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見事にトラルのペースにはめられ、誰もが呆気にとられて言葉を失った。
トラルの心意は掴めない。訝し気なロックの顔に気付き、トラルは穏やかに微笑んだ。
「心配するな。これでも私は人を見る眼はあるほうだ」
その言葉に、ロックはチラリとパロディアスの顔を盗み見ると、ため息をついたのだった。
翌朝、柔らかな羽毛のベッドをトラルに施されたロックは、軽快に眼を覚ますことができた。
いつもは寝起きの悪いロックだったが、寝ぼけることもなく軽い身のこなしで床に足をつける。着ている肌触りの良い薄いガウンを脱ぐと、昨日きれいに洗ってもらっておいた自分の服に着替えた。旅のしたくといっても、とりたてて自分には用立てるものはない。ロックはコートをひっかけると、手ぶらのまま階下へ降りていった。
知らぬ場所への旅立ち。ロックに、その事に対する戸惑いや恐れはなかった。どうせ帰る場所はない。それならば、自分に出来るだけの事を、やってみるのも悪くない。
気がかりだったのはホールの事だった。だが、昨日その事をトラルに告げると、トラルは急いでトラヴィスに伝書鳩を出し、軍のキャンプで怪我の手当てをし面倒をみてくれるよう計らってくれた。軍が帰路した後は、トラルがこの屋敷で世話してくれるという。ホールを旅に連れていけないのは残念だったが、ロックはとりあえず安心した。
食堂に入ると、朝食の準備は出来ていて、すでに全員集まっていた。カルテロとパロディアスは朝からやかましく、あぁだのこうだの話しあっていた。ロックが空いてる席に座ると、にこやかにトラルが声をかけてきた。
「おはよう。昨夜はゆっくりと眠れたかね」
「おかげさまで」
ロックは給仕の注いでくれたフォンという温かい飲み物に口をつけた。
食卓には豪勢なものが並ぶ。ふかふかの焼きたてのパンにこってりとしたクリームを厚くのばしながら、ロックは自分のものに比べてトラルの皿の中身がひどく質素なのに気がついた。
「あんた、それだけなのか?」
「あぁ、私はこれで充分だよ」
年のせいで多くは食べられないのだろうと思ったが、パロディアスがそれに口をはさんだ。
「トラル様は欲のない方なんですよ。お金を使う時はお客様をもてなす時だけなんです。人一倍あるとすれば知識欲だけですか……」
にこやかに、そう説明するパロディアスだったが、余計な事は言わんでよろしいとトラルにたしなめられ、首をすくめた。
「それはそうと、ロック。お主はどの道を辿ってナルシア様のもとへ向かうつもりなのだ」
トラルに尋ねられロックはパンを口に運ぶ手を止めた。
「そうだな……。ナルシアが墜落したのはミドロルのヤタの村付近の森だったはずだ。だから、ロード・ガルナから出て西南の方へ向かおうと思っている」
「それがいいだろう。今朝早くに、トラヴィスが便りを送ってきたのだが、レイダートの軍勢がエンリトに押し寄せてきたらしい。ロード・ガルナ軍も急いで撤退する事に決めたらしいが、お前達も暫くはエンリトに近よらぬほうがよかろう」
トラルはふところから、薄い封書を取り出した。
「ミドロルの国境の通行書を用意しておいた。私の推薦状だ。ミドロルの関所でこれを見せれば通してもらえるだろう」
「それは、どうも」
ロックは封書を受け取ると、コートのポケットの中へ突っ込んだ。




