」
生きるため?
ナルシアの喉が、こくりと鳴った。
殺す……喜び。おぞましい力。
首のはねる愉悦。強者としての、優越感。
血肉はたぎり、血の匂いに溺れてゆく。
沸き立つような飢えが、喉元を駆け巡る。
どろどろと粘るような黒いもの。
深淵を這いずる、汚れたもの。それは……。
頭が割れそうな程、混乱する。ナルシアは痛みの走るこめかみを両手で押さえた。
悪魔、と呼んだ男の声が、じだをなぶる。
ちがう……! 全ては、エルアを守るためにした事なのだ。誰かを傷つけたかった訳じゃない。
「私は、もう、人を傷つけたくないんです」
気付けば、濡れるように汗をかいていた。足元から昇る地下の冷気は、身震いする程冷たいというのに。
男は、ふっと息を洩らすように笑った。
「だが、生命というのは、他者から自己を守り、他者の命を喰らい、そうしてやっと生きていく事ができる。獣を見たまえ。彼等は自分の血肉が、他者の血肉で出来ているのを知っている」
自分が生きるために、他者の命を奪う。それは、あまりにも恐ろしく醜悪な行為に思え、ナルシアの胸に圧迫するかのような苦痛が走った。
「でも、それは……、私には、人間には残酷すぎます!」
「しかし、人間だからと言って、その宿命から逃れることができるのかね」
醜いものから眼を逸らすということが、美なのか。善なのか。
「少年よ。争いが、憎いか。血が、恐ろしいか。だが、覚えておくがいい。武器とは己が生き抜くためにこそ存在するのだ」
ナルシアは否定したかった。人間は獣じゃないと。人には心がある。だが、血塗れの自分の姿が脳裏に映り、力なく首を振ることしか出来なかった。
男は、片手に持っていた黒い皮鞘に剣をしまうと、それをナルシアに渡した。
「さぁ、日は昇っている。もう、行きたまえ。此処を出て、右手に向かえば人の住む街へと出られるだろう」
男を包む光の揺らめきが弱くなった。それと共に男の姿がぼやけてゆく。
もっと、男の言葉を聞いていたい気がする。言いたりない事があるような心残りを感じる。だが、ナルシアは、男に背をむけると出口へと 向かった。
ナルシア。ふいに、名を呼ばれたような感覚にみまわれた。
「君は、立ち止まる事は、赦されない」
男の声がして、ナルシアは振り返ったが、驚いた事に、その姿は消えていた。そこにあるのは、真の闇だけ。やはり、幻か、夢の続きだったのだろうか。しかし、ナルシアの手に残された剣が現実を物語っていた。
階段を登り、表へ出ると男の言ったとおり、夜は明けていた。太陽の光が、眼に滲みるほど、眩しい。
ナルシアは、剣を握りしめると、再び森の中を歩きはじめた。
草花が、血を吸って赤く染まっている。その上を、肉体を貫かれ、息絶えた幾人もの兵士達の死体が無惨にも転がっていた。嵐が通り過ぎたような凄惨な光景に、ロックは眉をしかめた。




