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「あぁ、ナルシア……」
「ナルシア?」
「ほら、この間、東の森に倒れていて、あなたに助けてもらったでしょう」
「やっぱり、あの時の。森で倒れていた時は、青ざめてまるで生気がなかったから、気にはかけていたんだ。もう、動いたりして大丈夫なのかい」
話しかけられ、返事をしようと眼をヤンの眼に重ねた時、ヤンの顔に驚きが走った。背の高いヤンは自分より低い位置にあるナルシアの顔を覗き込むようにして、まじまじと見つめた。
「あの、僕の顔に何か……」
戸惑いながらナルシアが聞くと、ヤンは自分が不躾なに見ていた事に気付いたのか、きまり悪そうに視線をそらした。
「いや、君の眼が印象的だったからさ。黄金の瞳なんて、変わってるね」
黄金の瞳。それは、アヴェルガ家王子としての証。ナルシアは瞳を隠すように眼を伏せた。
大きく風が吹いた。雨は開かれた玄関から流れ込み、部屋を濡らす。
「ヤン、中へどうぞ。何か飲み物でも用意するわ。温められなくて悪いけど……」
「あ、いや、僕はもう帰るよ。親父にも早く帰ってこいって言われてるんだ。゛エンタレス″に荷を卸すのが無理になったから、村中、大騒ぎになってる」
エンタレスとは、ミドロルの首都アシルに近い都市で、アーヴィングとの貿易街道を繋ぐ入り口でもあった。ここでは、ミドロルで収穫される作物の大半が卸され、エンリトへと流出されていく。ミドロルの経済を支える重要な一大市場として位置していた。
「エンタレスで、何かあったの?」
「あぁ、エルアは知らないよな。実は……」
ヤンの顔が暗く曇った。
「エンリトが滅んだんだ」
ナルシアは雨音で聞き間違えたのだと思った。だが、ヤンの言葉は、鼓膜を支配し、鮮烈に頭の中に鳴り響く。どくり、どくり、と心臓が鳴った。
「エンリトが、……滅んだ?」
繰り返す声が掠れる。滅んだ。その言葉に支配されたかのように、身体が麻痺していた。
「あぁ、信じられないよな。エンリト程の大国が。俺だって今だに信じられない」
「どうしてっ。エンリトに何があったんだ。まさか、レイダート公国に降伏したのか?」
隻が外れたかのようなナルシアの剣幕に、エルアもヤンも、驚いた顔をする。
「いや、そうじゃない。俺も詳しくは知らないんだけど、何でも地上から光が暴発して、一日で焼け野原になったらしい。エンリトの民は全滅したって……」
「光……?」
ウォルナの街を滅ぼしたエネルギー砲でさえ、光脈全体からすれば、僅かな量でしかない。甚蔵無尽にエンリトに眠る光が溢れ返ったとすれば……。ナルシアはぞくりとした。一日で、エンリトが滅んだとしても、不可能じゃない。
だが、なぜ、そんな事態が起きた? アシュラウルが人間へ光を与えた時から、そんな史実は聞いたことがない。
ナルシアは、自分の眼の前で、炎が消え去った事を思い出した。精霊が消えた事、それと何か関係しているのだろうか。
「俺は、そろそろ帰るよ。エルア、暇ができたら、また遊びに来る。それまで、元気で」
「えぇ、……気をつけて」
ヤンは、エルアにタオルを返すと、黙りこくってしまったナルシアをちらりと見て、呟いた。
「ナルシア…、まさかな」
エルアは雨を避けるように、扉を閉めた。振り返ってナルシアを見れば、真っ青な顔をして、放心状態に陥っている。
「ナルシア、大丈夫?」
「エンリトが、滅んだなんて信じられない」
いや、信じたくない。エンリトには何千万という人間が住み、暮らしている。それが……、全滅した……? そんなこと、信じられるはずがない。
エルアは、ナルシアの 指先が震えているのに気付いた。
「もしかして……、エンリトは、あなたの故郷なの……?」




