17
うす暗い西の森の中は、他の森と至って何ら変わりがなかった。穏やかで空気は澄み、何故この場所が悪魔の森と恐れられているのか、ナルシアにはわからなかった。
「ナルシア、ここで降ろして。もう、動くのが、辛いの」
エルアの声は微かで、呼吸をすることすら辛そうだ。ナルシアは彼女の身に負担をかけないよう、ゆっくりとしゃがむと、エルアを樹の根元に寄りかからせた。
「僕が……、死んでいたら良かった。あの時、墜落した時に、僕が死んでさえいれば、君を巻き込むなんてことなかったのに!」
ナルシアは手のひらを、きつく握りしめた。
「エルア、僕はどうすればいい……。君を失いたくないのにっ」
何もする事ができない。どうする事もできない。どれだけ生きていて欲しいと願っても、死に向かいゆく彼女を止められない。
「私は、あなたの力になれたなら……、あなたが生きていてくれるなら……、それでいいの」
ナルシアの頬を涙が伝い落ちた。
「ナルシア。自分を信じて。あなたには、きっと、あなたにしか出来ない事がある」
苦しいはずなのに、恐怖を感じているはずなのに、エルアは微笑んだ。ナルシアが彼女に惹かれた笑顔。温かく、優しくて、救われるような笑顔だった。
「本当は、あなたとずっと一緒に居たかった。だけど……、ごめんなさい」
エルアは眠るように眼を閉じた。
彼女から熱が失われてゆく。握りしめるその手は石のように冷たかった。
森をどれほど歩き続けたのか、涙をどれほど流し続けたのか、わからない。ナルシアは身心共に、悲鳴をあげそうなくらい疲れ果てていた。
空には帳が降り、夜の闇の中、すでに方向感覚は狂っている。行けども森の出口は見つからず、手探りで樹海をさ迷ううちに、ナルシアの喉から荒い息がもれた。
癒えかけていた肩に、ずきりとした激痛が走り、ナルシアは足を止めた。服の下から手を入れ、傷口に触れると、血と、どろりとした膿が滲んでいるのがわかった。
ナルシアはずるずるとしゃがみこむと、近くの幹に寄りかかった。
エルアを犠牲にまでして、生きて、逃げて、それで自分に何が出来ると言うのだろう。エンリトも、居場所も、大事な人達も、全て失ってしまった。失ったもの、それは守りきれなかったものだ。
無力……、無力……、無力……! 悔しかった。何も出来ない自分が情けなかった。
もう、死んでしまおうか。このまま動かなければ、飢えて死ぬことができるかもしれない。これ以上、何のために生きていけばいいのか、わからなかった。
瞳を閉じかけた時、ナルシアは獣の雄叫びを聞いた。か細いようで力強く、獰猛のようで、どこか物悲しいような鳴き声だった。それが合図だったかの様に、棺桶のように暗く静かだった森に、一筋の月の灯りが差し込んだ。
暗闇に、淡い黄金の光。月灯りに樹々が照らされる。そして、魔法のように現れた、予期せぬものにナルシアは眼を見開いた。
「遺跡……」
森の中に浮かぶ、四方形の石で組み立てられただけの建物。その不思議な光景に、ナルシアは思わず、引き寄せられるかのように遺跡へと歩き出した。
石の壁にはひびが入っており、方々に伸びきった蔦で覆われている。入り口には扉など無く、ぽっかりと開いた穴の奥は、地下への階段が続いている。遺跡の口元には、何のものかも解らない白骨が散乱していた。
奉られているのだろうか。ナルシアはふと、そう思った。剥き出しの白い骨が、まるで供物のように見えたのだ。
再び、獣の声が鳴った。今度は、かなり近くに聞こえる。




