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天のカリカチュア  作者: 綾崎 伊志
 第4章 悪魔の森
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 7

 「ロック、あの建物じゃないか」


 カルテロの指した方には、山のような黒い影が映っている。黒い影は白い霧に混じってぼんやりと形どり、その両脇からとてつもなく長い外壁が伸びていて、広い草原の見通しを遮っていた。一行は、ほっと息をついた。


 巨人でも出入りしようというのか、門扉は巨大で、その表に武器を持った兵士達がちらほらと佇む。言葉で言い表すなら、正に鉄壁。流石、要塞国家と言われるだけはある。


 パロディアスは、兵士の一人に近づいた。


「ミドロルへ入国したいのだが……」


「入国書は持っているのか?」


 パロディアスの形相に怪訝な顔を見せる兵士だったが、トラルの推薦状を見せると、その佇まいを直した。兵士が、片手を大きく上げると、それを合図に、巨大な門はギギッと大きな音をたてゆっくりと開いた。


「さぁ、お二方。参りましょう」


 門をくぐると、門扉に負けず劣らずの巨大な施設が三人を待ち受けていた。ミドロルの外交所として機能するその建物の中は、ひたすらだだっ広く、大掛かりなものだったが、そこには閑居が漂っている。これだけ広い空間に、人気が無くしんとしているというのは、どこか不自然なものがあった。


「しかし、誰もいないな」


 辺りをもの珍しそうに見渡しながら、カルテロは言った。


「そうですね。ミドロルは要塞国家ですので、気軽に入りこめる所ではありませんから、隣国とはいえ、ロード・ガルナの一般の人間は滅多にミドロルに来る事はないんですよ。とはいえ、ここにあるもう一つのゲートは、アーヴィングの街とを繋ぐ貿易街道の入り口ですから、エンリトがあんな事にならなければ、賑わっていたのでしょうが」


 ロックは、パロディアスの説明に眉間をしかめた。


「ミドロルの国家収入は、エンリトへの輸出で半分を超える。それが駄目になったんだがら、ミドロルの衰退は激しいものだろうな」


 植物の育たないエンリトへの農作物の輸出は、ミドロルに多大な利益とエンリトへの権限を与えてきた。だが、それでもエンリト優位のパワーバランスが崩れなかったのは、やはり光脈所有の力が大きい。エンリトへの畏敬という概念は、科学を提唱したグラハム王の時代から強まり、友好国という裏に支配と従属という一面が潜んでいた。


「エンリト崩壊の影響は、他国まで及んでいたということか」


 カルテロの言葉は、静かな建物の中、寒々しく響いた。


 彼等は施設の末端にある受け付け場で、審査を済ませ入国許可を貰うと、出入口から外へ出た。雨は今だに降りしきっており、倉庫しかない無骨なエンタレスの街を濡らしていた。


「それで、これからどうする? ナルシアが落ちた場所まで行ってみるか?」


 ロックは二人に聞いた。すると、パロディアスがそれに答えた。


「その前に、ミドロル城へ寄りたいのですが。トラル様から、王に面会するよう言い使っていたんです。もしかしたら、ナルシア様もミドロル王に助けを求めているかもしれないですし」


「それでは、今日はアシルまで行って宿を取り、明日、城へと向かうとしようか。身体も冷えた事だし、こう濡れていてはお前達も敵わんだろう」


 長時間、雨に濡れていたせいで、身体は芯から冷えきっている。体調を崩す前に身体を温めたほうが良さそうだ。三人は、再び雨の中、アシルへ向かった。


 エンタレスまで着いてしまうと、アシルの街までは近い。彼等は一刻もしないうちに街へと辿り着いた。


「あぁ、これでやっと風呂に入って、ベッドに寝れて、普通の飯が食える。ロード・ガルナの草原じゃ、散々な目にあったからな」


 宿の軒先に入ると、ロックは、これ以上染みる場所のないくらい水分の含んだ上着を、ぎゅうと絞った。


「お前、あれしきの事でへこたれるとは情けないぞ。男なら、しゃきっとしないか」


「俺は、あんたと違って繊細にできてるんだよ。人間、筋肉さえありゃ、いいってもんじゃないだろ」


「まったく……、へらず口を。本当にお前は可愛げのないガキだな。お前に、ナルシア様の爪の垢でも煎じて飲ませたいものだ」


 ロックとカルテロは青筋をたてて睨み合う。その合いなかで、パロディアスは呆れたように合いの手を入れた。


「さぁさぁ、お二人共。師弟喧嘩はそのくらいにして、さっさと中に入りますよ」


「誰と誰が師弟だよ」


 息ぴったりに被る言葉を無視して、パロディアスは宿の扉を開けた。


「いらっしゃい」


「部屋は空いていますか。三人なんですが」


「あぁ、空いてるよ。一泊、一人千ルドだ。それで良ければ、どうぞ」


 千ルドといえば、高級レストランでフルコースぐらいはできる値段である。小さなおんぼろ宿屋としては非常識な高値だ。ぼったくりだろ……と呟くロックに店主は気を悪くした風でもなく、そらぶく。

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