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「でも……、でも、ロック兄が言ってたんだよ。この国は、一皮むけば機械と軍隊の国だって。聖なる加護だって昔はあったかも知れないけど、今はそんなのあるかどうか、わかんないって」
ロック。その名を聞いて、老師は眉根をしかめた。また、至らん事を子供に吹き込みおってと、老師は、忌々しげに首を振った。
「あんな悪たれの言う事など聞いておったら、良い大人になれんぞ」
そう戒めるが、ロシュレルは、ふてくされた様に険しい眼を返すだけだった。
都市一番の変わり者。そう噂されるロックという少年。強情で頑固、自分で決めた事以外は、テコでも動かせないという非常に手のかかる少年だ。
だが、どうした事か、子供達には強い影響力を持つ。子供達が反抗的な態度を取る時、必ず「ロック兄が言ってたんだよ」というのが決まり文句だった。
「あの、ひねくれ者には、出来る事ならナルシア様の爪の垢でも煎じて飲ませたいところだ。全く、あいつの行く末が心配だな」
そう言って、しかめっ面をする老師に、子供達は互いに顔を見合わせ、クスクスと忍び笑いをもらすのだった。
神、アシュラウルが与えた「光脈」によりエンリトの地は 高度な文明を生み出し繁栄を極めた。しかし、「光脈」の巡るエンリトの地では、植物が育たなかった。
精霊達の呪いなのか、原因はわかっていないが、そのためエンリトでは昔から他の国との貿易が盛んに行われていた。
近年になり機工が発達すると、アヴェルガ家はエンリトの最も核となる王都アーヴィング に巨大な飛行場を造った。
それが、通称「世界への門」と名付けられた、数々の飛行船の眠るエンリトの一大空港である。
「あぁ、暇だ」
カップの底も見えないほどの濃いお茶に、たっぷりと入れた砂糖をスプーンでカチャカチャ混ぜながら、フリックは、ぼやいた。
「こんな暇な日ってのは、俺が空港事務員になって十年来、初めての事なんじゃないかねぇ」
と、だらけた声を出すフリックの一方で、相方のダンが、せっせと机に俯いたままそれに答える。
「そりゃ、仕方がないさ。今日はナルシア様ご出陣の日だからな。公務以外は皆休業してるし、飛行船も止まってる。こんな日に来るなんて奴は、休みもとれない程、不景気か、よっぽど罰当たりな不信者ぐらいのもんさ」
お茶の雫のついたスプーンをひと舐めし、フリックはニヤリと笑った。
「違いねぇ」
日の入る窓の下では、まるでモップのような風貌をした犬のケリーが、光に包まれ気持ち良さそうに寝ている。
穏やかな昼下がりだった。
「しかし、ハンセン参謀も何を考えているんだかな。レイダート公国への戒めのためとはいえ、国位戴冠式の前にナルシア様を戦へ出すとは。万が一、何かあったら、どうするつもりだ」