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エンリトは滅んだ。共にナルシアの中で何かが死んでしまったかのような虚しさが込み上げる。だが、それは皇子として、英雄の子孫としての解放でもあった。
全てのけりがついたら、必ず此処へ戻ってこよう。そして、何のしがらみも受けずに自由に、エルアと生きていこう。
そろそろ、街から彼女が帰ってくるかもしれない。ナルシアはエルアの笑顔を思い出しながら、窓を開いた。
その途端、突風が流れ込んできた。風はナルシアの頬をすり抜け、部屋中に舞い上がった。
振り返ると、窓に向かい合うテーブルに乗せられていた皿の中の野草達が散らばっていた。片付けようとテーブルに近づくナルシアの眼に、小さな木編みのバスケットが映った。いつか、ヤンの持ってきた街からの荷物だ。薄い布が掛けられていたはずだが、風でそれも飛び、中身があらわとなっている。小瓶に入った調味料、裁縫道具に、これは……?
ナルシアは無地の薄い封筒を手に取った。封のされていない包みを傾けると、手のひらに転がるように中身が出てきた。パラフィン紙に包まれた少量の粉。それは薬のように見えた。怪我をしている自分のための物だろうか。だが、ナルシアはエルアに飲み薬を渡されたことは、一度もなかった。
ナルシアが眉をひそめたその時、静寂を引き裂く甲高い悲鳴が窓の外から聞こえてきた。
エルアの声? ナルシアの心臓が、じくりと疼いた。
薬を放り出してナルシアは部屋を飛び出した。扉を開け、彼を待っていた光景にナルシアは息を呑んだ。
騎乗した兵士の群れ。鈍い銀色に光る甲冑姿の兵士達は、狭い森の中だというのに、整然ととして並んでいる。
兵士の一人が持つ軍旗が風に煽られた。そこに描かれていたのは、黒い翼を持つ女の紋章。あれは……。
レイダート軍。
エルアはその中の一人の、馬に乗せられ捕えられていた。首元を剣で抑えつけられ、彼女の顔は、ひどく青ざめている。それを見た瞬間、ナルシアの体内に、燃えるような怒りが沸き上がった。
「ナルシア・アヴェルガだな」
兵士の中で、一人だけ飾りたてられた上等の白馬に乗った男は、地面に降り、前に出てくるとそう言った。ナルシアが無言で睨みつけると、男は酷薄そうな薄い唇を歪めるように笑った。
「まさか、本当に生きているとはな。レテ様の勘には驚かされる……。いや、流石は神の子といったところか」
男は丁寧にゆっくりと喋った。だが、それは追い詰めた獲物をいたぶるかのような、嫌なざらつきを含んでいる。
淡い金髪に、屈強な戦士達の中では異彩を放つ細身の身体。それに、当てはまる男の名をナルシアは知っていた。
「レイダート公国四団長、アレフ・マーキス」
「私の名を知っておられるとは、これは光栄な事……。あなたの様な、お方にね……」
アレフは、鋭く光る眼を細めた。
「私に……、何の用件なんだ。私はもう、エンリトから追放されている。私を殺したところで、レイダートには何の得にもならないだろう」
「そうは、いかないのですよ。あなたに光脈のありかを吐いてもらうまではね」
「光脈のありか……?」
ナルシアの胸に戸惑いが広がった。
「そう。あなた達エンリト人が、どうやって光脈を使用していたのか、残念な事に我々では解明できない。ですから、あなたのお力をお借りしようと言うのですよ。まさか、あなたともあろう人が、知らないとは言わないでしょう?」
だが、ナルシアの頭は空白だった。幼い頃から、帝王学、政治、経済とあらゆる学問を叩き込まれたというのに゛光″に関する知識は、一般市民と何も変わらない。祖父も父も、いっさいを語ってくれる事はなかった。




