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「そこで外交が問題になってくるんですよ。ミドロルの商人が取った手というのは、ミドロルより低賃金のロード・ガルナやアーク・レイの商人に仕事を受注させたのです。安く作らせた物は安く売れますからね」
ロックは黙ってそれを聞いていたが、手元からパンがなくなると、やっと口を開いた。
「だが、それは資本主の私服は肥えても、国益にはならない。結局、消費者は労働と引き替えに、品物を安く手に入れてるに過ぎないんだからな」
「そう、だから、アシルから南下した街ではスラム化が進んでいるんです。一定水準の安定と謳われたミドロルですが、実際は職を失う者は増え、貧富の差は激しくなってるんですよ。悲しい事に、この国は一部の人間しか生き残れない仕組みになりつつあるんです」
「だから、エンリトとの貿易破綻で、その歪みが爆発したんだ。何か手を打たないと、ミドロルはこのままじゃ……」
言いかけて、ロックは口を止めた。腕の辺りに小さな衝撃を受けたのだ。きゃっという悲鳴に下を見ると、小柄で華奢な少女にぶつかっていたのに気付いた。
「悪い」
ロックが声をかけると、少女は顔を上げた。
「いえ、私のほうこそ、すみません」
少女は会釈をしながら軽く微笑んだ。ロックは眼で、雑踏に消えてゆく少女の背を追いかけた。その様子にカルテロは、にやにやと笑みをこぼす。
「なんだよ」
「いや、お前のような朴念人でも、女の子に見惚れる事があるとはな。可愛らしい子だったじゃないか」
「勝手に言ってろ」
そうじゃない。今の少女、顔色が真っ青だった。人混みに酔ったとか、そういう程度ではなかった。
むきになって反論してこないロックに、からかいがいがないとばかりにカルテロは肩を竦めた。
「さぁ、お二人とも。宮殿が見えてきましたよ」
パロディアスの指す方には、コの字に折れ曲がった長方形の建物が聳え立っていた。それは、白と淡いベージュを基調とした近代的な造りで、王族の棲まいというより美術館のような出で立ちだった。
パロディアスは愛憎の良い笑みを浮かべ門兵に近づいた。
「ロード・ガルナ賢人、トラルの弟子パロディアスと申します。トラルより一報、送らせて頂いておると存じますが、国王陛下への訪問、願いたく存じ上げます」
「はっ、王から伺っております。こちらへどうぞ」
どうやら、トラルからアポイントメントの許可は取ってあったらしい。一行は門兵の一人に案内され、ミドロル城へと足を踏み入れた。
赤い絨毯のひかれた大通路の天井には、神アシュラウルや光の騎士団の英雄達の姿が描かれている。精霊達の争い、騎士達の勇ましい戦いが、一枚の絵巻のように映し出された様は圧巻で、天井を見上げ、ふわふわと柔らかな絨毯を歩いていくうちに、まるで夢でも見ているかのような気分にさせられる。だが、夢は終わり、一行は分厚い扉から謁見の間へと通された。
ずらりと並ぶ従者達の中心に、ミドロル王イルマークはいた。まだ若いながらも、でっぷりとした体躯と自信溢れる精悍な顔つきが王の風格を醸しだしている。
「これは、パロディアス。久しいな。ロード・ガルナの祭典以来になるか。あれから何年ぶりになろうか」
王はパロディアスを見ると、打ち解けた柔らかい表情になった。旧知の友にするように、王はパロディアスを親しげに抱きしめた。




