18
ナルシアの心臓が、どくりと震えた。獣への恐怖なのか、遺跡への好奇心なのか、気付けばナルシアは階段へと足を踏み出していた。
二、三段も降りれば、もう月灯りは届かない。何処に辿り着くかもわからない暗闇だけが待ちかまえていた。
階段の幅は、足の爪先から少し出るぐらいで狭く、何処までの深さがわからない階段で足を踏み外せば、大怪我だけでは済まないだろう。壁に手をつたい、ナルシアはゆっくりと、まるで得体の知れない怪物の鰓の先を進むように闇を降りていった。
どれくらいの段差を降り続けただろうか。ナルシアの息が切れ始めた頃、階段の終点に辿り着いた。そのまま足場の続いている通路を進んで行くと、ナルシアは壁にぶち当たった。
行き止まり? どこかに他の通路でもあったのだろうかと、訝しがりながら壁に触れると、中心から裂け目が出来ているのがわかった。どうやら扉らしい。ナルシアは暗闇の中、手探りでそれを開けた。
籠った空気とともに、かび臭い嫌な匂いが流れ出す。足を踏み入れると、足音が壁に反響して大きな音をたてた。
ナルシアは扉を閉めると、固く冷たい床へ横になった。身体中が悲鳴を上げていた。体力の限界だった。安眠など得られそうになかったが、瞳を閉じると、ナルシアは瞬く間意識を手放した。
暑い……、暑い……、熱い。まるで、この身を焼きつくさんばかりに。ナルシアは、その苦しみに己の手を見た。しかし、焦げついていると思った手は白く、炎など上がっていない。ナルシアは、自分の吐く息の熱さに気が付いた。
体内から燃えている。その苦しみに、ナルシアは叫び声を上げた。
耳を引き裂かんばかりの大声に、ナルシアは眼を開けた。その途端、苦しみは消えた。
「夢……?」
暗闇と微睡みの中、どこまでが夢で、どこからが現実なのか境界線が掴めない。だが、身体を襲う熱が嘘みたいに、身体は冷えきっていた。
「眼が覚めたかね」
突然、浮かび上がってきた声に、ナルシアはギクリとして身を強張らせた。振り返り、自分の眼で見たものにナルシアは唖然とした。
一人の男が、向かい合わせになって立っていた。暗闇の中、男の姿がぼんやりと照らされている。男の身体は、自ら発光しているかのように橙に染まっていた。
「あなたは……?」
「私は、この遺跡に棲む者だ」
硬質で、堂々とした声。だが、その声には、掠れのような、どこか弱っているかのような陰りが含まれていた。
「すみません、勝手に入って。私は森の中で迷ってしまって……。一晩、お借りしていたんです」
そう言いながら疲労した身を立ち上がらせると、ふいにナルシアの腹が大きく鳴った。みっともなく鳴るその音に、ナルシアは顔を赤くして俯いた。
「腹が、減っているのかね」
男は、そう聞いた。ナルシアを笑うでもなく馬鹿にするでもなく、無表情を浮かべて、ただ聞いた。
「……はい。昨日から何も食べていないんです。夜通し歩き続きだったし」
飢えて死のうとしていたくせに、何故、腹が鳴る。エルアが死んだと言うのに、何故。
ナルシアは、まるで言い訳をするように早口に言った。
「そうか。……食料をわけてあげたいが、ここには何もない。だが……、君には、これをやろう」
それは、ひとふりの剣だった。男の手から差し出されたのは、彩飾もされておらず、手入れも施されていない粗暴な剣。名刀とは、とても言えないだろう。だが、刀身から発される白銀の輝きは、ナルシアが今まで 見たどの剣よりも、美しかった。




