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剣に力を込めると、アレフはナルシアを振り払った。ナルシアの華奢な身体は、いとも簡単に吹き飛ばされ、地に落ちた。アレフの口角が、ゆっくりとつり上がる。間髪入れずに、垂直に持った剣を、ナルシアの足を狙って降り下ろす。
だが、ナルシアを捕らえたと確信したアレフの眼は、驚愕に見開かれた。
腹を向けて不様に倒れたナルシアは、身体を捻ると同時に、踵で剣の柄を蹴りとばした。不意を突かれ、アレフが仰け反った一瞬の隙に、ナルシアは体制を整えると、息継ぎの間もなく剣を払っていた。
まずい、そう思った瞬間にはもう、ナルシアの剣はアレフの左腕を抉っていた。
激痛とともに、アレフの背に冷たいものが走った。ナルシアの剣は幾人もの血と油で切れ味を失っていたのだろう。致命傷には至らなかった。だが、それも圧倒的な速度で斬りつけられたおかげで、かなりの深手を負わされている。
なんという凄まじい反射神経だ。アレフは、こんなにも速く動ける人間を他に知らなかった。流れるような、一連の動き。しなやかに動くその姿は、まるで獣のようだった。
痛みに耐えかね膝を着くアレフの眼に、ナルシアの黄金の瞳が映った。それは、己の死を痛烈に感じさせるほど、獰猛だった。
アレフは乾く唇を舐めた。
「訂正しよう、ナルシア。貴様が神の子であるものかっ。貴様は悪魔だ」
どちらにしろ人間ではない。アレフは、嘲るように高く笑った。
ナルシアの眼が一瞬、ぐらりと揺れるのをアレフは見逃さなかった。戸惑いか、迷いか。アレフは、膝まづく足に力を入れ飛び起きると、ナルシアを目掛け振りかぶった。
「ナルシアッ」
鈍色に光る鋭利な刃がナルシアの頭上を捉えた時、彼の耳にエルアの叫びが聞こえた。その声に導かれるかのように、ナルシアは身体を動かしていた。
剣の届かない位置まで足を屈めると、ナルシアはそこからアレフの空いた脇腹へと剣を突き刺した。
くぐもった呻きが、アレフの口から洩れた。
充分に態勢ではなかったため急所は外したが、これ以上、手間取っている訳にはいかなかった。ナルシアは、アレフに深く突き刺した剣から手を離すと、背を向けた。
エルアは力なく横たわっていた。彼女の身を矢が貫く姿に、ナルシアは潰れてしまいそうな胸の痛みを感じた。
ナルシアが、エルアの身を抱き起こすと、彼女は苦しそうに息をした。
「ごめん……。エルア……、ごめん」
悔やんでも、悔やみきれない。自分のせいで彼女を巻き添えにし、傷つけた。
「エルア、医者へ行こう。ヤタの村まで案内してくれ」
エルアは、ナルシアの腕の中で小さく首を振った。
「……お願いがあるの。私を、西の森まで連れていって」
「西の森……? どうして、そんな場所へ。早く君を医者に診せないと……」
手遅れになる。
「ナルシア。ヤタの村に医者はいないの。あの村は、小さな、小さな村だから。それに……、私は……」
エルアが喋る度に、傷口から血が漏れた。
「西の森で、死にたいの」
ナルシアの唇が震えた。堪えきれない感情が喉元まで込み上げる。
「ナルシア、お願い」
ナルシアは何も答えられなかった。ただ無言で、エルアの柔らかな身体を抱え上げた。




