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「言っておくけど、どこ行っても同じだよ。ミドロルの物価は貿易破綻のせいで高騰してるんだ」
「しかたありませんね」
パロディアスは諦めたようにため息をつくと、袋から紙幣を出した。
「お二人は先に部屋へ行ってて下さい。私は夕食を買ってきますから」
受け付けが済むと、パロディアスにそう促され、ロック達は部屋へと向かった。
「こんな狭くてぼろい部屋に千ルドかよ。あの店主、俺等がよそものだとわかって、ふっかけたんだぜ」
「まぁ、状況が状況だからな。経済対策に必死なんだろう」
「他国に頼っていたから、こうなるんだろう。自業自得だ」
テーブルにコートと荷物を置くと、ロックはパロディアスから預かった熱光石を手に取った。
「ロック、どこに行く気だ」
どこかへ移動しようとするロックに、カルテロは声をかけた。
「風呂」
「お前……、年功序列という言葉を知らんのか?」
早い者勝ちだろと、冷たく言い捨てて風呂場へと消えていくロックの背に、カルテロは大きくため息をついた。
なんという生意気な奴だ。
それから息を吐くように、ふっと笑った。だが、そういう性格が面白くもある。頭で色々と考えている割には行動的だし、ひどく冷静で度胸もある。そして、強い意志を宿した眼。カルテロは、ロックのような眼差しを持つ少年に出会った事は一度としてなかった。
しかし、とカルテロは思った。それを差し引いてもロックが普通の少年である事は変わりない。トラル様は何を思って、あの少年にナルシア様の救出をさせようとしたのか……。
いつの間にか、ぼんやりと考え事をしていたカルテロの眼に、机に置かれたロックの短剣が映った。あのくらいの年頃が持つにしては古く、年代物だ。ジンクスなのか、ファッションなのか、柄の部分を幅の広い紐でぐるぐると覆ってある。カルテロは、その紐がほどきかけているのに気付いた。自分との訓練で酷使したせいだろう。巻きなおしてやろうと、いらぬお節介とも言える親切心で、カルテロは紐をほどきはじめた。
「これは……」
長い紐が、テーブルに辿り着いた時、カルテロは思わず風呂場へと眼をやった。
あいつは……、何者だ……?
その時、部屋の外から足音が聞こえてきた。誰かが部屋へと近づく気配に、カルテロは急いで紐を巻き直した。
「ただ今、戻りました。やはり食料店でも、だいぶ、ふんだくられましたよ」
中身の詰まった袋を抱えて、パロディアスが入ってきた。
「あれ、ロック殿はどこに行かれたんですか」
カルテロが浴室を指すと、パロディアスはあぁと納得したように頷いた。大量に買いこんできた食料をテーブルに並べるパロディアスだったが、黙りこむカルテロに首を傾げた。
「どうか、なさったんですか? 難しい顔をして。ロック殿とまた、喧嘩でもなさいましたか」
「あ、いや……。何でもないんだ。俺も少し、疲れているようだ」
「そうですね。ロック殿じゃあありませんが、自然の中での生活は過酷なものがありましたね。しかし、ミドロルまで着きましたし、うまくナルシア様が見つかれば良いのですが……」
ナルシアは生きている。迷いなく言い切ったロックの眼差しを、カルテロは思い出した。
「見つかるさ」
そう、必ず。
太陽の光が頬を射す。眼をゆっくりと開ければ、風で揺れるカーテンの影が光の波間をつくっていた。
身を起こすと、起き抜けのだるさが身体をおそった。
「お早うございます、ロック殿。ずいぶんとぐっすり、お休みになられていたようですね」
声がする方を見ると、パロディアスとカルテロが、テーブルに向かい合ってお茶を飲んでいるのが眼に入った。
「今、何時だ」
ロックは、毛布をはぐると床に足をつけた。
「もう、正午を過ぎているぞ。何時間寝たら気がすむんだ、お前は」
「まぁ、まぁ、久しぶりのベットだし疲れているようだから、起こさないでやろうと言ったのはカルテロ殿ではないですか」
「俺は、こいつがここまで寝起きが悪いとは思わなかったんだ」
ロックは窓辺に立つと、カーテンを開いた。
「雨は上がったみたいだな」
「昨夜には、やんでいるようでしたよ。それより、ロック殿、宿屋から出た朝食を取ってますよ」
もう朝食とは言わんぞという、カルテロの茶々を相手にせず、ロックはテーブルを覗き込んだ。
「これが朝食ね……。たいした高級メニューだな」
ロックは固くなって変色したパンを口にくわえると、コートを羽織った。




