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時が止まってしまったかのような静かな場所だ。アーヴィングの王宮で生まれ育ち、常に従者が側に付いていたナルシアにとって、まるで別世界に来てしまったかのような気分だった。
たった一人きりで、これからどうやって生きていけばいいのだろう。ナルシアは国民達の、絶望し、裏切りに憎悪し、自分を拒絶する百万の眼を思い出した。何の力も 持たない自分は、誰にも望まれていないというのに。
その時、ナルシアの耳に微かな歌声が届いた。細く、柔らかな声が穏やかな旋律を舞う。それは、ナルシアの心を静め落ち着かせた。
ナルシアは歌声に誘われるように、部屋を出るとそっと廊下を歩いた。
歌声はエルアのものだった。少女は小さな台所で、椅子に浅く腰かけ、草の束から葉を千切り丸い器へと入れている。楽しそうに、幸せそうに歌っていた少女は、ナルシアの姿に気付くと顔を上げた。
「ごめん。うるさかった?」
申し訳なさそうな顔の少女に、ナルシアは軽く笑うとかぶりを振った。
「いい歌だね」
エルアは嬉しそうに微笑みを返した。
「母が、よく歌っていた歌なの。小さな頃からよく聞かされたから、つい口ずさんでしまうんだ」
「 そういえば、君の家族は? 礼を言わないと」
ナルシアは台所から続く広い居間を見渡した。だが、少女以外に人の気配はない。
「両親は……、いないの。母は私が小さな頃に病気で、父は一年前に……、亡くなったから」
「そうか……、すまない」
謝るナルシアに、エルアは明るく首を振った。
「いいの。だから、治るまで気を使わないでゆっくりしていて」
アーヴィングの街から遠く離れた辺境に住む少女は、自分の正体など露ほども気付いていないだろう。ハンセンは逃げ出した自分を探しているだろうか……。だが行く宛のないナルシアは戸惑いながらも素直に頷くしかなかった。
「ありがとう、エルア」
少女は、優しく微笑んだ。その笑顔は、素朴ながらも美しい、野に咲く小さな花のようだった。
広い草原の上、金属の交じり合う甲高い音が響いている。
「ロック、もっと素早く動け。間合いが甘いぞ」
鈍重そうながたいに反して俊敏に動くカルテロの剣を、ロックは防ぐので精一杯だ。
汗が額から流れ落ち、視界を邪魔する。集中が乱れ、ロックは手にした短剣を弾き飛ばされてしまった。手首に走る衝撃にロックは顔をしかめた。
「くそっ」
激しく動きまわったせいで、膝に手をかけて荒い息を吐くロックに、カルテロは軽く笑いかけた。
「どうした。もう終いか?」
涼しい顔をして話しかけてくるカルテロを、ロックは睨み付けた。
「ちっ、もう止めだ。何時間やっても、かすりもしない。ばかばかしい」
不貞腐れたように、ロックは草原に座り込んだ。
「そりゃあな、お前と俺ではキャリアが違う。そう簡単に一撃喰らわされては、光の騎士団の面目、丸潰れというものだ。だが、剣筋はうまくできていた。運動神経も良いし、しばらく訓練すれば、すぐに上達するぞ」
「そりゃあ、どうも」
ロックは、にこりともせずに答えた。
「おぉーい、お二人方。食事の準備が出来ましたよ」
離れた場所から、パロディアスの張った声が聞こえてくる。それを聞いた途端、思い出したように腹が鳴る。一日歩き通しのうえ、とどめのように激しい剣の訓練をさせられ、腹の底まで空っぽだった。
薄い、小さな鍋の蓋ぐらいの大きさの熱光石の上には、野草が並べられ真ん中に、こんがりと焼かれた獣が横たわっていた。
「また……、こいつの丸焼きかよ」
皮を剥ぎ、臓物は抜いてあるとはいえ、生々しい姿は見るからに食欲が失せた。




