8
「ふむ……、火の精霊が消えた時から懸念はしておったが」
トラルは顎に手をあて深く考えてこむ仕草をした。
「賢人、あなたには精霊が消え、光が暴走した理由がわかるのか?」
「さて……、この地上のあらゆる学問に精通し、賢者と呼ばれる私だが、それだけはわからん。精霊や光脈は神の領域。ただの人間には触れることも許されぬ。わかる人間がいるとするならば……、ナルシア様ぐらいのものだろう」
トラルがその名を口にした時、客人の顔はピクリとひきつった。
「しかし、トラル様。ナルシア様は幽玄の塔への護送中、何者かの襲撃にあい生死ともに行方不明というではないですか。しかし、高度二千の高さから墜落したのです。おそらく、もう……」
パロディアスのこの言葉にロックは、眼差しをきつくした。
「違う。ナルシアは生きている」
そう断言するロックの剣幕に、パロディアスは困った顔をした。
「エンリトの住人であるあなたには信じがたいことでしょうが、これはロード・ガルナ王室から入った確かな情報なのです。昨晩から、エンリトからの通信は途切れたそうなので詳しい事はわからずじまいですが」
ロックは苛々したように細く尖った顎を突きだした。
「そうじゃない。……あんた達には言ってもわからないかもしれないが、ナルシアは死んでいない。俺には、わかるんだ」
自分でも説明になっていない事はわかっていたが、事情を話した所で信じてもらえるとは考えられなかった。
しかし、それまで俯き沈黙していた客人が、何かに気付いたように顔をあげた。
「もしかすると、お前はライナ乗りの少年ではないか」
「ライナ乗り?」
トラルは興味を引かれたように言葉を繰り返した。
「えぇ、そうです。実は、昨日、私の元にも部下から報告があり、襲撃した人物は赤い巨鳥に乗っていたと聞いていました。ですが、我々の国エンリトでは、移動機関の発達により、今ではライナに乗るものはいないのです。しかし、アーヴィングの街には変わり者がいて、今だにライナに乗っている少年がいると、噂で耳にした事があります」
それに、と客人は続けた。
「私は先ほどから不思議に思っていたのです。この少年によれば、機械はオーバーヒートしてリュームも使えず、エンリトから逃げきれる者はいなかった。それならば何故、その場に居合わせたこの少年だけが生き延びる事が出来たのか? それはライナに乗る事ができたからに違いありますまい」
急に饒舌になった客人を、ロックは不敵に見すえた。男はいかつく、引き締った無駄のない顔つきをしている。
「俺がもし、そうだったとして、あんたこそ何者なんだ」
「私は……、エヴァンス・カルテロと申す者。ナルシア様の教育係をしていた者だ。おぬしがイプテシナ号を襲撃した頃、私はハンセンの暴挙を止めてもらおうとロード・ガルナ王へ助けを求めこの地へ向かっておったのだ。しかし、王は不在のため訪問叶わず、知恵者であられるトラル様に相談しておったところ。だが、まさか、エンリトがこのような事態になるとは……」
眼を空へ這わせた後、カルテロは殺気の混じる視線をロックへ向けた。
「ナルシア様の臣下として、お前に問いたい。イプテシナ号に乗っていた私の部下は、ナルシア様はお前の開けた穴より、自ら落ちていったと言っていた。ナルシア様は追い詰められ絶望のあまり死を望まれたのでしょう、とな。しかし、お前はナルシア様は死んでない言う。では、お前がそう断言できる理由とは何なのだ?」
あの時、うねる風の中、空へと放り投げた銀の輪。ナルシアへと渡した命綱、それは……。
「スタイズだよ」
その言葉にカルテロの顔は明らかに安堵した。
「俺は、最初、飛行船に穴を開け、そこからナルシアをライナに乗せて逃げるつもりだった。だが兵士達に邪魔され上手くいかなかった。だから、ナルシアへ向かってそれを投げたんだ」
それは、万が一の為にとロックの身を案じて、ラスリークが渡してくれていたものだった。まさかその時は、あんな使い方をする事になるとは思わなかったが――。




