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話しの見えぬパロディアスは眉をひそめた。
「スタイズとは? 聞き慣れぬ言葉ですね」
その問いに、カルテロが答えた。
「エンリトで開発された機械で、物体にかかる運動の速度を自在に調整する事ができるのです。一般に普及する事はあまりありませんが、リュームや飛行船にも使われている物なんです」
パロディアスは暫く考えこんでいたが、なにか閃いたかのように顔が明るくなった。
「つまり、それがパラシュートのような役割を果たしたということですね」
「まぁ……、大雑把に言えばそうですね……。それにしても……」
カルテロは再びロックに向きなおった。
「危険な賭けをしてくれたもんだな」
怒気の混じるカルテロの眼を、ロックはしらけたように返した。
「だが、助けるためには、そうするしかなかった。さすがにハンセン宰相も王族を死罪にはできなかったが、幽玄の塔に一生、幽閉の身なんて死んだことと代わりがない。生き残り自由を掴むためには危険をおかす覚悟も必要だ」
閉じられた孤独な塔で、感覚は遮断される。暗闇の中、思考は徐々に麻痺していき、たとえ肉体は残ろうとも、精神は死滅するだろう。
カルテロは、むっと唸ると顔をしかめた。
二人のやりとりを黙って聞いていたトラルだったが、神妙な表情をして呟いた。
「なんとも奇妙な符合だな。ナルシア様をエンリトから追いやった者が死に、助けたいと思った者だけが生き残った。……これも、神の導きなのかもしれんな」
運命は廻りはじめたか……。
トラルは不思議な言葉を呟いた。乾いた表情の裏で、賢者が何を考えていたのかロックには計りしれない。だが、運命という言葉が妙に心を締めつける。
トラルはロックに眼を向けた。
「ロックよ。お主に頼みたい事がある。ナルシア様を見つけだし保護してもらいたい」
「俺が?」
ロックは素直に驚いた。大賢者トラルともあろうもの、優秀な部下は大勢いるだろう。何故、出会ったばかりの自分に、そんな事を頼むのか。
「……ナルシアなら、自分の身は自分で守れるんじゃないのか」
ロックは、素っ気なく言った。
「確かに、ナルシア様は剣技の天才と言われているが、なにしろ王宮育ちだからな。慣れぬ俗世に放り出され、戸惑っていることだろう。お前のような世馴れた者なら、ナルシア様の助けになるだろう」
ロックは反論しようとして口を開いた。だが、自分の眼を覗き込むトラルの視線に虚を取られる。まるで、自分の奥深い深淵にある何かを見られているようで、ロックの瞳は揺らいだ。
「ロック。真実が知りたくはないか」
ロックは喉をこくりと鳴らした。
「真実……?」
トラルは、そうだと頷くと、ロックから視線をはずした。
「何故、精霊は姿を消したのか? 何故、突如、光は暴走したのか。その問いをナルシア様なら解けるはずだ」
ロックはぞくりと身震いした。
世界に広がる混乱。ナルシアはその事態を解く、いわば鍵のようなものだ。それを自分に託そうというのか。
「お待ち下さい。ナルシア様を救出するのは臣下である私の役目。なにも、わざわざこの少年に頼まなくとも、私がいたします」
慌てたようにカルテロが口をはさむ。もっともな反論だったが、トラルはまるで意にかいさぬように、にっこりと笑った。
「そうだな。では、カルテロ殿にもロックに同行していただこう。それから、パロディアス。お前も、お二人について行きなさい。不祥の弟子ではあるが何かの役には立とう」




