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「さぁ、我々と一緒に来てもらいましょうか。抵抗しなければ、丁重におもてなし致しますよ。エンリト国、第一子皇子、ナルシア・アヴェルガ様」
エルアの眼が驚きに見開く。ナルシアは、空の手を握りしめた。
「嫌だと……、言っても連れていくつもりなんだろう。だが、そのかわり、その子は放してやってくれ」
アレフは思案する素振りを見せたが、笑むとあっさりと承諾した。
「いいでしょう。では、こちらにいらして下さい。あなたの身と引き換えに解放いたしましょう」
自分が行かなければ、彼女は助からない。迷う術もなかった。アレフを睨みつけると、ナルシアはゆっくりと歩き出した。
その時、エルアの乗っている馬が勢いよく暴れだした。
「この女っ、おとなしくしろ」
はっとして見れば、エルアの振り上げた足が馬の腹に直撃し、兵士は馬へのコントロールを失っていた。馬は嘶くと大きく前足を振り上げ、エルアと兵士は地面へと降り落とされた。
「貴様っ、何をやっているんだ」
アレフの怒声が飛ぶ。
エルアは素早く起き上がると、兵士の落とした剣を拾って駆け出した。
「エルア!」
ナルシアはとっさに、手を伸ばした。その指先に、エルアの指が触れようとしたその瞬間。エルアの腹に、弓の矢が貫いた。眼の前で、エルアの顔が痛みに歪む。
ナニガ、オコッタンダ……?
エルアは、ナルシアの震える手に剣を渡すと、痛みを押し殺すかのように強く囁いた。
「ナルシア、逃げて」
血が、彼女の服を濡らしていく。
一瞬、ナルシアの目の前が黒く染まった。胃の腑から込み上げてくる猛る感情。それは炎のように燃え上がり、ナルシアの心臓を焦がす。
視界が、陽炎のように揺らめく。ナルシアは、エルアに渡された剣を握りしめた。
「貴様等、何をやっているっ。早く、ナルシアを捕らえろ。足を落としてもかまわん。必ず、逃がすな!」
一人の兵士が振り上げた剣を、ナルシアは一閃を切るように振り払った。そのまま流暢な動きで、相手の喉に正確な突きを喰らわす。首を水平に切り裂き剣を引き抜くと、左足を踏み込んで、別の兵士の楔帷子を引き裂いた。ナルシアの凄まじい剣撃の動きについていけず、兵士は次々に倒れていった。
美しい森が、血に染まってゆく。大地と同じようにナルシアの手も゛誰か″の血で染まっていた。滑りのある嫌な感触が手に伝わる。
人間の形をした、生気の無い残骸が、足元を埋めつくす。ナルシアは、血塗れのその凄惨な光景から眼を背けた。
「エルア、待っていてくれ。必ず、君を助けるから」
ナルシアはそう呟くと、薄く笑みを浮かべたアレフへと向きなおった。
「流石は、黒龍団のロイス・アルテをくみしただけのことはある……。我が隊を一瞬にして、全滅させるとはな」
アレフの口調に、強い憎しみが滲む。
「貴様の力は、おぞましい」
ナルシアは足を踏み込むと、アレフに向かって走り出した。
右肩まで振り上げた剣を斜めに斬りつけようとするナルシアを制し、アレフは己の剣でバインドさせた。剣は高い金属音を立て、互いの眼と眼の前で合わさる。ナルシアの剣は、ギリギリと喰らいつくように押しよせてくる。
だが……、アレフは眉間を寄せた。あまりにも、脆弱な若い筋肉。これでは思うままには剣を動かせまい。




